45,手を繋ぐことの意味。
※涼目線に戻ります。
エレノアとの冒険を終えて街に戻って来た俺は、フィヨルドの高原でアニーと夕餉を共にしていた。
「涼さんが作ってくれた新しい繊維の話なのですが……」
先日、シャドウスパイダーの核を利用して俺が生成した、ウールのような新素材に関する話だ。
クエスト受注に忙しい俺に変わって、アニーがロジャー商会と話を進めてくれていたのだ。
「涼さんが生成してくれた新素材を元に衣服を作ることには成功したみたいで、今、ロジャーさんの新工場で量産体制を整えている、という状況です」
「さすがロジャーさん、仕事が早い。ロジャーさんたちが作る衣服はどのようなものになるか、話は聞いていますか? 俺はあのあと、すぐにクエストに出て行ってしまったもので……」
「涼さんの指示した通り、“セーター”というものを、試しに作ってみたそうです! 」
彼らが新素材を前にして衣服づくりに戸惑わずに済むように、元の世界にあったセーターを「こういう服はどうでしょう」とロジャーさんに説明しておいたのだ。
「実はここに試作品があって……」と、アニーが足元にあった袋から、一枚の衣服を取り出す。
それは、紛れもなく、俺がもといた世界で言うところの“セーター”に間違いなかった……。
アニーに手渡されたセーターを手に持ちながら、俺はしばらく、身動きも出来ないほど、なにか深い感動に打ちひしがれていた。
それは“たかが一枚のセーター”に違いないのだが、紛れもなく、これはこの世界にはなく、もとの世界にしか、なかったものなのだ。
それが今、まるでひとつの空間を飛び越えてきたかのように、俺の手元にある……。
「なにか、デザイン上の問題でも、ありましたでしょうか……? 」
と、アニーが心配そうに、眉根を寄せて、俺の顔を覗き込む。
「いえ、……違います。ただ、物凄く嬉しかったんです。これは元の世界では当たり前にあったもので、なのに、この世界にはひとつもなかったんです。だから俺は今、まるで昔懐かしい幼馴染に会ったみたいに、気持ちが込み上げてしまったんです……」
◇◇
アニーが作ってくれたローストチキン、それから、それに合わせて白ワインを楽しみ、食後にこの辺りの名産であるエレフルーツを使ったエレフルーツのタルトをご馳走になった。
アニーはタルトを頬張りながら、最近の聖女の仕事について、饒舌に話し続けている。
彼女はかつて”氷の聖女“と呼ばれるほど冷たかったそうだが、今のアニーに、その面影はまるで見られない。
今の彼女はひたすらに天真爛漫で、笑顔に溢れ、いつも生き生きとしている。
「あ、あの……」
と、アニーが言いにくそうにそう切り出したのが、デザートも食べ終えて間もなくのことだ。
「はい、なんでしょう……!? 」
「あ、あの、涼さんのもといた世界では、”男女が手を繋ぐ“ことは、頻繁にあったことなのでしょうか……! 」
「頻繁に、ということはないでしょうが……、な、なぜでしょう?? 」
「それは……」
と、アニーは言いにくそうに、ぐっと唾を飲み込んで、続けた。
「この世界では、男女が手を繋ぎ合うというのは、すごく、すごく深い意味を持つのです……! 」
「ふ、深い意味とは、いったい、どういう……!? 」
「そ、それは……! 」
と、アニーはそう言ったっきり、口を噤んでしまう。
彼女がいったいなにが言いたかったのかわからず、ただ困惑していると、
「やっぱり、涼さんは、その辺りのことを、良くご存じなかったのですね……」
と、アニーは俯いてそう言ってしまった。
いったい、なんのことなのか、さっぱりわからない。
……これはあとになってパルサーに聞いた話のだが……、
この世界では、”手を繋ぎましょう“と口にするのは、意中の相手に”付き合ってください“と言うのと、《《まったくの同義》》、なのだという。
……と、いうことは、あの日、アニーに「手を繋ぎたい」と言われた俺は、アニーに、「付き合ってください」と告白されたのと同じことになる……のか???
だが、あれは謎の追っ手に追われて、安心させるために繋いだのだし、俺はそんなことは知らなかったのだし、はてさて、今現在、俺たちの関係は、どういうものになっているのだろう???
とにかく、この瞬間、アニーは顔を真っ赤にさせたまま俯き、なにも言わなくなってしまった。
そして俺も状況が良くわからず、ただひたすら困惑しっぱなしである。
散々困惑したあと、やっと俺が切り出した言葉は、
「あの……、アニーさんさえ良ければ、……また手を繋いで俺と歩いてくれませんか」
と、精いっぱいの勇気を出して絞り出した、そんな言葉だった。
すると……、
パアァァ
と、見るからに顔を輝かせて、アニーがその顔を上げた。
「こんな私で、本当によろしいのですか……? 」
「??? よ、よろしいもなにも、は、はい……! 」
と、良くわからないまま、俺はそう頷く。
「……嬉しい」
と、アニーはかすかに涙目となりそう零すが、なんとなく、話題を変えようとして発した俺の次の一言が、一気に場を凍り付かせてしまう。
「……そ、そう言えば、パルサーさんに紹介して貰った天才鍛冶職の人、明日会うことになったんです! 」
「天才鍛冶職、ですか……? 」
「そうです! 名前は確か……」
「セナ・ハンマースミス……ですか? 」
「そ、そうです! 確か、そんな名前でした! 」
と、そのとき、俺は目の前に座る恐ろしいほどの美女が、まるでひとつの氷の柱のように、凄まじく冷たいオーラを発していることに、気がつく。
「セナ・ハンマースミス……」
と、その“氷の聖女”は、地鳴りのような低い声で、もう一度、そう呟いた。
そのとき、俺は、パルサーがセナ・ハンマースミスについて話したある噂のことを、思い出したのだった。
”彼女は大の男好きで、何人もの男を囲っており、いつも男を漁ろうと目を輝かせている“という噂を……。
見るからに不機嫌となった無表情のアニーが、最後に、こう呟いた。
「セナ・ハンマースミスに会うのですか。明日。へえ……」
ゴゴゴゴと彼女の身体からそんな音が聞こえてきそうなほど、アニーは明らかに、その全身から”不快である”という意思表示を、煙のように立ち昇らせていた……。
「あ、あの……? 」
と、俺は頬を掻いてそう尋ねるが、アニーは目を細めてじーっと俺を睨み、ただただ、頬を膨らませるだけなのだった。




