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44,私はどんどん弱くなっている。

 ※今回はエレノア目線の話です。


 “焦熱の空洞”の攻略を済ませ、私たちは岐路に着く道中で、野営を張っていた。

 陽も暮れて食事も済ますと、私は焚火の前で見張りにつき、涼は毛布を被って寝についていた。


 パチパチと音を立てて爆ぜる焚火の音を聞きながら、私は、日中のことに、想いを馳せる。


 涼が放った“テンペスト・サージ”のおかげで、私は全身がずぶ濡れとなってしまった……。


「多分、――いや、間違いなく、私は涼に下着姿を見られただろう……」


 眠りについた涼の隣で、私はひとりそう零す。


 涼からは、時々、“元いた世界”のことは耳にすることがあった。

 涼のいた世界では恋愛が非常に盛んで、若いうちにキスをしたり、肌を交わすことも、稀ではないという。

 私のいるこちらの世界では、婚姻を前提にしなければ肌を交わすどころか、キスをすることも、あり得ない。

 そして、”下着を見る“ということは、本来は”相手を娶る“覚悟がなければあってはならないことなのだが……、


 涼は恐らく、”下着を見た“という事実を、それほど重くは受け止めはしないだろう……。



「まったく……」と、私は涼の寝顔を見ながら、そう零す。「お前に下着を見られたとき、私がどれほど恥ずかしかったか、お前にはわからないだろうな……! 」



 私は深いため息を吐く。

 昔から同業者や飲み屋で出会う異性たちに、「色気がある」とか、「フェロモンが溢れている」とか、からかい半分にそう言われてきた。

 自分で自分を良く言うつもりははないが、鏡の前で自分の姿を見ると、確かに、私は色気たっぷりの中年女性で、恋愛経験豊富そうな女に見えた。


 だが、実態はまったくそうではない。

 恋愛などというものは、若い頃に幾度か経験しただけで、冒険にのめり込むうちにそんなものとはすっかり無縁となってしまった。

 そしてそんな日々も、もう遠い昔の話なのだ。

 今の私は、いくら色気たっぷりの女に見えても、もはや恋愛から長いこと遠ざかり、奥手でシャイな少女に戻ってしまっていた。



 ◇◇



 涼が眠りについて二時間ほど経ったときのことだろうか。

 私は激しい眠気を感じ、眠気覚ましを兼ねて辺りを軽く散歩することにした。

 街までの距離はまだ数キロあり、辺り一面は草原が生い茂っている。

 時刻は深夜二時。冒険者の経験として、この時刻は油断禁物なはずだった。そのはずだったのだが……。


 軽い散歩を終えてもとの焚火の辺りに帰って来たときのこと。

 その辺り一帯が深い霧に包まれていることに、今さらながら、私は気がつく。

 そして、その霧めいた景色のなか、まるで夢遊病患者のように、涼がゆったりと立ち、私のほうに歩いて来るのが見える。


「涼。起きたのか。まだ寝てても良いぞ。眠れるうちに眠っておいた方が良い。まだ旅は長いからな」

「エレノアさん。どこへ行っていたんですか。探しましたよ」

「なに、眠気覚ましに、軽い散歩にな」


 そう答えはしたが、なにか涼の様子がおかしいことに、私は気がつく。

 熱でもあるのだろうか。どこかぽわーんとしているというか、泥酔した者のあやふやな感じが、ある。


 そして……、


「エレノアさん。俺の気持ちに、気づいていますか」


 と、突然、そんな思いがけないことを口にした。


「お前の気持ち……? なんのことだ……? 」

「本当にわからないんですか? こんなにずっとそばにいるのに……」

「わからんな。はっきり言ってもらわないと、私にはわからない。すまんが……」



 すると、



「好きです。エレノアさん。ずっとずっと好きでした。俺もう、隠しているなんて、出来ません」



「なっ……!? 」


 その言葉に、自分でも驚くほど、胸の奥がぎゅうっと締め付けられ、顔が熱くなるのがわかる。

 じっとしていることが困難になり、腕を頭に回したり、顔を隠すように背中へ向けたり、「ななな、なな!?!? 」と、言葉にならない言葉を発したり、自分で自分が、わからなくなる。


 なにかの冗談だろうか、と涼の顔を見据えるが、その眼は真剣そのもので、冗談を言っているようには、とても見えない。


「ほほほ、ほ、ほ、本気なのか……!?!? 」

「本気です。エレノアさん。好きです。愛しています! 」

「あああ、あ、愛!? 愛して!? わわわ、私を!??! 」

「そうです……」

 と言った涼の目は真っ直ぐ私を射貫いており、まるで、ここから一歩も動かない、と決めているかのようなのだ。


 “ヤバい”という言葉が、さっきから私の頭の中で、激しく跳ねまわっている。

 すすすす、好き!? 私を!? あのりょりょりょりょ、涼が!?!?


 ヤバいヤバいヤバい、と私は思う。

 あまりにも嬉しすぎて、脳みそが溶けてアホになってゆくのが、わかる。

 ヤバい、どうしよう!? 嬉しい。嬉しすぎる!! ああもう、涼のすべてが可愛い。抱きしめたい。ヤバい。あまりにも嬉しくて、泣いてしまいそうだ……。



「そ、その……、いつから、“そう”、なのだ……? 」

 と、私は顔を真っ赤にさせて、そう問う。

「ずっと前からです。ずっとずっと、好きでした。もうこの気持ち、抑えられそうもありません」

「な、なぜ、私なのだ……? 」

「エレノアさん、めちゃくちゃ顔が可愛いじゃないですか。それに、優しい性格。男勝りに見えて、実は、誰よりも女の子らしいところ。もうエレノアさんのすべてが、好きで好きでたまりません……! 」


 嬉しい、なんてものではなかった。

 心臓はさっきから激しく暴れまわり、涙が溢れ、心のなかでは「嬉しい嬉しい!! 」という言葉が絶叫し続けている。


「エレノアさん……。こっちへ、こっちへ来てください」


 涼はそう言うと、両手を広げて私に微笑んできた。

 “この胸の飛び込んでおいで”と、その表情は語っている。


「りょ、涼……! 」

 と、今まさに涼の胸元へ飛び込もうとしたときのことだ。



 ふと、私はある違和感に、気がつく。


 緊張したり、覚悟を決めたりするとき、涼は必ず決まってある癖を行う。

 魔獣と戦う直前や、なにか腹を決めなければならない場面では必ず“下唇を軽く噛む”のだが、今はその癖がまったく見られない。


 つまりこれは……、


「ドッペルスモーク。……真夜中の霧のなかで冒険者を誘う幻術使いの魔獣。危ないところだったな……。そうと分かれば、さっさと始末させてもらう……! 」


 ビシュ!!!


 という音を立てて、腰に差していた刀でドッペルスモークを斬りつける。

 さっきまで涼の姿を取っていたその魔獣は、「グギギ……」といううめき声を残し、跡形もなく消えていなくなる。

 やがて霧も晴れ、私の視界にはもとの焚火と、その横で眠る本物の涼の姿だけが、残る。


 幻術に掛かると精神的にも身体的にも、ドッとした疲れが湧く。

 以前ならこんな分かりやすい幻術には掛からなかったのだが……、


 なぜこんな低レベルな魔獣の罠にかかってしまったのか……。


 答えは分かり切っていた。

 私は焚火の傍に歩いてゆき、まだ寝息を立てている涼のすぐ隣に膝をついた。


 ”お前のことを好きになってしまってから、私はどんどん弱くなっている……”。


 声にならない言葉で、私はそう囁く。


 それから……、


「もし……」


 と、私は、そっと涼の頬を撫でて、こう零した。


「《《もし私がせめてアニーと同じくらい若かったら》》、少しは、私にも可能性があったのだろうか……」










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