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41,乾杯。

 ※今回はセシリア目線の話です。


 新しい繊維に関する涼くんのプレゼンテーションが終わる頃には、時刻は夜の七時を周っていた。


 「せっかくだから、みんな、うちで夕飯を食べていかない? 」


 と提案すると、さすがに話し合いにも疲れがあったのか、みんな口々に、「では、お言葉に甘えて」と、この提案に頷いてくれる。


 「じゃあ、準備して来るから、このままここで待っていて頂戴」


 そう言って席を立ちあがったときのことだ。


 「あの」と言って、アニーさんが後ろから追いかけて来た。「もし良かったら、私に料理させて貰えませんか」

 「聖女のあなたに? 申し訳なくて、そんなこと出来ないわよ」

 「いえ、料理をするのが好きなのです。セシリアさんが良ければ、台所を貸していただきたいのですが……」

 「そう……? あなたがそう言うのなら構わないけれど……」


 彼女は急に小動物のように屈託なく笑みを浮かべ、私の手を躊躇することなく握り締める。

 “これがあの、氷の聖女と呼ばれたアニーだろうか”。そんな想いが、私のなかに湧きあがる。


 「私は一応、“至福の美食会”の副頭領をやっているからね、食材に関しては、それなりに一流のものが常備してあるわ。ここにあるものなら好きに使ってちょうだい」

 「まあ、すごい品ぞろえですね……! 」

 「あ、俺も手伝いますよ……! 」

 

 いつの間に来ていたのか、背後に涼くんが立っていて、アニーにそう声を掛ける。

 アニーもそれに驚いた様子もなく、「じゃあ、涼さんはこれとこれとこれを向こうへ運んでもらって……」と、まるで普段からこうしているとでも言わんばかりに、そう指示を与えている。

 

 ふたりの空間があっという間に出来上がり、そこに立つ私が、もうふたりの視界には映らなくなったみたいだ。


 

 ◇◇



 「……あのふたりがまだ付き合っていないなんて、私には嘘に思えるんだけど……? 」

 

 席に戻り、執事に用意させたシャンパンにすでに手を付き始めていたパルサーにそう零すと、


 「まったくですね。誰がどう見たってお互いに惹かれあっていて、こっちが無理やりに引っ付けてやりたくなるくらいですよ」

 「……きっと、涼くんが駄目なのね。鈍感で、少し自分に自信が無くて、おまけに、奥手なのでしょうね」

 「それもあるでしょうが……」

 と、パルサーが意外なことを口にした。

 「アニーさんの方も、ものすごく初心なんですよ。恐らくこれが初恋なんじゃないかな」 

 「……今でこそ潜伏期間があったから人気は衰えているけれど、彼女はあの、“聖女アニー”よ? この国中の男が憧れた美少女よ? どれだけの男に言い寄られたと思っているの? 」

 「でも、そのなかの誰ひとり、彼女を“普通の女の子”としては扱わなかった。……違いますか? 」

 「なるほどね……」


 と、パルサーのその一言とともに、私もまた、グラスに注いだシャンパンを喉に流し込む。


 

 “聖女アニー”と、“彼方人である田村涼”。

 この二人の恋愛は、《《この世界で超特殊であるふたりだからこそ》》、成立しているのかもしれない。

 

 「……涼くんは、アニーさんがどれだけ人気があったか、どれだけ特権階級にいるか、良く分かっていませんからね」

 「まったくね……。自分がどれだけ幸運な恋愛体験をしているのか、耳元で怒鳴ってやりたいくらいだわ」

 「そっとしておきましょう」

 と口にしたのは、すでにほろ酔いとなっているパルサーだ。

 「ものすごくスローペースな二人ですが、そっとしておきましょうよ。それに僕は、とっても奥手なあのふたりが、ゆっくりと歩み寄っていく姿を見るのが、結構好きなんです」

 「ええ、そうね」

 と、私も頷く。不思議なことだが、仲睦まじいあのふたりを見ていると、あのふたりの今後をずっと見守っていたい、という気持ちになるのだ。

 「ふたりのペースは、ふたりが決めたら良いのよね。……私たちはただ、この特等席でふたりの行く末を見守るとしましょう」


 だが、そのとき、妹であるエレノアのことが、頭に思い浮かんだ。

 私にとっては可愛くて仕方がない妹だが、こと恋愛に関しては、さほど熟達しているとは言えない。


 おまけに、妹の恋敵は、絶世の美女と謳われたあの“聖女アニー”であり、歳もずいぶん若いのだ。


 「……頑張りなさい」

 と、思わず私は、そう口に出してしまう。

 「あなたの進む道はとっても険しい、茨の道だけれど、……頑張りなさい。あなたがとーっても可愛い女の子だってこと、姉である私は、よーく分かっているわ。……頑張りなさい。お姉ちゃんだけは、ずっと応援しているから」


 “と言っても、私はどっちにも、肩入れはしないけれどね”と囁き、隣に座るパルサーとシャンパングラスを鳴らした。


 ふたりで同時に「乾杯」と言ったとき、思わず、私たちふたりの顔にこらえ切れない笑みが零れたのだった。









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