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36,もう放っておいてくれ。

 ※今回はエレノア目線の話です。


 Dランクのダンジョンである“幽影の洞穴”に涼と攻略に向かったのが、先週の始めのことだ。

 そこはウィルオウィスプという特殊な魔獣の棲息しているダンジョンで、攻略には少しテクニックが必要になる。

 

 ウィルオウィスプは光属性の魔術以外は無効化し、物理ダメージも通らない。

 しかし光属性の魔術はコントロールが難しく、ほかの魔術に比べて取り扱い難易度はさらに跳ね上がる。

 こういった事情から、“幽影の洞穴”はDランクダンジョンでありながら多くの冒険者たちに敬遠されてきた。


  

 だが、涼はこのダンジョンをなんなくこなし、ほとんどまったく苦戦することがない。

 苦手としていた魔術コントロールも、もはや上級者なみの腕前になっており、私の出る幕はまったくと言って良いほどなかった。

 涼はほぼ単独で、癖のあるこのDランクダンジョンを踏破したのだ。


 だが、驚くのはそれだけではない。

 それは私たちがダンジョン攻略を終えて、この街に戻って来たときのことだ。

 なんとオーデンブロック・ブリッジの入り口に、大勢の第四階級の人々が詰めかけ、涼が帰還することを今か今かと待ち受けていたのだ。

 彼らは涼を見るなり口々に礼を言い、なかには涙ぐんで洟を垂らす者までいた。なんでも、この冒険の少し前に、涼は大金を投じて彼らの為にテントと衣服を提供したと言うのだ。


 「涼、お前、彼らの為にいくらぐらい遣ったんだ? 」 

 「大した金額ではないですよ。それに、冒険で得た金はちゃんと自分用にとってありますから」


 涼はそう言うと、“こんなことはなんでもないですから”とでも言いたげに笑い、すぐに話題を変えてしまう。


 有能な冒険者はこれまで大勢見て来たが、これほどまでに他人に思い遣りのある男は、私は未だかつて見たことがない。

 

 ◇◇


 「涼、酒は足りているか。足りないなら、注文するが」


 私たちは街の居酒屋に場所を移し、今後のクエストについて話し合いを進めていた。


 「ええ、大丈夫です。足りています。俺なんかより、エレノアさんは飲んでいますか」

 

 と、涼はすぐさま、私のことをこんなふうに気遣ってくれる。


 涼に差し出されたグラスを傾けながら、私は涼とパーティーを組む以前のことに想いを巡らせていた。


 初めて冒険に出たのは、十四歳のときのことだ。そのときに抱いた胸の高揚については、今でもはっきりと覚えている。

 自分で買い揃えた武器と防具、それを持って、未知の世界に飛び込んでいく。

 恐らくは「冒険」ということ自体が、私の性格にひどくマッチしていたのだと思う。

 だからこそ、自分の限界を感じ、冒険者稼業から足を洗うと決めたとき、私は胸の底を直接剣で貫かれるような、辛い気持ちを抱いた。

 もう冒険は出来ないのだと思うと、胸の奥がぎゅっと狭くなり、息も出来なくなったのだ。



 だが、涼に出会い、この不可思議な青年の底力に気づいたとき、ごく自然に、「この男とパーティを組みたい」という気持ちが私のなかに湧きあがって来た。

 冒険などもう二度と出られないと考えていたのに、「もう一度冒険に出たい」という熱が、私の奥深くから湧いて出て来たのだ。


 そして、「涼の師匠」として再び冒険に出てみて気づいたのは、“私の限界はまだまだ先にあったのではないか”という想いだ。

 日に日に進化し、自分の限界を次々と越えていく涼を見ているうちに、自分の限界ももっともっと先にあったのではないか、という想いが、拭えないほど強くなっていった。

 

 ふと私は、自分がこんなふうな未来を思い描いていることに気が付く。


 

 “以前は到達できなかったSランク冒険者にも、涼となら辿り着けるのではないか――”と。


 

 それは私にとって、震えるほどの嬉しい想像だった。

 



 「エレノアさん、そんなに俺の世話をしようとしないで良いですから、好きに飲んで食って、自由にやって下さい」

 「馬鹿を言え。これぐらいやらせてくれ。私はお前にはいくら感謝してもし切れないんだ」

 「感謝しているのは俺の方ですよ。エレノアさんに出会わなかったら、未だに魔術コントロールは上手く出来なかったと思いますから」

 「そう言ってくれるのはありがたいが……。まあ、私はお前が可愛くて仕方ないんだ。世話くらいたまにはさせてくれ」


 “可愛くて仕方ない”と私は言ったが、これは私のなかにある真実の本音だった。

 あくまでも”弟子“として、と留意は必要だが……、この年下の男が、私は可愛くて仕方がない。


 ……と、そのときのことだ。


 「エレノアさん」


 と、涼が突然、眉根を寄せて、私をじっと凝視する。


 「? なんだ? 」

 「……もしかして、熱でもありますか」

 「熱……? 」


 と言いかけたときには、涼の手は私の額へと伸びていた。


 その思わぬ突然の行動に、私は咄嗟に素早く顔を逸らしてしまう。


 「熱など、……ない! 大丈夫だ! 少し酔っただけだ……! 」

 「本当ですか? 酔ったのとは違う、微かな風邪の気配を感じたのですが……」


 涼の手が額に触れたというだけで、私の心臓は陸に上げられた魚のように跳ね、顔も直接火で焙られたように熱くなる。

 涼を可愛いと感じているのは弟子だからだ、と何度も自分に言い聞かせながら、私は腕の影に顔を隠し、こう言い返すのがやっとなのだ。


 「大丈夫、こんなのは、なんでもない! 大丈夫だから、頼む、もう、放っておいてくれ……! 」




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