34,あなたに賭けてみたい。
※再び涼目線に戻ります。
自作した化粧品をロジャー商会に卸したことで、俺のもとには想像よりも大きなお金が届いていた。
資金を携えてやってきたロジャーの秘書に、「こんなにも、ですか?? 」と確認すると、俺の造った例の化粧水は貴族の世界にとんでもない新風を巻き起こし、貴族の女性たちのあいだで奪い合いの騒動が起こったのだと聞いた。
「涼様は高額と言いますが、これでも安いくらいです。……また化粧品を造られることがあれば、そのときはすぐに連絡を下さい」
「わ、わかりました……」
秘書は丁重に頭を下げ、仰々しすぎるほどの大きい馬車に乗って商会へと戻って行った。
まとまった資金を得たことで、俺はその資金をひとまずは街の第四階級の人々の為に使うことにした。
それまで不十分にしか行き渡っていなかったテントを“すべての第四階級の人間”に行き渡らせ、そのうえで、教会の管理している”街の広場“にも、新たに数点のベッドを置いてもらった。
こうすることで、第四階級の人々が真冬に外で眠らなければならないという事態は、ひとまずは避けられたのだった。
あとは彼らの為に予備の衣服を配ってあげたかったのだが、……そのことで新たな問題が立ち上がって来た。
第四階級の人々の為に衣服を作ってくれる業者が、見つからないのである。
「すいません、第四階級の人に為に、衣服を作ってくれませんか……! 」
街の繊維工場を片っ端から巡り、そうやって頭を下げて回る。
この街には第四階級の人間に対する深い差別意識があり、簡単には衣服を作ってくれないことはわかっている。
だが、どこかにはきっと、俺たちを受け入れてくれる工場があるはずだ。そう思って、手当たり次第に工場を訪問していく。
しかし俺が思っている以上に、この世界は第四階級の人間に厳しい。
街の人々の第四階級の人間に対する想いは、「関わりたくない」の一辺倒である。
ましてや、「彼らの為に衣服を作る」など、想像もつかないことなのだろう。いくら訪問しても、俺の頼みに首を縦に振る業者は見つからなかった……。
街中の工場を巡って自分の宿泊する宿に戻って来たのは、陽も暮れた夜の八時のことだった。
飯休憩も取らずに一日中街を走り回ったことでさすがに疲労困憊となっていたが、宿の受付に思わぬことを言われて、ぐっと力が快復する。
「涼様、夕方ごろセシリア様が訪ねてきて、会いたい、とのことです」
「え、セシリアさんが……? 用件はなんと言っていましたか? 」
「“工場の件、見つかった”と、そんなことをおっしゃっていましたが……」
「ありがとうございます……! 今すぐ、向かいます……! 」
さっきまでの疲れが嘘のように、身体が軽い。
宿を出て、噴水広場を横切り、一直線にセシリアの館へと向かう。
「セシリアさん、俺です、涼です! 」
息も絶え絶えに、彼女の館の玄関口をノックする。
すぐに奥から誰かが歩いて来る物音が聞こえ、そのドアが開かれる。
だが、そのドアを開いた先に待っていたのは、セシリアではなく、思いがけない人物だった。
「あなたは……、ロジャーさん……? 」
あのロジャー商会の会長である、ロジャー・バレンティンその人が立っていたのだ。
◇◇
「第四階級の人に衣服を配るために、繊維工場を探しているのですか? 」
ロジャーがそう話し始めたのは、奥から出て来たセシリアに応接間に通されたあとのことだ。
「そうです。……でも、第四階級の人に為に衣服を作ってくれる業者がなかなか見つからなくて……」
と、俺が言うと、「ふーむ」と長い嘆息を見せたあと、ロジャーはこう切り出した。
「その仕事、我々に任せて貰えませんかな」
「ロジャーさんに、ですか……? 」
こくり、とロジャーは真剣そのものの表情で、そう頷く。
だが、ロジャー商会は主に化粧品で名を馳せている企業である。
第四階級の人々に衣服を提供するどころか、そもそも繊維工場自体を持っていないはずだ。
それを、どうやって第四階級の人々に衣服を提供しようと言うのか。
「我々が持っている古い工場の一つを、繊維工場に造り変えようと思っております」
「わざわざ、繊維工場を、僕らの為に用意してくれる、ということですか……? 」
「もちろん、それだけの為ではありません。……もともと、近いうちに繊維の業界に打って出ようと計画していたのです」
「そうですか……。僕らとしては、第四階級の人の為に衣服を提供してくれるのは嬉しい。でも、ロジャー商会としては、それで良いのですか? 」
「それで良い、とは? 」
ロジャー商会が第四階級の人々に衣服を提供する、それだけで済めば、問題はそれほど難しくはない。
だが、その行動は瞬く間に噂となり、この街を駆け巡るだろう。そしてその噂は、恐らくはロジャー商会にとって、良くない印象を街の人にもたらすだろう。
街の繊維工場が恐れているのも、まさにそのことなのだ。
「第四階級の連中と付き合いがある、そう噂されるのを、覚悟していますか、ということです……」
と俺が言うと、ロジャーは一度深く息を吸い、こんなことを言うのだった。
「……いいですか、涼さん。私はもともと、今の階級制度を良く思っていない。どこかで、この階級制度は変える必要があると考えて来た。セシリアから聞きましたが、あなたはどうやら本気で、この階級制度を壊そうとしておられる。……考えてみると、私はずっと、あなたのような変革者を待ち望んでいたのかもしれない」
そしてもう一度深く息を吸い、
「覚悟があるのか、とお聞きになりましたね? その問いに対する返事はこうです。“覚悟はあります”。私は、この世界を変えるきっかけとして、《《あなたに賭けてみたい》》」
「ロジャーさん……」
「第四階級の人々に衣服を提供する、このことを我々は隠すつもりはありません。今後も、隠し立てはしません。それに、……涼さんと手を組みたいのはビジネスマンとしての打算もあるのです。あなたの造る化粧品は紛れもなく素晴らしい。あの素晴らしいものを造る人と、今後も長く付き合っていきたい。私にはそんな計算のようなものもあるのです」
さらに一呼吸置いて、ロジャーは続けた。
「涼さん。なにかが変わるのを感じませんか。この世界が大きく変わる予感のようなものを。私は感じます。あなたを中心に、この世界が変化して行く、その予感のようなものを……」
“ぜひ、私たちに、その仕事をやらせてください”、ロジャーはそう結ぶと、俺の手をその大きな手でがっしりと掴んだ。
「こ、こちらこそ、どうか、よろしくお願いします! 」と深々と頭を下げると、思わず、俺の両の眼からぽろぽろと涙が溢れて来る。
その涙は堪えようと思っても堪えられず、とめどなく俺の頬を伝って流れて来る。
なにかが変わりつつあるという言葉が、ロジャーの口から洩れたことで、今まさに、じわり、とそれが現実味を帯びていく気さえ、する。
“なんて俺は人に恵まれているんだろう”、俺は胸のうちで、何度も何度も、そう唱えずにはいられないのだった。




