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33、元聖女の言葉。

 ※今回はアニー目線の話です。


 ”聖女“の仕事のひとつに、教会の運営する病院での勤務、というものがある。

 このオーヴェルニュの国で流行している病を治癒し、患者の身体を快復させる重大な任務である。

 この仕事も、普段は傷ついた冒険者や、力仕事で負傷した労働者の治癒に当たることが多いのだが……。


 「アニーさん。お願いできますか」

 「”沈黙の呪縛“、ですか……? 」

 

 私を呼びに来た新米の教会職員が、静かに頷く。


 “沈黙の呪縛”は近年になって突然流行り始めた病で、その全容はまだ突き止められていない。

 発症する患者の多くが元冒険者であることから、長年の「魔術の多用」が原因ではないかとも言われているが、その真相は闇のままだ。

 いずれにしても、患者のほぼ全員が老人であり、この国では「老人病」とも呼ばれていた。


 「アニー。……世話を掛けるね」

 呼ばれて行った先の病室で私にそう声を掛けてきたのは、思いがけない人物だった。

 「ずっと被っていたフードも取るようになって、……あなた、なにか吹っ切れた様子ね」

 辛そうにそう声を絞り出すその老婦人は、新人だった頃になにかと私を気に掛けてくれた、ソフィリア・カミーラ。

 元聖女である。……今は引退して教会の相談役に就いている。


 「ソフィリアさん……。あなたも、“沈黙の呪縛”に……」

 「ええ、……私も若かったら、自分で“浄化”を掛けて治してしまうのだけれど、最近はすっかり魔術力も衰えてしまってね……」

 「……喉、苦しそうですね」

 

 私がそう問いかけると、ソフィリアは頷くというより、深く項垂れた。


 “浄化”の魔術は聖女のみが扱える魔術で、元聖女を入れても、この国でそれを扱える者はごく僅かしかいない。

 ほかにエンチャントによって似た効果をもたらすことは出来るが、エンチャント士はさらに貴重で、ほかの仕事に追われることが多く、このような病棟の勤務に回されることはまずあり得ない。


 「見てみます。……少し、顔を上げて貰って良いですか」

 

 ソフィリアは辛そうに天井を見上げる。

 その喉は黒ずんでいる、というより紫ばんでおり、見ているだけで痛々しい……。

 

 「どう……? 」

 「かなり黒ずんでいます。……痛みますか? 」

 「痛むわね、正直」

 「“浄化”の魔術を掛けてみますから、そのままじっとしていて下さい」

 「……治らなくても良いの。せめて、少し楽になれば……」

 

 聖女の“浄化”をもってしても、“沈黙の呪縛”を治療することは難しい。

 それがこの国の常識であるが……。


 「“浄化”」


 とその魔術を唱えると、眩い光が私の手から溢れ、みるみる間にソフィリアの喉の黒ずみを取り除いていく。


 「……どうですか? 」


 と、私が問うと、ソフィリアはしばらく呆気に取られて目をぱちくりさせていた。


 「どうですか、ソフィリアさん」

 と、もう一度問うと、ようやくソフィリアは言った。

 「……治った」

 ハッとした表情を浮かべて、ソフィリアがそう零す。そして、喉の辺りを、わなわなと両の手で擦る。


 「実際には、治ったわけではありません。限りなく症状は緩和しているはずですが……」


 と、私は断りを入れる。それに、言うまでもなく、この尋常ならざる浄化の効果は、涼さんに貰った“魔術力アップ”のエンチャントが掛けられている《《この腕輪のおかげ》》なのだ。


 「こんなの、ほとんど、治っているも同然ですよ! 」

 と、いつの間に来ていたのか、同じ病院勤務の聖職者が、私の背後からそう歓声を上げる。

 「そうよ! 喉の黒ずみなんて、ほとんどなくなっているじゃない! 」

 と、さらに別の聖職者が、そう加勢する。

 それに端を発して、次々と仲間たちが声を挙げる。

 「ここまで治せるのはアニーさんだけで、ほかの聖女には出来ないことなんですよ?? 」

 「ほかの国では治すどころか、打つ手も見つかっていないみたいで、喋られる老人がいなくなった国もあると聞きます! 」

 「……こんなの、奇跡ですよ! 」

 

 と、最後には集まった同僚たちが一斉に、そう合唱する。


 いささか興奮気味の同僚たちを宥め、彼らに「これは涼さんに貰った腕輪のおかげなのですよ」と説明したい気持ちを抑え、ソフィリアを病院の出口まで見送る。

 

 「あなた、本当に聖女らしくなったわね」

 と、すっかり喉の良くなったソフィリアにそう声を掛けられたのは、そのときのことだ。

 「そう、思いますか……? 」

 「ええ。昔は自分の世界に浸っていて、どこか冷たい印象があったけれど、……今はすっかり明るくなって、綺麗だわ」

 どう返したら良いかわからず、私がお腹の前で指を弄んでいると、

 「きっと、素敵な仲間が見つかったのでしょうね」

 と、まるで自分のことのように嬉しそうに、ソフィリアが言う。

 

 “素敵な仲間”と言われ、私は思わず、涼さんのことを脳裏に浮かべる。

 “チート”という不思議な能力を使い、私には到底想像もつかないことを、次々とこなしてしまう、あの不思議な“彼方人”のことを。

 そして、彼の能力もさることながら、私は彼と一緒にいるととても穏やかな気持ちになるのだ。

 まるで、あの亡くなった母と一緒に過ごしているかのような穏やかな気持ちに……。


 「大切になさい」

 と、ソフィリアが口にしたのはそのときのことだ。

 「自分を変えてくれるほどの友人は、長い人生でもそうは見つからないわ。……大切になさい。この歳になってみて、ようやく分かることもあるの。生きていくうえで、なにより重要なのは、本当に素晴らしい人に出会い、その人を大切にしていくこと。それに勝ることはないわ」


 「……はい」


 と、私はソフィリアの目の奥を見ながら、そう答える。

 彼女はきっと、彼女に比べれば遥かに若い私に、今、人生に大切ななにかを必死に教えてくれようとしているのだ。

 そして私の胸の裡から、自分でも思いがけないほど、素直な言葉が湧き出て来る。

 

 「大切にします。……涼さんを、誰よりも大切にします。あれほど素晴らしい人はいませんから……! 」



 ソフィリアはしばらく真剣な表情で私を見ていたが、ふいにふっと笑みを零すと、「その方は涼さんと言うのね」と呟き、「それで良いの。きっと、相手もその想いに応えてくれるわ」と、なにか素敵な未来でも見えているかのように、そう首を振るのだった。


 



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