30,魔王。
「久しぶりに私の家で意見の交換会をしませんか。料理を作って待っています」
とアニーから誘いが入ったのが、冒険から帰った翌日のことだった。
早速、「良ければ、明日の晩、お伺いします」と返事を返すと、彼女は俺を呼び止めた噴水の前でぱっと顔を輝かせ、「楽しみにしています」とお辞儀し、軽快な足取りでその場を去って行った。
翌日の晩、約束通り彼女の家に行くと、すぐさま美味しそうな匂いが鼻孔を刺激した。
この晩のメニューはマルゲリータのピザ、クリーミーなリゾットと、キノコのクリームスープだった。
ピザは庭にある窯で焼いたのか、焼き立ての香ばしい匂いが家中をくまなく覆い包んでいる。
この魅惑的な料理の中心に、やや白みがかった透明な液体の入った酒瓶を、どんと置いてある。
白ワインである。
「素晴らしい味ですね。特にこのリゾットが美味しいです。チーズが効いていて、こんなに風味豊かなリゾットは食べたことがありません」
「ありがとうございます」
アニーはすでに白ワインで顔をほのかに紅潮させ、そう頷く。
この日はその豊かな髪を背中側でアップにしていて、特に色気を感じさせる装いだった。
「チーズはフランダルス家の直属の牧場で作ったもので、特別に一番美味しいところを届けてもらったんです。これを作った職人も、喜んでいると思います」
とアニーは、その美しい顔を屈託なく笑みに零し、そう口にする。
「牧場を経営されているんですか? 牛や羊もいる、ということでしょうか」
「ええ。牧場では主に乳牛を扱っています。私も乳を搾りに行くことがあるんですよ」
「アニーさんが? ちょっと想像がつかないな」
「もともとは牧場や農場といった外での仕事が好きなのです。今でこそ聖女と言われていますが……」
と言ったあとで、アニーはなにかを思い出したのか、「そうそう」と別の話題を切り出した。
「少し前に涼さんがくれた腕輪があったじゃないですか」
「ええ。ありましたね。……効果はどうでした? 」
俺はその腕輪に“魔術力アップ”のエンチャントを掛けていたのだ。
アニーは聖女という仕事柄、回復系の魔術で怪我人を癒すことが多いから、魔術力アップの効果が掛かった装備品があれば、その作業もずっと楽になるだろうと思ったのだ。
ところが……、
「なんなのですか、あれはいったい!?? 」
と、アニーから返って来た言葉は、そんな思いがけないものだった。
「だ、駄目でしたか?? 」と問うと、
「駄目なんかじゃありません。むしろ、その逆です! 」
「ぎゃ、逆、と言いますと……?? 」
「凄すぎますよ! なぜあれほど効果の高いエンチャントの装備品が作れるのですか?? 軽く回復の魔術を使ったつもりが、辺りにいた怪我人が全員全回復してしまいましたよ! 周りにいた人々が、思わず拍手したくらいです……! 」
「そ、そんなにも、ですか……?? 」
自分ではそれほど効果の高い装備品を贈ったつもりはなかったのだが、エンチャント士はこの世界では貴重&俺はさらにバフを掛けてスキルを使っているから、余計に高い効果を感じたのかもしれない……。
「あの装備品は、いつまでエンチャント効果があるのですか? 」
と、アニーはなぜか微かに立腹したように、そう問う。
「……恐らくは、三年ほどは持つかと……」
と言うと、
ハア……
と、アニーは大きくため息を吐いた。
「な、なにか、マズかったですか……? 」
「普通、この世界ではエンチャントの掛かった装備品は、良くて効果は半年ほどです」
「そ、そうなんですね」
「それが、三年、ですか!? なぜそんなことが出来るのですか?? 」
「えっと……、エンチャントの持続効果は、術士の総魔術量に比例するので、俺が掛けたエンチャント効果はほかの術士より持続力が高いのかもしれません。す、すいません……」
アニーはしばらくムっとした顔をしていたが、再び溜息を吐くと、
「……悪いのは涼さんではありません。ただ、あの腕輪のおかげであまりに周りに褒められてしまったので、困惑してしまったのです」
「そ、それは申し訳ないことをしてしまいました。ごめんなさい……! 」
あまりに俺が恐縮していたから、それが可笑しかったのかもしれない。
アニーはふいにプッと笑いだすと、
「……責めているのではありませんよ。ただびっくりしてしまったのです。でも、今後は気を付けてくださいね。あなたの使うエンチャントは並みの術士のエンチャントとは品質が違います。簡単に掛けてしまうと、周りを驚かせてしまいますからね……! 」
気をつけます、ごめんなさいと頭を下げると、アニーは「だから、怒っていませんってば」と、再び立腹したように頬を膨らませた。
◇◇
夕飯を食べ終えた俺たちは、軽いつまみとともに白ワインを嗜んでいた。
「あれから順調にクエストをこなされているようですが、今後はどのようなプランで行動するおつもりなのですか? 」
と、真っ白な頬を赤く蒸気させたアニーが、そう問いかけて来る。
「今後も当分は、第二の門をくぐった辺りを探索しようと考えています。棲息する魔獣も徐々に強くなってきていて、油断はできませんから」
「そうそう」
と、アニーが身を乗り出してそう言い出したのが、それから十分ほど経ってからのことだ。
「子供のとき、祖母からこの国の古い伝承を聞いたことがあるのを思い出したのです」
「それは、どんな伝承なのですか? 」
「この世界のすべての職業のスキルを扱い、ありとあらゆる魔獣を簡単に打倒したとある冒険者の伝承です」
「すべての職業のスキルを、扱う……」
「ええ。その冒険者は、この世界のすべての冒険者の魔術量を合算したのと、ちょうど同じだけの魔術量を保持していたそうです」
「《《まるで涼さんみたいじゃないですか》》? 」
と、アニーが言ったのは、思わず俺が黙り込んだときのことだ。
「そうですね……、まるで俺みたいだと、同じことを考えていました……」
「話はこれで終わりではありません」
「え……? 」
「その冒険者は、やがて世界を統べ、自らが生み出した新たな魔獣を率い、最後には“魔王”と呼ばれていたそうです」
「魔王……」
思わずそう繰り返すと、アニーはこくり、とゆっくり頷いた。
「俺は……、魔王になるのでしょうか……」
「それはわかりません」と、アニーは少し茶目っ気を籠めて言った。「でも、例えあなたが魔王になったとしても、私はあなたの友でいることをやめたりはしません」
「……聖女が魔王と一緒に同じ食卓を囲んでも良いのでしょうか? 」
俺がそう問うと、アニーはにっこりと笑い、
「では、私が涼さんと一緒にいても良いように、涼さんにはせめて貴族になって貰わないと困りますね」
「俺が、貴族に……? 」
と言うと、アニーは可愛らしく微笑んでいたその表情を真剣なものに変えて、
「私は本気ですよ。これからも一緒にいたいので、涼さんには貴族になって貰うつもりです。あなたなら、必ずなれるはずです。……少なくとも、私はそうなることが必然だと、そう考えています」
と、アニーはなにか、”その未来はすでにもう決まっていることなのだ”とでも言いたげに、軽い調子でそう言い切るのだった。




