27,エレノアの戸惑い。
第二の門を越えた先にある中級者向けのダンジョン、“霧晴れの小迷宮”へと俺とエレノアは足を延ばしていた。
「……涼。少し良いか」
と、エレノアにダンジョンの隙間へと呼び寄せられたのは、ダンジョン攻略を進めてしばらくしたときのことだ。
「なんですか。ダンジョン攻略は順調だと思いますが……」
「攻略の話じゃない。それとは少し、違うことについてだ」
「違うことについて、ですか……? 」
「こんなことを言うのは気が引けるのだが……」
そう言ってエレノアが切り出したのは、ほかの冒険者に対する俺の態度についてだった。他人に対して敬意を持って接するのは構わないが、俺の態度はあまりにも下手に出過ぎている、と言うのだ。
「涼、お前が誰にでも礼儀正しいのは分かっている。だが、相手は同じ冒険者だ。丁寧過ぎる態度は舐められる原因になる。それはわかるか? 」
「わかります……。でも、同じ冒険者だからこそ、相手にはちゃんと敬意を持っておきたいんです」
エレノアは大きく息を吸って、言った。
「せめて、敬語を使うことをやめることは出来ないか? 」
「敬語を、ですか……? 」
エレノアはやや心苦しそうに、こっくりと頷いた。
このダンジョンに入ってすぐの時のことだ。
ギミックの多いこの小迷宮のなかで、自分たちより先に入ったとある冒険者パーティーが魔獣の群れに襲われている場面に遭遇した。
襲われていたのは四人パーティーで、メンバーは自分よりも年下の若者たちだった。
そんな彼らを、俺は最近覚えた炎系の中級魔術、“炎槍一閃”で魔獣の群れから救ってやり、傷ついたその身体をハイヒールで癒してもあげた。
だが、そんな彼らが俺に向けた態度は、
「余計なことするなよ。自分たちでどうにか出来たんだ」
という、いかにも不遜な感謝の欠片もない言葉だったのだ。
「……お前が良くても、どうしても私が許せないんだ。お前は善意で助けてやったのに、なぜあんな口を利かれなくちゃならないんだ? 」
と、エレノアは珍しく語気を荒げてそう言った。
「まあ、別に良いじゃないですか。彼らもきっと、プライドが許さなかっただけで、本心では感謝してくれていると思いますよ」
「本心では、と言うが、本心というのは言葉にして伝えなくては、相手には伝わらないものだ。それに、冒険者に下手なプライドなど必要ない。下手なプライドがあったがゆえに、命を落とした冒険者も多い。あいつらは、それがわかっていない」
「彼らはまだ若いんですよ。そのうちに、自分たちでその辺りのことにも気が付くと思いますよ」
「“そのうちに”ではまずいんだ。今すぐ変わらなくては。魔獣は最適な時期など見計らってはくれないからな」
「でも……」
と言いかけると、「とにかく! 」と、エレノアはほとんど叫ぶように俺の言葉を遮った。
「……お前が舐められていると、どうしようもなく私が腹立たしいんだ……! 」
と、唇を尖らせて頬を赤らめながらそう口にした。
「エレノアさんが、ですか……? 」
「ああ……」
「で、でも、どうして……?? 」
「~~~~」
エレノアは、短い前髪をなにやら手で押さえながら、やっとのことで絞り出した、というように、
「お前は……、私にとって大切な人だからだ……」
とほとんど聞き取れないほどの小声で言った。
それから、
「……いいか、とにかく、冒険者たるもの、同業者に舐められてはいけないんだ! お前は周りの冒険者に下手に出過ぎている! それは良くないことだ! わかったか! 」
と、まるで幼い女の子が我儘を言うような口ぶりで、そう喚く。
滅多に見せないエレノアの狼狽する姿に呆気に取られていると、エレノアは俺の表情を察したのか、エヘン、と咳ばらいをし、
「……真面目な話、冒険者にはある程度、強気な態度が求められるんだ」
と、さっきまでとは打って変わって真剣なトーンでそう口にした。
「冒険者というのは、強ければ良いというものじゃない。強いと同時に、尊敬される人物でなければならないんだ。……お前は確かに、性格は優しいが、この世界の基準から言うと、少しばかり優しすぎる。もっと横柄に振る舞わないと、この世界では平気で下に見られてしまう。……さっきのようにな」
エレノアの言うことは、俺にも理解出来た。
この世界には、確かに人を平気で下に見るような残酷さが潜んでいる。
エレノアはさらに続けた。
「……それにお前は、そんじょそこらの冒険者じゃない。いずれはS級にもなれるポテンシャルを秘めた冒険者であり、数多くの歴史に名を刻んだ“彼方人”の一人なんだ。困っている人間を助けるのは構わない。人に親切にするのも良いさ。だが、自分がいったいどういう立場の人間なのかは、理解しておいた方が良い」
そこまで言い終えると、エレノアは深く嘆息して、なにかやりきれないとでも言うように、ちいさく首を振った。
「……すまない。少しく興奮して話し過ぎたようだ」
「いえ、そんなことは……」と言いかけると、
「……どうにも、お前のことになると私は自分を見失ってしまうようだ。なぜなんだろうな。最近、自分でも自分のことが良くわからないんだ……」
と、エレノアは額に手を当てて、戸惑いも隠さずに苦し気な表情をその顔に浮かべた。




