18,見てはいけないもの。
新たにクエストを受注しようとギルドに向かうと、なにかギルド内がざわついていることに気づく。
「……“翡翠の魔女”が、――エレノアが冒険者に復帰するってよ……! 」
という声が聞こえたのは、入り口のドアを開こうとしたそのときだった。
そして他人の噂を楽しむその声は、こんなふうに次々と続いた。
「しかも、Eランク冒険者と組むらしいぞ」
「Eランク!? そんな駆け出しと、どうして……!? 」
「なんでも、そいつも莫大な魔力量を持った天才だとかいう噂だぜ……! 」
「ああ、聞いたよ。あのヒュデルを越える魔力量だっていう話だ……! 」
「ど、どうします……? 」
と言ってそのドアを指差し、エレノアの方を見ると、エレノアは深く嘆息し首を横に振った。
「気にすることはない。入ろう」
と言って、すたすたと中に入ってしまった。そしてそれに伴って、ギルド内の声は不自然なほどぴたりと収まるのだった。
◇◇
今回エレノアと受注したクエストはグリムホウンドの討伐。
念願の“第二の門”をくぐった先のミストヴェイル海峡にある、グリムホウンドの巣に潜ってのクエストである。
魔力のコントロールを身に着けるにあたって、エレノアが俺に与えた指示は大きく分けてふたつあった。
ひとつは“魔力の流れ”に特化したもの。
魔力というのはオーラのように身体を覆い、それが血液のように絶えず循環している。
エレノアはこの魔力のオーラを意識的にコントロールさせるため、絶えず落ち着いた状態に留まるように俺に指示を与えた。
言葉にするのは簡単だが、それは流れ出る汗を無理やり止めるような行為であり、高い集中力と気合が必要になる。これが、かなり難しい……。
もう一つは、そうやって“留めることに成功したオーラ”を、今度は特定の部位に集中させる、という訓練法。それを実践のなかで行わせるというやり方だった。
例えば、快復魔術であるヒールを使うにも、きちんと掌にオーラを集めてから使う。
そうすることでヒールの効力も格段に上がるし、その技術も日進月歩で上手くなっていく。
「涼。またオーラが乱れているぞ」
と、少しでもオーラが乱れれば、すぐに叱咤が飛んでくる。
「オーラが枯渇すれば意識を失うことになる。絶対に気を抜くなよ」
緑色の豊かな髪を揺らしながら後ろを付いて来るエレノアは、優しさはあるが絶えず厳しい声で俺を指導し続けるのだった。
だが、短い時間ながらも、明らかにこの訓練法の効果は出ていた。
ミストヴェイル海峡にあるグリムホウンドの巣に入ってしばらくのこと……。
「涼。私が奴らを惹きつける。火炎魔術で奴らを一掃できるか」
「わかりました……! やってみます! 」
エレノアに教わった通り、全身に広がっている魔術のオーラを、掌に集中させる。
そして、集中させたオーラを、今度は一挙に放出させ過ぎないように、慎重にコントロールする。
今までの俺は、言わば口の広いホースで大量の水を放出しているような状態だった。
それでは効率が悪いし、身体の魔術を一挙に消耗することにもなる。そうではなく、ホースの口を指で摘まむように、必要最低限の魔術だけを、指先から放出する。
「食らえ、“火炎魔術”……! 」
俺の指先から発せられた焔はまさにホースから放出された水のように、鋭い勢いでグリムホウンドの群れ目掛けて飛んでいく。
その勢いは高密度に圧縮されており、かつ、無駄がない。それはもはや、赤い色を帯びた残酷な弾丸、といった様相を帯びていた。
そして……、
「……見事だ、涼。グリムホウンドたちが一斉に焼け溶けていく……! 」
「こんなに威力が出せるなんて……! 上級魔術でもないのに……! 」
「これがお前の本来の底力なんだ。今までは扱い方がわかっていなかっただけだ」
「すごい……! しかも、身体に負担が全くない……! 」
ふっ、とエレノアが笑って言った。
「魔術コントロールの奥はまだまだ深いぞ。これは初歩中の初歩なんだ。こんなことで驚いて貰っては困るな」
「……師匠! ……どこまでも、ついて行きます! 」
「現金な奴だ」
と、エレノアはまんざらでもなさそうに笑った。
◇◇
グリムホウンドの討伐を済ませたあと……、
「待て、涼。……お前、魔獣を素材化するスキルを持っているのか……? 」
「素材化……? “皮を剥ぐ”というスキルなら持っていますけど……」
「それは本来、レンジャーだけが持っているスキルのはずだが……? 」
「ええ。まあ、そうですね……。でも、一応俺も使えるんです」
「私も二つの職業を持っているという特殊体質だが、お前、いったいいくつの職業のスキルを使えるんだ……!? 」
「いくつって言うか、数えたこともないですね……。使おうと思えば、どの職業のスキルでも使えると思いますが……」
「すべての職業のスキルを使える、ということか……? 」
「ええ、まあ……」
俺はエレノアに自分のチートスキルについて打ち明けることにした。
“物乞い”という職業について。また、その職業の奥に隠された”繋がり“という真のスキルについて。
すると、
「“繋がり”によって誰かが得たスキルを自分もものに出来る、だって……!? 」
「ええ。そういうスキルが、あるんです」
「しかも、繋がった相手の魔術経験値も、自分のものに出来るっていうのか??? 」
「ええ。ですから、常に魔術量が増え続けて、困るんです」
「お前、いくらなんでもチート過ぎないか!?? 」
エレノアがその美しい顔を驚愕の表情に歪めて、言う。
「二つの職業を持っているエレノアさんこそ、チートだって言われているじゃないですか」
「……確かに」と、エレノアは複雑な表情で頷く。「だが、お前のはレベルが違うだろう……! 私の才能とは比べ物にならないものだぞ……!? 」
「どうですかね……。でも、まあ、とにかく帰りましょう。討伐クエストも達成したことですし……」
俺は剥ぎ終わったグリムホウンドを集め、「“アイテムボックス”! 」と唱え、そのなかに素材を入れ始めた。
「お、お前、アイテムボックス持ちなのか!??!? 」
「え、は、はい。これも、最近手に入れたスキルですが……」
かつて俺に施しを与えてくれたA級冒険者であるレンジャーの一人が、数週間前にこのスキルを手に入れたのだ。
「A級冒険者のなかでも最上級に位置するレンジャーしか持てない極上のスキルだぞ……!? 」
「……確かに。ものすごく便利なんですよ、これ。素材も劣化しないし、容量も大きいし……」
「……待て待て待て。頭が痛くなってきた……! こんな常識外れの才能が有り得るのか……??? 私の常識とはあまりに話が違いすぎるぞ……??? 」
「もう、エレノアさん。帰りますよ。なにを一人でぶつぶつ言ってるんですか」
その後もエレノアはしばらくその場所でぶつぶつ言っていたが、やがて吹っ切れたように顔を上げ、
「……私はまったく、とんでもない男の師匠になってしまったのかもしれないな」
と、困り顔ともあきれ顔ともつかない表情で、俺を睨むのだった。
◇◇
クエストを済ませ、ギルドへの報告も終わると、俺はアニーの住むフィヨル広原へと向かった。
この日のクエストが終わったら一緒に夕食を食べませんか、とアニーから招待を受けていたのだ。
ところが……、
「ようこそいらっしゃいました。涼さん、どうぞ中に……」
と言いかけたアニーが、玄関先で俺の顔を見て動きを止めた。
「アニーさん、な、なにか……? 」
すると突然、がばりと彼女が俺の顔にその美しい顔を近づけ、
「……どうされたのですか、この傷……! 」と言った。
「傷……? ああ、グリムホウンドに噛まれたときのやつかな。そう言えば、ヒールを掛けていなかったかもしれない」
「じっとしててください」
アニーは俺の頬に手を添えたまま、もう一方の手でヒールを唱える。
「“快復魔術”! ……すぐに済みますからね。待っていてください」
そして、俺のこめかみに出来た傷はみるみるうちに癒えていった。
「良かった。跡も残らなそうです。……涼さん。無理は決してしないでくださいね」
と、微かに潤んだ瞳で、アニーがそう心配そうに声を掛けて来る。
そのあまりにも綺麗な青い目と、あまりにも長い睫毛を至近距離で見てしまい、俺は思わず、しどろもどろになる。
「え、ええ……」
と顔を真っ赤にさせて答えるが、その顔を見てようやく察したのか、アニーは突然さっと俺から手を離して距離を取ると、
「すいません……! 突然涼さんの身体に触れてしまって……」
「いえ、構いません。俺は大丈夫ですから」
と、俺はあたふたとしながらそう答える。
アニーの顔も真っ赤に染まっていたように見えたが、さっと踵を返してキッチンに引っ込んでしまったので、真相はわからない。多分、俺の自意識過剰なのだろうが……。
◇◇
この日のディナーのメニューはハーブ香るローストポークと、レモンガーリックシュリンプ、それから、この地域で採れるポテトを使ったマッシュポテト、そして、食後にはシナモンの香るアップルパイが出て来た。
相変わらずアニーの料理の腕は絶品で、とても上流階級出身とは思われない素晴らしい家庭料理の数々だった。
「この地域では城の背後にある漁港から新鮮な海の幸が取れるんです。このシュリンプも、今朝水揚げされたもので、こんなに瑞々しいものはほかに地域では食べられないんですよ」
「確かに、身がぷりぷりに詰まっていて、ものすごく美味しい……! 」
と、俺たちはこの絶品料理に「ん-! 美味しい! 」と声を上げて舌鼓を打つのだった。
食後のアップルパイが運ばれてきたとき、
「涼さん。本日のクエスト達成で、Dランクに昇格が決まったと聞きました」
と、アニーが話題を振った。
「そうなんです。エレノアさんのおかげで、無事に“第二の門”をくぐることが出来、階級も上げることが出来ました」
「ギルドで働いている知り合いから聞きました。なんでも、毎回、涼さんの持ってくる素材は素晴らしく鮮度が高いそうですね」
「ええ。俺はアイテムボックス持ちなので、取って来る素材の鮮度が落ちないんです」
「知人がものすごくびっくりしていましたよ。なぜ彼はまだDランクなんだって、会うたびにそう詰問されます。とっくにAランク、いや、Sランクに達していてもおかしくないって」
「はは、大袈裟ですよ」と俺は笑う。「まだまだ、俺なんて駆けだしの冒険者ですから」
それから、話題は“至高の美食会”とのやり取りで発生した多額の資金のことへと移った。
彼らにジュースを販売したことで、それなりにまとまった金が手に入ったのだが、俺はそれを、第四階級の人々、通称“橋の下の住民”たちの寝床確保のための資金に回したのだ。
「……涼さんが資金を出してくれたおかげで、かなりの人数にテントが行き渡ったそうです。まだ全員に、とはいかないそうですが……」
「本当ですか……! 良かった。外で眠る辛さは知っていますから、テントがあるだけでも、きっと助かるはずです」
「本当は私たち教会の人間がすべきことなのですが……」
と、アニーは哀し気な表情を浮かべて言う。
「教会は必ずしも第四階級の人々に親切ではありません。この辺のことも、意識改革を進めるべき箇所です……! 」
「そうそう……」と、俺はアニーの哀し気な顔を掃うために、あるプレゼントを荷物から出して、テーブルに置いた。
「これは、ジュース、ですか……? 」とアニー。
「ええ。新作のジュースです。グリムホウンドの巣には大抵、特有の湿気と独特の魔力が臭気の様に充満するようになります。そこでしか育たない果実が、いくつかある」
俺は瓶に入ったそのジュースをグラスに注ぎながら続ける。
「ひとつはナイトベリー。夜にだけ輝く、甘酸っぱい小ぶりな果実です。それから、ムーンフラワーにシャドウフルーツ。丁寧に洗ったナイトベリーとシャドウフルーツを絞り、そこに専用の液に浸したムーンフラワーのエキスを注ぐと、甘酸っぱいなかに豊潤な花の香りのする美味しいジュースになるんです。……良かったら、ぜひ飲んでみてください」
「とても、綺麗な色ですね……! 」
と、アニーがグラスを掴みながら、そう零す。
それから、
「……美味しい! ……すごく!! 」
と、その大きな瞳をさらに大きくして、俺にこくこくと頷く。
滅多に見せない彼女の子犬のような仕草に、思わず俺は、にっこりと微笑みで返す。
「美味しいですよね! このジュースは、自分でも自信作なんです……! しかも、このジュースも前回と同様、美味しいだけではありません。きちんと薬品としての効能があるんです……! 」
「薬品としての、効能……? 」
俺の言葉を受けてアニーはきょとんとし、しばらく目を天井付近に泳がせ、自分の身体に起こった異変を探す。
それから、やがてハッとなり、指先を自らの腿に辺りに当てると、
「……傷が、薄くなっている……?? 」
こくり、と俺は頷く。
「身体治癒の効能があるのですが、それも、“古傷”に特に効くジュースなんです。跡の残った傷が、ものによってはかなり薄らいでいるはずです」
アニーはテーブルに隠れたところで着ていたロングスカートをまくり上げ、その目で、腿に出来た傷が薄くなっていることを確かめた。
やがて、
「本当に、薄くなっている……! 」
と目を丸くしてかつて傷のあった箇所を凝視すると、
「涼さん、見てください! ここにあった、子供の頃に木登りから落ちて出来た古傷が、かなり目立たなくなっています! 」
と、ロングスカートをたくし上げたままその真っ白な腿を俺に顕わにして、見せた。
「た、確かに、一見すると傷は見当たりませんね……」
と、俺はびっくりして、そう零す。
「で、でも、その……、その傷は、俺が見ても良いものなのでしょうか……???? 」
と、恐る恐る彼女に尋ねる。
するとアニーは、ロングスカートをしばらくたくしあげたまま俺を見つめ、しばし静止し、
「……!!! 」
と無言の大声を上げ、がばりとスカートを降ろすと、
「これは……見なかったことに……してください……!! 」
と顔を真っ赤にしてキッチンへと歩き去ってしまった。
「涼さん」
と、キッチンからひょっこりと顔を出してアニーが言葉を継いだのは、しばし経ってのことだ。
「……下着は、見えませんでしたよね……?? 」
「はい、それは、大丈夫です……」
と答えたが、一瞬、ちらりと薄い青色の下着が窺い見えたのは、彼女には秘密だ。
「もし見ていたら、……責任を取って下さい……」
と、キッチンの奥から聞こえた気がしたが、その声は掠れてしまい、終わりの方はほとんど聞き取れなかった。
俺はというと、ただただ「すいません……! 」と言って、恐縮して汗をかくばかりだ……。




