16、エレノアとアニー。
※今回は”至高の美食会“で話をした双子の熟女のひとり、エレノア視点の回です。
私が冒険者として限界を感じたのは、一昨年のことだった。
以前は当たり前に出来ていた瞬間的な判断が難しくなり、同じパーティーである仲間たちに迷惑を掛けることも多くなった。
「パーティーを抜けるわ。冒険者から足を洗おうと思うの」
と言ったときも、同じパーティーの仲間たちは誰も私を引き止めはしなかった。もともと優しい性格の彼らは決して口にはしなかったが、私はすでに全盛期を過ぎており、今まさに彼らの足手まといになりつつあるのは誰の目にとっても歴然としていたのだ。
「冒険者を辞めるのなら、王都にある騎士学園で講師をやらないか」
と声を掛けてくれたのは、昔から良くギルドで顔を合わせていたガブリエル・スターフォードだった。
「私が、講師? これまで魔獣と戦う一辺倒でやってきた、私が? 」
私は皮肉を込めてそう笑ったが、ガブリエルは真剣な表情を崩さずにこう続けたのだった。
「本気で言っているんだよ、俺は。君は魔術のコントロールが上手だし、年少者と接するのにも長けている。冒険者としての功績としては申し分ない。君は否定するかも知れないが、君は講師に向いているよ」
「私が、人に戦い方を教える、講師……」
私はそう呟き、私たちの立っている城壁から見える地平線の夕陽の明かりを眺めた。
今まさに彼方へと沈みゆく陽の明かりを眺めながら、そこに自分の冒険者としての終わりを重ねて郷愁に耽っていたのだった。
ガブリエルは私の為に自ら王都へ赴き、古いツテを伝って騎士学園の学園長と直接話をつけてくれた。
冒険者としての私がどれほど有能であったか、いかに人柄が優れているかを、頼んでもいないのに学園長に熱弁してくれたのだ。
「戻って来たよ、エレノア。騎士学園の学園長と直接話をつけてきたんだ。先方も君の冒険者としての有能さには納得してくれた。なにしろ、このA級冒険者であるガブリエル・スターフォードが太鼓判を押した人物だからね。初年度の講師としては破格の待遇で出迎えてくれるって話だ」
「ガブリエル。なぜ私の為にそこまでしてくれるの? 」
私がそう問うと、ガブリエルはその気さくな性格をひとつも隠すことなく、
「だってもったいないじゃないか」と、笑う。「君の有能さは僕が誰よりも知っている。冒険者を辞めて、ただくすぶっているなんて君らしくないよ」
「ガブリエル……。ありがとう。私の為にそこまでしてくれるなんて。講師の話、やってみることにするわ」
「君はなにかに挑戦しているときが一番輝いて見えるよ」
ガブリエルは飾り気なくそう笑い、こんなことは何でもないさと言いたげに顔の前で片手を振ったのだった。
だが、彼の運営する”暁の探索者“のアジトに、今まさに私は断りを入れに来ていた。
「エレノアかい? 入って」
通された奥の部屋のドアをノックすると、奥からそうガブリエルの声が聞こえた。
言われた通り中に入ると、
「どうしたんだい、エレノア」
と、彼は普段通りの優し気な笑みで、私を見据えている。
「あなたに紹介して貰った騎士学園の講師の話なんだけど」
「ああ。あったね。行くのは来週からだったかな。準備は出来ているかい? 」
「その話なんだけど」
と、私は一呼吸置いて言った。
「やめておこうと思うの。別のやりたいことが見つかったのよ」
だが、ガブリエルは驚いた様子もなく、相変わらず口元に薄い笑みを浮かべたまま、私を眺めている。
「やりたいことって? 」とだけ、彼は言うのだ。
「どうしても自分の手で教えてあげたい新人が見つかったの」
「名前は? 」
「田村涼」
「どのくらいの才能なのかな」
「少なくとも、私やあなたを上回るほどの」
「僕はともかく、君すらも? 」
私は頷く。それからこう言った。「多分、あのヒュデルを上回るほどの才能よ」
「それはとんでもない才能だね」と呟いて、ガブリエルは元の書類仕事に視線を落とした。
「彼に魔術のコントロールの仕方を教えてあげたいの。マンツーマンで。私でないと教えてあげられないのよ。あれほどの才能を、みすみす放っておくことは出来ない。このままでは、きっと潰れてしまう」
「騎士学園の学長は君のことをすごく気に入っている。期待している、と言っていたよ」
「わかってる」と、私は地面に視線を落として、言った。
「授業が始まるのは来週からだ。急にそんなことを言われては、向こうも困ってしまうだろうね」
「それも、わかってる」
「それでも、君はその田村涼という子を選ぶのかな」
「ごめんなさい」と、私は言った。「多分これは、今後二度と回ってこない奇跡のような機会なの。大きなチャンスなのよ」
「チャンス? 」と、ガブリエルは問うた。「いったい、なんのチャンスなの? 」
「……私が冒険者として生きた証を残す、最後のチャンスよ」
ふーと長い嘆息をガブリエルは吐いた。
持っていたペンを書類の上に置き、椅子から立ち上がると部屋にたった一つ開いている窓辺に背を向けた。
「どうしてかわからないけど、講師の件を頼んだ時から、君はいずれこの話を断るような気がしてた」
と言った。
私は頷いた。それから彼の言葉を待った。
「君にはもっと大きな仕事があるんじゃないかという違和感が、僕のなかにもずっとあった。君は講師なんていう小さな枠に収まる人じゃないと思っていたんだ。……でも、君は講師という仕事よりも、さらに小さな仕事を持って僕の前にやってきた。……それはなぜなんだろう? 」
私は首を振って言った。
「違うの、ガブリエル。私は予感しているの。“これは大きな仕事なのだ”と。それも、“この世界を根底から変えかねないほどの大きな仕事なのだ”と」
この言葉はガブリエルの心を強く揺すぶったようだった。
彼は目を見開き、驚愕した表情で言った。
「田村涼という男は、それほどの男なのかい? 」
私は彼から目を逸らさずに頷き、こう言った。
「それほどの男なの。私は彼のそばにいて、彼の成長を近くで見守っていたいの」
ガブリエルとの話し合いを済ませたあと、私は彼の部屋を出て夜風の吹く街に出て行った。
そのまま噴水広場へと南下し、さらに南へと向かい、川沿いに沿って西に歩いた。
川沿いの道を抜けたフィヨルの丘は張り詰めた冷気が満ちていた。私は丈の短い茂みの坂道を上り、たった一軒建っている、小さな家を訪ねた。
「彼に女性の趣味について尋ねたことがある? 」
「いえ、ありませんけど……」
と、この国で最も美しい女性の一人と言われる聖女は、私の問いにぽかんと口を開けていた。
「自分から話しているのを聞いたことは? 彼は巨乳派? 貧乳派? 」
「きょ、巨乳……? 貧乳?? 」
「あなたのおっぱいはずいぶん豊かだから、巨乳派であれば幸いね。……それにあなた、お尻もずいぶん形が綺麗ね。申し分ないわ」
アニーは顔を真っ赤にして衣服の上から胸を押さえ、身を仰け反らす。
「私は顔相で人の性癖が見抜けるという特技があるのだけれど、あの子、多分、清楚な女の子を虐めるのが好きなタイプよ。ちょっとしたSっ気があると思うわ」
「え、S??? 」
「清楚さで言えばあなたはジャストミートってところね。よほど変なことをしなければ、きっとあなたの想いは届くはずよ」
「さ、さっきから、いったいなんの話をしているんですか??? 」
あまりにも初心な彼女に、私は少し悪戯したい気持ちが湧く。
それでこんなことを言った。
「“なんの話を”とは言うけれど、”誰の話“とは聞かないのね」
この話が“涼について”だとは私は一言も口にしていなかったのだ。
するとアニーはまるで爆発したようにさらに顔を赤くし、「……もうやめてください」と小声で言うと、腕を十字にしてその可愛い顔を完全に隠してしまうのだった。
しばしの彼女の抗議を受けたあと、私たちは外に出て夜風に当たった。
「自分から言うことじゃないでしょうけど、私、それなりに異性から人気があるのよ」
「……わかります」
と、アニーは私の全身を眺め、そう言った。
「そりゃあ若い時より老けたかも知れないけれどね、それでも、ずいぶん若い年下の冒険者に求婚されることもあるわ」
アニーはハッとした表情になり、困った顔を私に向ける。
「でもね、安心して。彼とはそういう関係には決してならないから。私が彼に近づくのはそういうことでは全然ないの。ただ純粋に興味があるのよ。あれほどの才能の持ち主が、私が教えることでどれだけの高みに到達できるのか」
アニーはほっと胸を撫で下ろし、「……良かった」と小さな声で呟いた。
「それでも私、あなたには一言断りを入れておく必要があると感じたの。“あなたの大切なあの人を、私は決して盗ったりはしない”って」
するとアニーは、怒ったように頬を膨らませて、
「……そんなに私の気持ちって、周りから見てわかりやすいですか? 」と上目遣いに私を見つめた。
「分かりやすいわね」と私は笑った。「すぐに分かったわ。だってあなた、私が彼と話をしているだけで、部屋の隅からじっと私を睨みつけるんですもの」
「私、本当にそんなことしていますか……? 」
と、アニーは驚いた表情を浮かべて言った。
「しているわ。きっとあなたは自覚なくやっているんでしょうけどね」
大切なことを伝え終え、そろそろ帰ろうかと思ったとき、アニーが私を引き止めて言った。
「エレノアさん。来週から王都の騎士学園で講師の仕事をされると聞いていました。でも、涼さんに就いてマンツーマンで魔術のコントロールの仕方を教えるとあなたは仰います。……その、差し出がましいのですけど、講師の仕事の方は大丈夫なのですか? 」
「言い忘れていたわね」と、私はきっぱりと言った。「講師の話は断ったの。王都には行かないわ」
「え!? 」と、アニーが驚く。「でも、話はもうまとまっていたのですよね……? 」
「そうよ。だから、講師の仕事を紹介してくれた親友にも迷惑が掛かってしまったわ」
「その方とは、大丈夫なのですか……? 」
「大丈夫、とは? 」
「お二人の関係が壊れてはしまわないのですか……? 」
私は思わず笑って言った。
「その親友っていうのがね、ものすごく良い奴なの。仕事が始まる一週間前になって断ったって言うのに、彼、ものすごく嬉しそうな顔を浮かべてこう私を送りだしてくれたのよ」
「……なんて言われたのですか? 」
「なにかに挑戦しているときが君は一番輝いて見える。……君が選んだ仕事がなんであれ、僕はその輝きが見られれば充分だよ、って」
アニーは射貫かれたような表情を浮かべて口元を手で覆い、
「……それは、素敵な言葉ですね」
とその目の奥を微かに潤ませた。
「そうね」
と、私は同意した。
「ガブリエルはいつでも私に優しい、とても素敵な友人なの。ちょうど田村涼があなたにとって、いつでも優しい素敵な友人であるようにね」
アニーは今度は私から顔を背けることなく、照れながらもはっきりと、「はい……! 」とだけ頷いた。




