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14,至高の美食会。


 その後、俺はそつなく素材集めをこなし、無事に、以前制作したジュースと同じものをニ十本造り終えた。

 “至高の美食会”と顔合わせするという話はギルドにも広まっており、クエストの達成報告をこなすと、奥からパルサーがやってきて「自分も同席したい」と言った。断る理由もなかったので「構わない」と答えたが、彼がなぜ同席したいかは、わからなかった。

 

 そして数日後、街の噴水広場のすぐそばにある高級レストラン、メゾン・ド・レガンスにて初の顔合わせが行われた。



 「あなたがあのジュースを造った、涼殿ですか? 」


 レストランの最上階にある大部屋に入ると、立ち上がった十九名の貴族の一人が、早速そう言った。


 「ええ――」

 と話そうとすると、

 「そうです。この方が田村涼様で、あのジュースを自ら製造した方です」

と、アニーが割って入ってくれる。

 すると、十九名の貴族が互いに顔を見合わせ、どよどよと話を始めた。


 「お話は伝わっているとは思いますが、あのジュースを私たちも一口ずつ飲ませて頂きました」

 と、貴族たちのどよめきを制してひとりの老紳士が言った。

 「とても素晴らしい味です。一言では言い表せないほどに」

 それから深々と腰を折り曲げ、

 「私の名はエドモンド・デ・ヴァロワ。この”至高の美食会“の頭領を担っています」

 そしてもう一人、エドモンドの隣に立っていた一人の女性が、名乗りを上げた。

 「私も頂きましたが、文句のつけようもない味でした。……失礼、私の名前はセシリア・デ・ラ・ローゼ。この会の副頭領をさせていただいております」


 とてつもなく綺麗な婦人だった。年齢は恐らく、四十代半ば。

 ゆったりと光沢のある赤味掛かった長い髪を肩に垂らし、アニーやリリスに比べれば若干老けて見えるが、それが匂い立つような豊潤な色気をもたらしている。もとの世界にいたときも、これほど綺麗な四十代の女性は見たことがなかった。


 「涼さんは、あのジュースをおひとりで制作されたのですか? 」

 と、セシリアが口元に軽い笑みを浮かべて言った。

 「ええ、ひとりで造りました」

 「あまりに美味しいジュースで、とても素人が造ったものとは思えません。涼さんは、普段からジュース造りをされている方なのですか? 」

 「いえ、ジュースを造ったのは、あれが初めてです」


 すると、貴族たちのあいだに大きなどよめきが起こる。

 「あれが、初めて……!? 」、「まさか! 」、「いきなり、あんなものが造れるのか……!? 」と言った呻きが、次々と上がった。


 「初めてであの味……。とてつもない才能です。それが、本当ならば」

 と、セシリアはいささか含みのある言いかたで、俺を見据えた。

 「どういう意味ですか? 涼さんが造ったのではないと、疑っているのでしょうか!? 」

 と、アニーが割って入ってくれる。

 「いえ、疑っているのではありません。ただ気になっているのです。涼さん、なぜ初めてジュース造りをする人が、あれほど美味しいものを造れるのでしょう? 美食に目のない私たちのようなものに、その秘訣のようなものを、教えては頂けませんか? 」

 言葉自体は丁寧で物腰も柔らかかったが、彼女が俺を疑っているのは間違いなかった。

 

 「特別なコツのようなものがあるわけではありません」

 と、俺は言った。

 「ただ、自分の故郷が少し特殊なせいかもしれない、とは思います。自分の故郷はここから遠く離れたところで、そこではジュース造りがとても盛んでした。生まれた頃から、美味しいジュースに囲まれて暮らしてきました。ですから、そこで育った自分は、必然的に美味しいジュースを造る舌が備わっている。強いて言えば、それが秘訣、なのかもしれません」

 おお、というような感嘆の声が、貴族たちから上がる。

 「……その故郷、というのはどこなのですか? 」

 と、ただひとり納得の行かない様子で、セシリアが問う。

 「その故郷というのは、コーラルハーバーです」

 と、俺は事前に考えていたとおりに、この世界の南西にある都市の名前を言った。コーラルハーバーは亜熱帯気候で果実の多く取れる都市で、その関係もあってジュース造りが盛んに行われている。その都市の出身と分かれば、ジュース造りが上手いのにも説得力が生まれる。

 「あの都市の出身の方でしたか! それならばなるほど、ジュース造りが上手くても不思議はない! 」

 と、予想通り、エドモンドが驚嘆の声を上げる。

 「なるほど……。あそこの出身の方であれば、生まれたときから上質な飲料にさぞ恵まれていたのでしょう」

 と、疑いの眼を向けていたセシリアも、強張らせていた表情を微笑みに変えて言った。

 「ところで」と、エドモンドが言った。「本日はあのジュースを再び持って来てくれるという話になっておるのですが、……本当に持って来ていただけたのでしょうか? 」

 「もちろんです」

 俺はそう言って、彼らが着いている長テーブルの上にジュースの詰まった瓶を次々と置いて行った。

 「依頼通り、ニ十本作ってあります。一本は本日の試飲用に。残りは、みなさんが家で楽しまれるよう、一本ずつ用意してあります。ぜひ、思い思いの形で味わってもらえたらと思います」


 席に着席していた貴族たちが、俺の合図をきっかけに立ち上がり、まるで争奪戦と言わんばかりに目の前の瓶を受け取りに行く。

 正しいマナーや貴族としての気品などどこへ行ったのか、なかには瓶のコルクを抜くと、そのまま口をつけて飲む者までいる。“至高の美食会”は美味しいものにとことん目がない、とは聞いていたが、ここまでのものとは思わなかった。そして……、

 

 「美味い! 」と、十九人が半ば一斉に、声を上げる。

 「素晴らしい……! あのときと全く同じ味だ……! 」

 「これだよ、これが飲みたかったんだ……! 」

 「透き通るような甘みと、それをそっと支えるような酸味……。天才的なバランス感覚だ……! 」

 と、俺が造ったジュースの入ったグラスを手に持って、口々に貴族たちが感嘆する。もはやほとんど騒ぎとなっているなか、エドモンドとセシリアのふたりが俺のもとに近づいて来て、こんなことを言った。

 

 「涼さん、思った以上に素晴らしいジュースです。感動しました。改めて、ここの頭領としてあなたに感謝したい」

 「私からもお礼を言うわ。これほど美味しいジュースを頂いたのはいつぶりだったかしら」

 「いえ、俺はただ、自分の好きな味になるように調合しただけで……! 」

 と言うと、

 「あなたの言うその”自分の好きな味“というものがもう、素晴らしいのでしょう。きっとよほど優れた舌をしているのでしょうな」

 と、エドモンドが人の良さそうな笑みを浮かべて、そう誉めてくれる。

 「ところで」とセシリアが言う。「涼さんは、今後もジュース造りを続けるつもりはありませんの? 」

 「ジュース造り、ですか……? 」

 「ええ。あなたほどの優れた舌をお持ちでしたら、きっと素晴らしいジュースを今後も次々と造られるでしょう」

 「考えたことも、ありません」と、そう答えると、

 「では、考えてみてください」

 と、セシリアがぐっと身を寄せて、言った。

 「もし今後もジュース造りをされるようでしたら、どうか、まずはこの”至高の美食会“に最初の一本を、届けてはくれませんか? もちろん、相応の対価はお支払いいたします」

 「そ、そんなこと言われましても……」

 と、たじろいで言うと、

 「……そのときは、ジュース一本につき……ペニー支払いますわ」

 と、セシリアは囁き声になって、とんでもない金額を口にした。

 「そ、そんなに、ですか!? 」

 と、思わず俺も、囁き声になって、そう返す。

 すると、セシリアはいかにも満足そうに笑みを浮かべ、


 「ジュースを造った際はぜひ我々のもとに最初に一本をお届けください」

 

 と、まるで押しの強いセールスマンのような圧力で、俺にそう顔を向けるのだった。



 ◇◇



 大盛況で終わりつつあった会の終盤、


 「涼くん、ちょっと良いかな」

 

 と、ギルドからついてきてくれていたパルサーが部屋の隅に俺を呼んだ。

 「はい、なんでしょう! 」

 と駆け寄ると、そこには先程のセシリアが立っていた。

 「君の抱えている問題について彼女と話し合っていたんだ」と、パルサーがそんなことを言った。

 「俺の抱えている問題、ですか……? 」

 パルサーが静かに頷く。「以前、モンスターと戦闘中にバック・フラッシュを起こしたと言ったね」

 「ええ。言いました。ときどき起こるんです。幸い、バック・フラッシュが起きたときには戦闘は終わっていたので、身の危険はありませんでしたが……」

 「その症状は、スキルを多用したあとに、意識を失う、といったような感じ? 」

 と、セシリアが俺の方を向いて言った。

 「ええ。まさにその通りです。スキル自体は使えても、なにか、まだどこかでそのスキルを上手く扱えていない、という感じがするのです」

 「ふうん……」と言って、セシリアが腕を組んだ。それから言った。「あなた、魔力量がとても多いのじゃない? 」

 「……確かに、涼くんはとてつもなく魔力量が多いですよ。水晶の測定でも、あのヒュデルを上回ったほどです」

 「あのヒュデルを?? 」と、セシリアがびっくりした顔を浮かべて、そう言う。「それはよっぽどね……」

 「魔力量が多いと、バック・フラッシュを起こしやすいのですか? 」

 と俺が聞くと、

 「ひとつの要因であるのは確かね。それだけではないのだけれど……。でも、こういう問題に詳しいのは、私ではなく、もっと適任の人がいるわ。ねえ、エレノア! エレノア! 」

 セシリアはそう叫ぶと、大部屋の隅にいたひとりの女性を呼び寄せた。

 その女性はこの部屋のなかでたった一人深いフードを被っており、この騒ぎのなかでも唯一冷静さを保っていた女性だった。


 「なあに、お姉さま」

 エレノアと呼ばれた女性は、近くまで来るとフードを被ったままそう言った。

 「彼女はエレノア。私の妹よ。ねえ、あなた、人と話すんだからフードくらい取ったら? 」


 するとエレノアは、無言のままそのフードを脱いだ。

 その顔を見て、思わず「え……」と驚きの声を漏らしてしまう。

 フードのなかから顔を見せたのは、隣に立つセシリアと全く同じ顔をした熟年の美女だったのだ。


 「びっくりしたでしょう。彼女は私の双子の妹なの。私たちの親でも見分けがつかないくらい、そっくりなのよ」

 と、半ば誇らしげにセシリアがそう言う。

 「ただ、性格が全然違ってね。私の方はお喋りで社交的なほうなんだけど、この娘はねえ……」

 セシリアにそう言われても、エレノアは沈黙を貫いており、真顔のまま俺を見ている。

 

 「エレノアさんの方が適任というのは、どういう意味なんです? 」

 とパルサーが聞くと、

 「ああ。この娘はね、私と違って優秀な冒険者なのよ。ヒュデルほどではないのだけれど、莫大な魔力量を持っているし、しかも、この世界で唯一の、複数職持ちなの」

 「複数職持ち!? それはまた、特殊ですね……」と、パルサーが唸る。

 「魔力量の多さと、職が二つあるせいで、エレノアは若いときにずいぶん魔力のコントロールに苦労したのよ。涼さんと同じように、バック・フラッシュも良く起こしていたわ。その辺りのことを聞くのなら、この娘ほど適任の人はいないでしょうね」

 

 「あなた、バック・フラッシュを起こしたことがあるの? 」

 と、エレノアが真っ直ぐ俺の目を見据えて、そう言った。

 「ええ、はい。何度か、スキルを多用したあとに、気を失ってしまって……」

 「……複数職のスキルを扱える? 」

 「ええ。いくつかの職のスキルを、扱えます」

 「そんな気がしたわ。……手を握っても良い? 私は手を握ると、相手の魔力の流れを感じ取ることが出来るの」

 「どうぞ」

 と答えると、エレノアは目を瞑って俺の手を握った。それから、

 「嘘でしょう……!? とてつもない魔力量ね……。それも、どういうわけか、今なお増え続けている……! 」

 「そんなことがあるのか……! 」と、パルサーが驚嘆する。

 「これほどの莫大な魔力量が絶えず膨張をしていれば、コントロールは相当難しいでしょうね……。しかも、複数職のスキルを使うとなると、コントロールはさらに難しくなる。……バック・フラッシュを起こすのも無理はないわ」

 「どう? 改善は出来そう? 」

 と、セシリアが心配そうにエレノアに尋ねる。

 「……少しずつ時間を掛けて訓練をすれば、恐らくものに出来るでしょうね。見たところ、才能もありそうだもの」

 そう言うと、エレノアは初めて俺に微笑みかけてくれた。厳しそうな人という印象だったが、案外、優しいのかもしれない。

 「あなた、涼、と言ったわね……。魔力のコントロールを教えてくれる師匠はいるの? 」

 「いえ、いません。すべて独学で……」

 「そうだと思ったわ……。誰か有能な人が、師匠になってくれれば良いのだけど……」

 「あなたがなったら良いじゃない」

 と、いかにも当然とばかりに、セシリアが言った。

 「ぼ、僕からもお願いします! 」と、パルサーがそれに追随する。

 エレノアは一瞬驚いた顔を浮かべたが、しばらく思案したあと、

 「出来ないわ」と言った。

 「な、なぜです!? 」とパルサーが問うと、

 「……申し訳ないのだけれど、来月から王都にある騎士学園で講師を担当することに決まっているの。去年、冒険者を引退して、今年から教える側に回ることになったのよ」

 「そうだったわ……」と、セシリアが手の甲を眉間に当てて言う。「この娘、冒険者としてとても優秀だったから、破格の待遇で講師に誘われたのよ。それが来月からだったのね。私もすっかり忘れていたわ」

 「そうか……。それは、どうにもなりませんね……」

 と、パルサーがいかにも残念そうに、頭を項垂れる。


 話はそれで終わったのだが、無理だ、と言った当のエレノアは、俺の手を名残り惜しそうに握り締めたまま、その後もしばらくは険しい顔でなにかを考え込んでいた。


 今思うとそれは、俺の冒険者人生を変える大きなきっかけとなるのだった。




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