117,交渉。
エルフの国にはそれからさらに二日間滞在した。
白霊樹の様子を見ながら俺は断続的に魔力を譲渡し続け、この樹が安定するまでラフィンドールとともに近くで見守った。
二日目の夜、オーヴェルニュの国に話し合いに出掛けていたフラジャイルが数人の護衛とともに戻って来た。
ラフィンドールやすっかり親しくなった別のエルフたちとともに入り口で出迎えたのだが、白霊樹の上層階へあがって来たフラジャイルは見るからにくたびれ切っている。
「お兄様。どうかされたのですか」
ラフィンドールがそう駆け寄ると、
「人間族は強情だな。さすがに疲れたよ」
と零す。
しかしすぐに俺たちの姿に気づき、
「いや、失礼。涼さんたちは別です。……ただ、正直に言いますが、オーヴェルニュの国の要人たちの強情さには、いささか参ってしまいました」
見ているこちらにも分かるほど、フラジャイルは疲れ切った様子だ。
側近の者に度数の高いアルコールを持ってこさせ、それを立て続けに数杯飲み干すと、一度顔を洗いに洗面所へと消えた。
十数分ほど経って戻って来ると、フラジャイルは長机に着いて話し合いの詳しい内情を打ち明けてくれた。
「一応は、和解交渉はまとまりました」
「それは良かった。大きな前進ですね」
「廃坑に住み着いた龍が聖霊龍であることも認めていただけました。なにやら教会長とかいう男が相当に渋ってはいましたが……」
教会長エゼキエルはあの聖霊龍をヴォルカニック・ドラゴンだと言い張っていたから、今更聖霊龍とは認められなかったのだろう。
しかし、長年冷戦していたエルフ族の長から圧力を掛けられてしまえば、さすがに認めないわけにもいかなかったはずだ。
「あの龍を聖霊龍と認めること、廃坑に住まわすこと、その廃坑の持ち主を田村涼さんとすること、この辺りの交渉もまとまりました。しかし……」
「しかし?」
そう尋ねると、フラジャイルは眉根に深い皺を寄せた。
「なにか言いにくいことがあるのでしょうか。俺のことは気にしないで良いので、言ってください」
するとフラジャイルは、意を決したようにこう口にする。
「彼らは涼さんが第四階級であるということがどうしても許せないようです」
「なるほど……」
オーヴェルニュの国にとってエルフの国というのは長年の悩みの種だ。
戦争をすれば大きな被害を被ることは目に見えているし、かといって、和解交渉を進めるのにもその端緒を掴む機会さえ見当たらない。
そんななか、突如として湧いた和解交渉である。それをなんとしても掴みたいが、そのきっかけとなったのが“第四階級の男”とあっては、国の威信に大きく関わる。国王や教会長、そして国の重臣たちにとっては、この事実はあまりにも不愉快極まりないのだろう。
「なんとも、下らない話です」
フラジャイルがそう苦言を零す。
「エルフ族に階級などという下らない制度はありませんから、あまりにも彼らが愚かしく見えます」
「オーヴェルニュの貴族たちにとっては、自分たちの価値をキープするための重要な制度ですからね。なかなか簡単には払拭出来ないのです。……それで、彼らはどう言って来たのですか?」
再びそう問いを重ねると、フラジャイルは首を振って言った。
「この歴史的出来事から、”田村涼の名を消せないか“と持ち掛けて来たのです」
「……ひどいですね」
「まったくです」
「さすがに、頭に来ますね」
「もちろん、決して頷きはしませんでした。涼さんの名前を残さないなら、この交渉は破談だと言ってやりました」
「すると、どうなったのですか?」
「彼らはまったく醜い話し合いを目の前で繰り広げていました。第四階級の男をこの歴史的事件の立役者にするわけにはいかないだとか、涼さんが第四階級であることはどうにか隠せないか、だとか。私にも幾度となく”別の人物の手柄に出来ないか“と迫って来たのですが、私が断固として意見を変えなかったので、とうとう……」
「とうとう……?」
「涼さんを貴族にしてはどうか、という意見が上がったのです」
「なるほど、そうなりましたか」
いかにも国の権力者の考えそうなことだ。
田村涼という第四階級の男がこの件に関わったことはどうしても消せそうもないから、いっそ、その男の位を高いことにしてしまえ、ということだろう。
しかし、この決断にも、彼らは相当な苦痛を味わったことだろう。なにしろ、第四階級の男を、しかも”物乞い士“という最も唾棄すべき職業の男を、国が貴族認定するというのだから。
「彼らの話し合いは、結局、涼さんに男爵位を授けるということでまとまりました。後日、国王から正式に授与式が執り行われるはずです」
「俺が、男爵ですか」
さすがに身の引き締まる思いがする。アニーとこの国を変えると決めたあのときには、まさか自分が貴族になるとは思ってもいなかったのだ。
とにかく男爵位は貰えるところまで来たのだ。そう思って頷いていると、フラジャイルがこんな思いがけないことを口にする。
「待ってください。ちょっと誤解があるようですが、男爵に決まったというのは、あくまでも”彼らの話し合い“においてです」
フラジャイルがなにを言っているかわからず、一瞬、ぽかんとする。
「私たちエルフ族の恩人である涼さんを目の前で愚弄されて頭に来ましたからね。もっと階級を上げるよう、圧力を掛けておきました」
至極当然のことだとでも言いたげに、フラジャイルが胸を張る。
「では、もう一つ上の階級の、子爵ですか……?」
「いえいえ、まさか。……涼さんはエルフ族の滅亡を救ったのですよ? 我々の救世主です。子爵などでは、到底足りません」
「では、さらにもう一つ上の、伯爵……?」
フラジャイルは再度首を振った。
「そんなケチなことはさせません。私は貴族階級の中でも最上級の、公爵にしろと言ってやったのです」
「そんな馬鹿な」
と、思わずそう零してしまう。
第四階級の人間が貴族になるだけでも前代未聞のことなのに、いきなり階級の最上位である公爵になるなんて、到底考えられない。
国の権力者たちがそのような飛び級を認めるなど、絶対にあり得ないだろう。
道理で、話し合いが難航するはずだ。
「彼らは断固として認めませんでした。第四階級の者を公爵にするなど絶対に認められない、と」
「それはそうですよ。だって、その中には侯爵の者や、伯爵もいたはずです。俺を公爵にしてしまえば、彼らは俺よりも階級が下になってしまう。そんなこと、認めるはずがありませんよ」
「なにやらそのようですね。しかし私も一歩も引かない。それで散々話し合いが難航したのですが、最後にまとまったのは、公爵の一つ下、侯爵を授けるということで話し合いは終わりました。なので、涼さんにはお詫びしなくてはなりません。私の力が足りず、涼さんに公爵位を授けることが出来ませんでした。……誠に申し訳ありません」
なにかの冗談なのか、フラジャイルはそう言って深々と頭を垂れる。
話の展開が急すぎて、なにがなんだかわからないでいる。貴族位はいつか欲しいと思っていたものの、まさかいきなり上から二番目である侯爵位を授かることになるとは夢にも思っていなかったのだ。
「ちょっと待ってくださいね。俺が侯爵……。すいません、事態が突然のこと過ぎて、頭が追いつかないでいます」
「なにも驚くことはありません。涼さんがこの国に来なければ、エルフ族は滅んでいたのです。歴史上の英雄ほどの手柄ですよ。本来であれば、オーヴェルニュの国全体を挙げて祝わなければならないほどの偉業です。それがたった侯爵位を授ける、というのですから、私は腹が立って仕方がない」
「そういう、ものなのですかね……」
フラジャイルの熱に押されてそう零すが、相変わらず頭は追いつかずにいる。
そばで話を聞いているエレノアやアニー、ヴァレンティンたちも困惑した様子で顎を擦ったり、腕組みをして唸っている。もちろん、喜んでくれているようではあるのだが……。
「そして、ここまではあくまでもオーヴェルニュの国での話です」
と、さらにフラジャイルが続ける。
「と言いますと……?」
「ここエルフの国では銀葉勲章と、永久名誉エルフ族の称号を授けます。もちろん、後日正式に授与式を執り行うつもりではありますが」
急に国の代表らしい顔つきになり、フラジャイルがゆったりと笑みを浮かべる。
「あの、銀葉勲章というのは、いったいどういった勲章なのでしょうか」
「銀葉勲章というのは、エルフ族のなかでも歴史を変えるほどの偉業を成したものに与える勲章です。この勲章を与えられた者はエルフ族の歴史にその名が刻まれ、彫像が造られ、国の中心部に飾られる予定となっております。また、永久名誉エルフ族というのは、多種族がエルフ族にとって非常に有益な活動を行った際、彼をエルフ族の一員として認める為に作られた称号です。……涼さん、いつでもこの国に来てください。あなたをこの国の救世主として、また、同族のエルフ族として、暖かく歓迎いたします」
「ちょっと待ってください。この国に俺の彫像が飾られるのですか」
「ええ。至極当然の成り行きかと思いますが」
フラジャイルはこともなげにそう微笑んだ。
いや確かに、自分が行った業績を考えればある程度必然的な報酬なのかもしれない。
エルフ族は事実、今まさに滅びかかっていたのだし、俺はそれを奇跡的に救うことが出来たのだ。
救われたエルフ族からすれば彫像を建てたいほどの感謝があるのだろうが、……しかし、いざ自分の彫像が建つとなると、恥ずかしさや、その突拍子も無さに思わず苦笑してしまう。
「受け取っておいた方が良い、涼くん」
狼狽しっぱなしの俺を見かねてか、ヴァレンティンが前に進み出てそう口にした。
「エルフ族と親交を交わしていて損はないし、君はそれだけのことをしたのだとも言える。それに、今後オーヴェルニュの国を覆すにあたって、他国の勲章や高い評価を持っていることはきっと君の助けになるだろう。……貰っておいて損はない」
「そんなものですかね……」
と、当の俺は苦笑いしながら、かろうじて頷く。
「それから……」
と、俺とヴァレンティンのやり取りを見守っていたフラジャイルが、もう一つ加える形でこう続けた。
「涼さんとの間ですでに取り決めが行われている通り、我が国からはラフィンドールを追従させます。もちろん、彼女だけではなく、確かな力量の術士を数人付き添わせるつもりです」
先日ラフィンドールと行われた話し合いは現実のものとなるのかと思いつつ、俺は困惑の霧が頭に張るのを必死に抑えながら、続きを聞いた。
「ラフィンには見聞を広めて貰うとともに、未来の婿を見つさせる目的も担わせております。……と言っても、本人はその相手は涼さんに決めているようですが。まあ、涼さんさえ良ければ、ぜひラフィンと交わって貰い、この国に多くのエルフ族の子種を広めていってもらいたい。兄として、これほど喜ばしいことはありません」
フラジャイルがそう口にすると、隣に立っていたラフィンドールはしずしずと俺の前へ歩み寄り、顔を真っ赤にさせながらこう口にした。
「好きです。涼さん。……エルフ族の繁栄の為に、これからたくさんの子を私と作りましょうね」




