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115、つぼみの間。

“つぼみの間”は通路を進んだ最奥の小扉の先にある。

 腰を屈めなくては入れないこの小扉には古いエルフの紋様が施され、ここエルフ族の国の歴史の深さを物語る。


 「さあ、入って下さい」


 フラジャイルのその呼び声に合わせ、俺たちは腰を屈めながら中へと進む。

 ドーム状となったこの神殿のなかは、ごく僅かな装飾があるだけで、外壁らしいものも古い木の蔦に隠れている。

 フラジャイルが言うにはこの区画は白霊樹のなかでも最も古い部分らしく、この木が自生した直後の根に近い幹の部分がせり上がる形で、この位置に来ているのだという。


 「あの小扉のなかに“つぼみ”があります。この木の魂とも呼べる部分です」


 この神殿のさらに最奥に、大学ノートほどの大きさの小扉があり、フラジャイルはそこを指差して言った。


 「伝承によれば、その“つぼみ”に秘薬を掛ければ白霊樹は瞬く間に息を吹き返す、とのことなのですが……」

 不安そうに俺を見据えるフラジャイルに頷き、

 「早速やってみましょう」

 と、俺は先程造った秘薬の入った桶を、小扉の入り口まで運んだ。


 「開けますよ」

 「……どうぞ」

 

 しかしフラジャイルは、ごくりと唾を飲み、扉の把手部分に手を掛けたまま動こうとしない。


 「フラジャイルさん……?」

 「涼さん」と、彼のこめかみを汗が伝う。「何度も言いますが、この“つぼみ”はエルフの心臓部分です」

 「ええ、わかっています」

 「ですから、……もしあなたがたがナイフかなにかでこのつぼみを刈り取ってしまえば、その瞬間に我々エルフはこの世から消滅してしまう」

 すでにこの説明は受けているからわかってはいるつもりだった。

 だが、もう一度言葉にされると、エルフ族が今ここに俺たちを招いていることの緊張感が、自分のことのように伝わって来る。


 「大丈夫です。信じてください。必ず助けます」


 フラジャイルの目を真っ直ぐ捉え、そう言葉を掛けてやる。嘘はない。純度百%の真心を籠めて、フラジャイルの眼の奥を見据える。

 人間というものは、言葉を越えたところで第六感的に理解し合っているものだ。相手のことを真に思い遣って接すれば、必ずその想いは相手の奥深くに響く。

 フラジャイルは俺の目を見つめたまま頷き、まるで、“その想いは受け取った”とでも言うかのように小刻みに頷き、


 「……開けます」と言った。

 「どうぞ」


 小石を零しながら小扉が開かれると、奥にちいさな“つぼみ”が窺い見えた。

 だが……、


 「これが、白霊樹の“つぼみ”ですか……」

 「……そうです。ご覧のように、今にも枯れかかっています」


 それは“つぼみ”と呼ぶにはいささか頼りなすぎる、ほとんど乾いた小枝というような代物だった。

 全体は茶色く乾き切り、枝は頼りなく俯いている。なぜあれほどフラジャイルがこの小扉を開きたがらなかったのか、その心情が分かるというものだ。


 「もう時間がありません。その秘薬を掛けてください」

 「……行きます」


 フラジャイルが息を飲むのがわかる。この秘薬に、彼の期待のすべてが掛かっている。


 そっと桶を傾け、小扉の向こうに流し込む。銀色の細かい光をきらきらと輝かせながら、秘薬が“つぼみ”へと滴る。


 すると……、


 「……おお、おお……!」

 フラジャイルが感嘆の声を上げる。

 

 “つぼみ”は、まるで早回しの開花映像のように、みるみるうちにその花を開かせたのだ。


 「お兄様……! つぼみが、つぼみが……!」


 そばで見ていたラフィンドールも、声を上げて両頬を掌で押さえる。


 “つぼみ”は見るからに活力を取り戻していた。内側に籠っていた花は外側へ捲れ、花弁は瑞々しく潤っている。すべては解決したかに思われた。


 だが、隣で中腰になったフラジャイルが暗い顔で呟く。


 「……もう、遅かったのかもしれません」

 「なぜですか。“つぼみ”は元気を取り戻しましたよ」

 「そのことにはお礼を言います。きっと涼さんの秘薬でなければ、こうまで快復はしなかったでしょう。ですが……」

 「ですが、……なんですか?」

 

 フラジャイルは諦めたようにすっと立ち上がり、続けた。

 

 「私どもエルフにはわかるのです。白霊樹は本当には元気にはなっていません。偽りの健康をひとときのあいだ取り戻しただけです。もうこの樹は、……立ち直れないほど弱っていたのです」

 「そんな……!」

 「すべては”魔力“の問題です。白霊樹には、自身の身体をもとの健康体に戻すだけの魔力が残されていない。”つぼみ“が開花したところで、この樹の枯渇した魔力だけは、どうにもなりません。……もうエルフ族は、終わったのです」


 しいんとした静寂が、この狭い神殿に響いた。

 そしてこの事実は、同じエルフ族のラフィンドールにはより生々しく感じ取れたようで、彼女は覆った手の中で涙を零した。


 「そんな……」

 「ここまで来て……」


 そんな嘆きの声が、次々が零れた。



 「……魔力さえ与えられれば、この樹は治るということですか」


 そんな静寂のなかそう尋ねると、


 「……はい?」


 と、かすかな苛立ちを籠めて、フラジャイルが首を向ける。


 「ですから、魔力さえ与えられれば、この樹は治るのですか、と聞いたのです」

 「……仰っている意味がわかりません。まずそもそも、”魔力を与える“ということ自体、不可能なことではありませんか」

 「俺は出来るんですよ。俺のスキルの中に、“分け与える”というものがあります。他者に魔力が譲渡出来るんです」


 一瞬、フラジャイルの目に期待の光が宿った。

 だが、それはすぐに萎んで、深く暗闇へと落ちて行く。


 「……仮にそれが出来たとしても、無駄なことです。白霊樹の必要としている魔力量は莫大なものです。ひとりの人間の魔力程度ではどうにもなりません。ほとんど”無限に等しい”魔力でもなければ……」


 俺は小扉のなかに手を差し出し、すっと力を籠める。

 そして心の奥で、”分け与える“唱えた。


 「良かったですね。俺はちょうど、”無限に等しい“魔力量を持っているんです。今、この白霊樹に可能な限り最大の魔力量を譲渡してみますから」

 

 「な、なにを言って……!?」


 とフラジャイルが聞き返したとき、まるでこの世界全体を揺るがすような大きな地響きが鳴り始め、今まさに、この白霊樹が音を立てて生育しているのが、感じられた。


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