109,なにが起こっている?
※今回は教会長エゼキエル目線の話です。
なにかがおかしい。
私は現教会長として強力な権力を持ち、この国中の民に恐れられていたはずだ。
いや、”国中“どころではない。
他国からも、多種族からさえ、私は長らく畏怖の対象であったはずだ。
それが、あの田村涼とかいう男と会って以来、……なにかがおかしい。
◇◇
この日、私はいつものように教会の礼拝を終え、帰路に着こうとしていた。
いつもなら、礼拝を終えれば、即座に教会関係者や、信仰篤い民たちが私を取り囲んだものであった。私の説教や、ありがたい教えを乞うたものだった。
だが、今はそれとはまったく違う反応が私を取り囲んでいる。
なぜかはわからないが、若い教会関係者はなにかをひそひそと話し、私がすぐそばを通るとすぐに散会した。
なかには、遠巻きに私を見て、口元を手で押さえて噴き出す者もいた。
いったいなにが起こっているのか。私は恐れ多き現教会長だ。柱の陰から笑われるような身分ではない。
いったい、……なにが起こっているのか??
◇◇
「ええい、腹立たしい! なぜ若い教会員たちは私を小馬鹿にする? いったい、なにが起こっているんだ!」
教会長の部屋の机に山積した書類の束、それを私は、力任せに床へと雪崩れ落とす。
「落ち着いてください、エゼキエル様! 若い教会員たちには、私の方からキツく言っておきますから」
側近のゴルキアはそう取りなすが、この現象は教会員たちを指導すれば良いというものではない。
どこかに私を愚弄せざるを得ない要因があり、その要因を取り除かない限り、私への嘲笑は止みそうもないのだ。
……ひとつ考えられるのは、田村涼とかいうあの男がテイムした龍が、”本当は聖霊龍であった“という可能性だ。
事実、私を小馬鹿にする囁き声のなかには、はっきりと、いくつも“聖霊龍”というワードが聞こえてきているのだ。
「ゴルキア。……確認するが、例の龍は本当にヴォルカニック・ドラゴンであったのだよな」
一瞬妙な沈黙が挟まる。
そのわずかな隙間が、私を不安の谷底へ突き落す。
「……間違いありません。あれはヴォルカニック・ドラゴンです」
「専門家にも確認を取ったのだよな」
「……はっ。間違いなく専門家に確認を取ってあります」
ゴルキアは私の目を見ようとはしない。
その表情は嘘をついているようにも見えるし、本音を言っているようにも見える。
私からはその真意が読み取れない。
「三日前、夜更けのことだ。妙な光が世界を包んだのに、お前、気づいたか」
「深夜一時ごろの光のことでしょうか。ヒラ―山脈辺りで光ったものと思われますが……」
「その光のことだ。あれについてどう思う」
「なにやらあの田村涼とかいう男が、ヒラ―山脈の廃坑でなにかしていたようです。……どうも、ヴォルカニック・ドラゴンを連れて中に入ったようなのですが……」
“ヴォルカニック・ドラゴン”とゴルキアは強調するが、……本当なのだろうか。あれは聖霊龍ではないのか?? あの眩い光は、聖霊龍が発した光ではないのか……?
「あの光のあとだ。我が国を非常に強固な防御障壁が取り囲んでいたのは」
「……知っております。国王を含め、国中の有識者が大騒ぎしております」
「言うまでもないが、防御障壁は教会の最大の役目のひとつだ。……それはわかっておるか」
「わかっているつもりです。教会の造った防御障壁があるからこそ、このオーヴェルニュの国は平和が保たれている。そう国民に教え、また、教会もそう自負しております」
「それが……」
思わず、私の声が震える。
「教会の造るものより遥かに優秀な防御障壁が、あの一晩で造られてしまった。……何者かに」
ゴルキアは、言葉を失って、二の句が継げずにいる。
「まるで鮮やかなペンキで上塗りするように、遥かに強く、遥かに広範囲の防御障壁が、今は我が国を護っている。……屈辱だ。耐え難い屈辱だ。……これはどういうことなんだ!」
ゴルキアに答えようがないのは分かっている。だが、誰かを責めずにいられないのだ。
「……もう一度確認するが、田村涼がテイムしたとかいう龍、……あれは聖霊龍ではないのだな?」
ゴルキアのこめかみを素早く、汗が垂れる。
「……違います」
「……本当か」
「違います。……あれは、ヴォルカニック・ドラゴンです。第四階級の男が聖霊龍をテイム出来るはずがありません。……違いますか」
“第四階級の男が聖霊龍をテイムする”。
耳にしただけで身の毛もよだつような、恐ろしいフレーズだった。
この世界の最底辺である第四階級の人間が、そのような偉業を成せるはずがない。いや、成せるかどうかではない。そんな事態、あってはならないのだ。
「二日前、エルフの国の国王フラジャイルから、突如、書簡が届いた」
「えっ、エルフの国からですか!? それは、初耳でございます……!」
「エルフの国と手紙のやり取りをするのは、実に数十年ぶりのことだ。超異常事態と言って良い」
「いったい、どのような用件だったのですか……??」
「手紙にはこう書かれていた。“あなたの国に住まう聖霊龍について話し合いをしたい”と」
落雷を浴びたように、ゴルキアが硬直する。
「“聖霊龍の造った障壁は我が国リュミナリエを含んでいる。感謝も含め、オーヴェルニュの代表と話し合いがしたい”と書かれておった」
「いったい、なんと返事をしたのですか……??」
「こう返答するしかなかった。“聖霊龍など、この国にはいない”と」
ゴルキアは三度、絶句する。
「数時間経って、すぐにリュミナリエから返事があった。“了解した。では、聖霊龍の持ち主を名乗る田村涼という男と、我が国は個人的に交渉を交わすことにする。それでは”と」
「また……、またあの、田村涼という男ですか……!」
「そうだ、また、あの田村涼という男なのだ……!」
エルフの国と交渉するなど、もう百年近くなかったことだ。
もしそのような交渉が持てれば、私の評判はさらに上昇し、国王から恩賞まで支払われたかもしれない。
もし和解に持ち込めでもすれば、私はこの国の歴史に名を刻むことさえ出来たのだ。
それが……、第四階級に過ぎないあの田村涼とかいう男に、手柄を横取りされようとしている。
「いったい」
と、私は拳をかたく握り締め、机をめいっぱい力強く叩いた。
「いったいなにが起こっているんだ……!?!?」




