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107,地中の聖霊龍。

※今回はゾク目線の話です。


 涼さんは不思議な人だった。なんの伝手もなく頼って来たのに、結局は僕らドワーフ族を引き受けて、面倒を見てくれている。

 最初はなにか裏があるのかと疑ってみたけれど、次第にそうではないと信じられるようになってきた。

 あまりにもたくさんの人が涼さんのことを信頼したり、好いていたり、尊敬しているから、これほど大勢の人を騙しているはずがないと思うようになったのだ。

 それに、どんなときでも、涼さんは誰よりも忙しく人の為に動き回っているのだ。


 ◇◇


 聖霊龍を連れて“ヒラ―山脈”の廃坑に向かったのは、あれから二日後の深夜のことだ。

 涼さんは聖霊龍を乗せられる専用の荷馬車を準備してくれて、そこに聖霊龍を乗せて、寝静まった街を抜けてヒラ―山脈へと向かった。


 荷馬車の上で涼さんと揺られながら、この街に来る前のドワーフの国のことを思い出していた。


 僕らがこの街に来る前、ドワーフの国はひどい末期状態にあった。

 わずかに残ったドワーフたちは緩やかな死を選び、家からもほとんど出なくなっていたのだ。


 ドワーフ族の長老である父が「田村涼」という男のもとを訪ねようと言い出したときも、ぼくら以外のドワーフたちは首を縦には振らなかった。国の食糧庫にはもう食料は僅かしかなかったから、きっと、今ごろは飢えて死んでしまっているだろう。


 僕だって、この国に来ることに大賛成だったわけではない。

 ドワーフの国を出ることは怖かったし、田村涼という男を頼るのが正解かもわからなかった。


 ……でも、今は思う。あのとき勇気を出して本当に良かったと。

 父さんが命がけで賭けたこの人は、本当に素晴らしい人なのだ、と。



 ◇◇


 「廃坑までは連れて来られたけど、……ここから、なにが起きるのかな」

 廃坑の前まで来ると、聖霊龍に荷馬車から降りるよう指示を出しながら、涼さんが言う。

 「見ていてください。僕が古いドワーフたちに聞いた話では、面白いことが起こるはずですから」


 まだドワーフたちがたくさんいた頃、年寄りのドワーフたちが聖霊龍について話しているのを聞いたことがある。

 彼らが言うには、ドワーフたちは聖霊龍がいたからこそ、あれほど繁栄出来たのだという。

 そのときに年寄りドワーフたちが話していたことのなかに、聖霊龍が張る“障壁”のことが頭に残っていた。

 確かドワーフたちはこう話していたのだ。聖霊龍の張るその障壁は、どの魔術よりも遥かに広く、強力なものだ、と。


 「聖霊龍も地中に入りたいみたいだね。自分から進んで行くよ」

 「涼さんが見つけたのもダンジョンの奥地ではありませんでしたか?」

 「そう言えばそうだ。もともと地中が好きな龍なんだね」


 専用の荷馬車を降りた聖霊龍は、四つん這いになって炭鉱の入口へと張って行く。 

 僕らはその後ろを、ゆっくりとついて行った。


 炭鉱を五十メートルほど進んだところに、広いホール状になった空間がある。

 聖霊龍はそこまでやってくると、急に歩みを止め、小さくうずくまって目を伏せた。

 

 「……なにか、発光していないか」

 「していますね。全身が鈍く輝いています」

 「なにが起きているんだろう」

 「多分、ここを拠点に、”障壁“を張るんだと思います」


 僕がそう言ったまさにそのとき、聖霊龍はカッと目を見開き、突然全身を大きくしならせ、その長い首をホールの天井へと突き出した。

 そしてそのまま、微かに発光させていた身体をさらに光らせ、炭鉱が崩落してしまいそうなほどの、大きな咆哮を叫んだ。


 「すごい声量だ。鼓膜が破れそうだ」

 「耳を塞いでください。本当に、破れそうですから」


 涼さんとふたりで蹲り、必死に耳を塞いで、聖霊龍の咆哮が収まるのを待つ。

 その身体から溢れた眩い光は、今や、廃坑を飛び出て遥か彼方にまで及んでいた。


 そして長い咆哮を叫んでいた聖霊龍は、やがて満足したように叫びをやめ、もとのちいさく丸まった形へとゆっくりと戻って行った。


 「いったい、なにが起こったのだろう」 

 静かになった廃坑のなかで、涼さんがそう呟く。

 「障壁が完成したのだと思います。防御障壁です。相当な広範囲に張られたはずです」

 「防御障壁? ……確かに、パルサーさんも聖霊龍にはそのような効果があると言っていたな……」

 「地中に居る聖霊龍が造る障壁は、どの魔術よりも固く、広いという話です。相当広くまで障壁は張られたはずです。まず間違いなく、今後、障壁内に魔獣は近づいてこないはずです」

 「……張られた距離はどのくらいなんだろう。わかるかい?」

 「えーっと、ドワーフの使う単位を、こちらの国の単位に換算すると……。多分、八百キロ近くまで張られたと思います」

 「は、八百!?」

 「ええ、そうです」

 「ちょっと待ってくれ、それじゃあ、隣国すら巻き込んで障壁が張られたことにならないか!?? 」

 

 あの涼さんでさえ、さすがに驚いた様子で、そう言う。

 確かに、八百キロという広範囲の防御障壁は、聖霊龍を除いてこの世には存在しないものだろう。どんな凄腕の魔術師でも、教会関係者でも、これほどのものは作れない。


 涼さんは、あることに気づいたのか、腕組みをして、こう続けた。


 「隣国って言うか……、リュミナリエを巻き込んだわけか……」


 察しの良い涼さんだから、そのことにはすぐに気が付くとは思っていた。

 とはいえ、これほどすぐ勘づくとは思わなかったけれども。


 「そうです。この廃坑で聖霊龍が防御障壁を張れば、隣国であるリュミナリエも障壁内に含まれるはずです」

 「エルフの国であるリュミナリエは、昔から障壁を作れる人材が足りず、魔獣に国を荒らされることに悩んできた。……それが、たった今から、その悩みから解放されるわけか……」

 「そうです」と、僕は言う。「ですから、エルフたちにとっても、この炭鉱に聖霊龍が居座ることは重要な意味を持つようになりました。……この意味が分かりますか」

 「……教会も、俺たちにこの廃坑から出て行けとは言えなくなるわけか」

 「その通りです。それでも、事前に話し合いは必要ですから、エルフの国へ行きましょう。彼らに直接会って、教会に圧力を掛けて貰うよう説得するんです」


 僕の意図していた目論見が伝わったのか、しばし黙考したあと、涼さんは腕組みをしたままにこりと笑い、僕の肩を強く叩いた。


 「こんなことが起こるなんて、想像もしていなかった。ありがとう、ゾク。なんてお礼を言って良いかわからない!」

 「涼さんの助けになれるなら、なんだってやります。炭鉱のことだけじゃありません。もっともっと、涼さんの役に立ちたいんです」

 

 僕はさらに涼さんを喜ばせたくて、こう続けた。


 「気難しいエルフたちですが、僕は幼少期に父に連れられてエルフの国へ行ったことがあります。そのときに、当時の王子と親しく遊んだ記憶があります。その王子は、時を経て、今は現国王となっているはずです。……彼と話をしに行きましょう。僕が行けば、本来人間族を国に入れない彼らも、入り口を開けてくれるはずですから」


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