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106/119

106,若いドワーフ族の長。

 街の東にある“ヒラ―山脈”。そこにある廃坑。

 この土地を持っているのが、フラジャー商会のアステル・フラジャーという男だった。


 セシリアを通じてこの男とコンタクトを取り、廃坑を買い取る手筈を整えていたのだが、その翌週、思わぬことが起こった。

 フラジャーが突然、この廃坑を「売らない」と言い出したのだ。


 その日、オーヴェルニュの街には埃っぽい小雨が降り続いていた。

 この雨は冬の終わりの時期に降るこの国特有の小雨で、降り出すと一週間は続くこともあった。


 打ち合わせの為に東の集落に来たセシリアは、シックな傘を丁寧に畳むと、


「まず間違いなく、教会の圧力でしょうね」

 と言った。

「やはりそう思いますか」

「フラジャーは先日まで、売ることに乗り気だったもの。廃坑となっていて買い手もつかず、それが何十年も続いて困っていた、と」

「それが急に掌を返したように、“売らない”と言いだす……」

「こういうことをやるのが教会なのよ。まあ、私たちも、本格的に目を付けられ始めたといった感じね」


 この打ち合わせの場には、ドワーフの若き長であるゾクも同席して貰っていた。

 ゾクは俺とセシリアのやり取りを興味深そうに眺めていたが、”ヒラ―炭鉱“が買えなそうだと分かると、どこか激しい無力感を思わせる素振りで、静かに項垂れた。


 その姿には、あまりにも身がつまされた。

 ゾクは気の弱そうな風貌のドワーフではあるが、心は優しいし、口数こそ少なかったが、他人への思いやりに満ちている。

 最初は頼りない少年といった印象だったのだが、集落で毎日顔を合わすうちに、俺は次第にその優しさと思いやりの深さに、親しみを覚え始めていた。ゾクの方でも、なんとなく俺に懐いてくれている感じがあった。


「どうにかなりませんかね。ドワーフの人たちの為にも、あの炭鉱は手に入れてあげたいんですが」

「難しいと言えば、難しいわね。この街では教会の力は強大だから、一商会ではまず逆らえないと思うわ」

「……例えばですけど」

 と、俺はふと、あることを思いついて口に出してみる。

「もっと別の勢力から圧力を掛けたら、土地が買えたりしないですかね」

「別の勢力?」

「そうです。……例えば、隣国のリュミナリエに圧力を掛けて貰うとか……」

「リュミナリエ……。エルフの国ね。でも……」


 セシリアはその国の名を口に出してすぐ、そう口籠る。


「でも、なんです」

「エルフの国は相当プライドが高いわよ。今だって、人間族の国であるこのオーヴェルニュとははっきりと距離を置いている。ある意味では、教会以上に説得の難しい連中よ」


 エルフの人々が気難しいのは知っていたが、セシリアならなんらかの伝手があると思っていたのだ。

 だが、こう言い返されてしまうと、セシリアでさえエルフたちとは親交がないことがわかる。

 顔の広いセシリアでも、さすがにエルフたちとは繋がりがないと分かって、俺も少し落ち込んでしまった。いくら顔の広いセシリアでも、どうにもならないこともあるのだ。


 その後は良いアイディアも出ず、俺たちは日が暮れてからその日はそれぞれの寝床へと帰った。



 ◇◇


 夜も更けた真夜中のことだった。

 俺は眠れずに、自分用に建てた小さな宿泊所の外に出て、火を起こして焚火にあたっていた。

 昼間降り出した小雨は、幸い夕方には止んでいた。


 ゾクたちドワーフは、その時間になっても宿泊施設には入らず、二十人で身を寄せ合っていろいろな活動をしていた。

 ツルハシを持って地面を掘ったり、子供のようにはしゃぎ合ったり。

 ドワーフたちは夜型の者が多い種族らしく、この時間になってもまだ眠りにはつかないのだという。



 働く場を見つけられず身を持て余している彼らを眺めながら、なにか哀しい気持ちに俺は浸っていた。

 亡くなる前に長老から聞いた話によると、ドワーフたちにはかつてふたつの大きな勢力があったのだという。

 ひとつは好戦的で野性的なドワーフ族で、もうひとつは、内省的で鍛冶職や炭鉱夫に向いた内向きなドワーフ族なのだという。


 ドワーフ族はこのふたつの種族がバランス良く共存することで種族として繁栄を続けて来たが、十数年前に起こった戦争で、好戦的なドワーフたちだけがほとんど滅んでしまったのだという。

 それで、ゾクたちのような大人しいドワーフたちだけが、かろうじて生き延びたのだ。


「涼さん。隣に座っても、良いですか」

 遠巻きに見ていた俺に気づき、ゾクが近づいて来てそう言った。

「もちろん、良いよ。良かったら酒でも飲むかい。出会ったときに飲んだワインがまだ残っているんだ」

「頂いても、よろしいでしょうか」

 ゾクは遠慮せずにそう言い、ほのかに笑みを浮かべた。

 出会った頃よりは遥かに感情を見せるようになってくれていて、それがまた、俺には嬉しい。


「涼さんには、感謝しかありません」

 ワインを口にし、しばしの沈黙のあと、ゾクは唐突にそう言った。

「えっ。なにが? 俺はなにもしていないけど」

「僕たちを迎え入れてくれたじゃないですか。それだけでもものすごく嬉しかったんです」

「迎え入れたってほどのことじゃないよ。宿泊施設があったから、泊って貰っているだけだよ」

「それでも、とても嬉しかったです。ドワーフ族はあまり他民族と付き合いがありません。せいぜいエルフ族くらいのものですが、それも、親密と呼べるほどのものではありません。この世界に頼れる相手もいなくて、とても心細かったのです」


 ドワーフたちがどれだけ心細かったのかはわからないが、それは辛いものではあっただろうな、とは思う。

 種族としてもはや消えかかり、唯一の頼りである長老も、自分たちを残してあの世へ旅立ってしまった。種族を率いていかなくてはならないゾクは、さぞ不安でいっぱいだろう。


「涼さんは、すごいです。これほどの人数をまとめ上げていて、たくさんの人に尊敬されている」

「俺も精いっぱいだよ。上手く行くことばかりじゃないしね」

「そうでしょうか。僕から見たら、ここに来る誰もが涼さんのことを大好きなように見えます」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、買い被りすぎだと思うよ」

「いや、買い被りではありません。僕も最初は”聖霊龍をテイムした人“ということで尊敬していたのですが、今はそれとは違った意味で尊敬しています。……上手く言えないのですけど、涼さんは、”怖くない“のに、”ついて行きたくなる人“なんです」

「怖くないのに、ついて行きたくなる人……?」

「そうです」

 と言い、ゾクはその生真面目な顔を真っ直ぐ俺に向け、頷く。

「僕の知るリーダーは、みんな“怖く”て、“ついて行きたくなる人”です。……でも、涼さんは違います。怖くはありません。優しいです。でも、それなのに、ついて行きたくなるんです。……そんな人は、会ったことがありません。だからここに来る人はみんな、幸せそうなんだと思います」


 正面からそのように褒められて恥ずかしかったが、真剣に語るゾクの口ぶりに敬意を払って、俺は黙っていた。


「僕、足りない知恵を絞って、一日中考えたんです」

「考えた? なにを?」

「涼さんの為になにが出来るか、です」

「俺の為に?」

 こくりと、ゾクが頷く。

「あの廃坑を手に入れられれば、きっと僕らは、涼さんの助けになれると思います」

「それは、わかっているよ。でもね、どうしても手に入れられそうもないんだ……」


 ゾクは掌を俺の方へ差し出し、真横に首を振った。それはどこか、あの長老を思い出させる仕草だった。


「僕が言いたいのは、まさに、そのことなんです。“どうやったらあの炭鉱を手に入れられるか”。そのことを考えたんです」

「……?」

 いまいちゾクがなにを言いたいかわからず、俺は首を傾げて、黙る。

「聖霊龍です。聖霊龍をあそこに連れて行きましょう。聖霊龍は、ここにいるべきではありません。あの龍の真価が発揮できるのは、地中に住まわすことです。聖霊龍は僕らドワーフと一緒なんです。空の下に住むのではなく、《《地中の中に住む》》んです。そのときにやっと、本当の真価が発揮されるんです」


 聖霊龍をあの廃坑に連れて行くとどうなるのか。俺には見当もつかなかった。

 しかも、あの廃坑は俺の持っている土地ではない。そんな勝手なことをして良いのかも、わからない。

 しかし、ゾクはたまに見せる自信に満ち溢れた顔をしていた。

 俺はなにかこの表情に賭けたい気持ちが込み上げていた。



 なにより、ドワーフ族の長として今まさにその片鱗を見せ始めているこの少年と、俺は奇妙な友情のようなものを感じ始めていた。


「……あの土地は俺の土地じゃないよ。それなのに、聖霊龍を連れて行けと言うのかい?」

「そうです。その通りです」

「人の土地なんだよ? 君はそんなこと、“知ったことじゃない”とでも、言うのかい?」

 ゾクはユーモラスににこりと笑い、

「そうです。“知ったことじゃない”と、僕は言いたいのです」


 俺はしばし考え、やがて、……にっこりと笑った。


「面白そうなことを言うね。じゃあ明日、一緒に聖霊龍をあの廃坑に連れて行ってみようじゃないか」

「ええ」と、ゾクは笑いながら答えた。「”そう来なくっちゃ”です。僕が言いたいのは、”そう来なくっちゃ”、なのです」







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