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105,ゾク。

 長老の葬儀は日曜の午前中に行われた。

 あれから数日後、長老は自分で予言していた通りに寿命を全うし、最期は病に苦しむこともなく、まるで眠るように、ベッドの上で安らかにこの世を去って行った。


 約二十名のドワーフたちは、とりあえず簡易的に拵えた宿泊施設に寝泊まりして貰っていた。もともとは地中の中に洞穴を掘って住むのが習性らしく、柔らかな布団を渡しただけで過剰なほど喜んでもらえた。

 気の優しい邪気のない連中であることは分かったが、長老が心配していたように、確かに彼らには主体性のようなものがないようにも感じられる。まるで両親を失った子供のように、彼らは長老というリーダーを失って明らかに狼狽えていた。

 

 「それで、どうするつもりなんだ。ドワーフ族の未来を頼んだと言われても、お前も困るだろう」

 集落へやってきて、軽い食事を取りながらそう零したのは、エレノアだ。

 「正直に言って、そうですね……」と俺は零した。


 ドワーフ族の長老は、俺が“聖霊龍をテイムした”ことを、過剰に大きく評価してくれていた。

 その行動は伝説上の人間しか出来ないような偉業で、そのような偉業を達した俺なら、きっとドワーフ族の今後も、素晴らしい方向へと導いてくれるに違いないと信じ切っていた。


 だが、長老には具体的な見通しがあるわけではなかった。ただ俺を頼ってここまでやってきて、”俺ならなんとかしてくれる“とだけ期待して、自分はさっさとこの世を去ってしまったのだ。

 その行動は若干無責任ではあるし、まあ、それだけ死に物狂いだったのかもしれない、とも思える。

 いずれにしても、ドワーフたちの今後は、どうにか俺が考えるしかなかった。


 「私はしばらくひとりで修行でもしている。お前はドワーフたちのことを考えてやってくれ。ひと段落したら、また冒険に出よう」


 エレノアはそう言うと、食卓から立ち上がって、最近買ったらしい新しい装備品を背中に背負ったり、携帯袋へ仕舞い込んだ。

 豊満な髪をさっと後ろに縛ったエレノアは、かすかに頬を染めて空っぽの皿を睨んでいる。

 前回の冒険で一緒に寄り添って眠って以来、エレノアはこうして若干気まずそうに黙り込むときがある。そんなときには必ず、彼女が言った「私は第二夫人で良い」という言葉が、俺の脳裏に生々しく蘇って来る。


 「それではまたな」


 エレノアはそう言うと小さく微笑んで、胸元で軽く手を振った。年齢は相当上なのだが、滅多に見せない女性らしい仕草に俺は毎回ぎゅっと胸を締め付けられてしまう。困ったものだったが、俺も相当にエレノアを女性として意識している。



 ◇◇


 「じゃあ、ちょっとふたりで地図でも見ましょうか」


 葬儀やドワーフたちの住まいを作る準備も済み、それなりに時間が出来たある日、俺は長老の息子だというゾク・ダイソクを呼び、机のうえにこの辺りの地図を広げた。


 長老は亡くなる前にこの若き息子を、「ちょっとした特殊なチカラがある」と意味深な言い回しで評価していた。あの人懐っこい顔で満面の笑みをつくり、「時間があるときに息子に地図を広げてやってください。息子のチカラはきっとあなたの助けになりますでしょうから」と、なにかこの先の未来は良いことしか待っていないかのように、そう零したのだ。


 とはいえ、

 「ああ、はい……」

 と、当のゾクは、こちらが促さない限り滅多に口を利くこともないし、ほとんどの時間を無言で過ごしていて、態度もおどおどとしており、正直に言ってあまり頼りになりそうもない。

 

 長老には申し訳ないが、もしかしたら俺はかなりの重荷を無償で引き受けてしまったかなとこの出会いを後悔し始めていた。


 「あの、この東のこの辺り、ここら辺に炭鉱はありますか」

 広げた地図を指差し、ゾクがそう言った。

 「炭鉱、ですか。いや、確かありません」

 「それはなぜですか」

 

 ゾクの声には急に力強さが籠もっていた。その妙な迫力に若干気圧されながら、俺は頭を巡らせる。それからこう答えた。


 「確かその辺りはあまり資源が出ないんだったと思います。数十年前は多少は山を掘ったみたいなのですが、あまり資源でないので、廃坑になり、それ以後はもう掘られなかったのだと思います」

 ゾクは指先を口に咥え、じっと地図に目を落している。その仕草だけを見たら、まるで赤ん坊のようでさえある。

 「そこに、なにかあるのですか」

 そう聞いてみるが、ゾクは地図を見据えたまま返事もしようとしない。異常な集中力というのか、まるで俺たちには聞こえない音に耳を澄ますかのように、地図をじっと凝視している。

 「あとで、直接見に行きますか? 俺ももう少ししたら時間が取れるので」


 そう尋ねてみると、ゾクはやっと顔を上げて「お願いします」と短く答える。するとそのときには、ついさっきまであった迫力のようなものはその顔から抜け落ちている。またいつもの頼りない幼い顔つきに戻っていた。



 ◇◇


 オーヴェルニュの近辺では炭鉱が大きくは発展しなかった。

 鉱石も採れるには採れたが、ほとんどの資源は他国からの輸入に頼っている。幸い、この国は多くの冒険者が訪れる陸の港町であったから、資源品の流通はさほど滞ることがなかった。行商人の往来も激しいから、国が新しく公共事業を立ち上げる必要もなく、最低限の資源品は間に合っているのだ。


 だが、だからと言って、人々の需要を完全に満たしているというのでもなかった。

 例えば、名工セナは会うたびに「もっと希少な鉱石が手に入れば、今よりも遥かに優れた武器が造れるのに」と零していた。なにやら希少な鉱石はほとんどが西側で消費されるらしく、彼女たちの手元には滅多に回ってこないのだという。

 「もしこの街の近くで希少鉱石が発掘出来たら、オーヴェルニュの街では鍛冶職がさらに発展するのにな」とセナは良くそんな夢を語っていたのだ。



 「じゃあ、ちょっと馬車から降りて直に見て見ようか」


 口数の少ないゾクを馬車から降ろし、俺は彼の指定した地図の辺り、“ヒラー山脈”と呼ばれる東の山の麓に来ていた。

 馬車にはゾクのほかに四名のドワーフが同席し、彼らもゾクに従って馬車を降りて来た。


 ヒラ―山脈は標高の高い大きな山脈で、馬車を停めたその辺りには、十数年前に使われていた古い炭鉱が残っていた。

 とはいえ、炭鉱はすでに廃坑となり、入り口には打ち捨てれられたトロッコがあり、辺り一面は人影もなく荒み切っていた。希少鉱石の採れない廃坑といった感じで、当時の人々の失望がそのまま感じ取れるような風景だった。


 「ちょっと、仲間と一緒に中に入ってみます」

 ゾクはそう言うと、ツルハシを背負って仲間へと頷き掛ける。

 ドワーフがツルハシを背負うとさすがに様になるというか、ゾクの眼には昼間感じたような迫力が再び宿っていた。


 「あ、俺もついて行きます」


 俺はそう言って、慌ててドワーフたちのあとをついて炭鉱に奥へ入った。


 

 ◇◇



 明かりのない廃坑の内部は、深い暗闇が水のように満ちている。

 ドワーフたちは独特の視力があるのか、その暗闇の中をすいすいと歩いて行く。明かりを点ける魔術もあるにはあったが、俺はなんとなく彼らの邪魔になる気がして、黙ったままその背中を追いかけてゆく。

 

 ある地点までやってきたとき、ゾクが立ち止まって俺を手招きした。腰を屈めて彼のもとへ近づくと、


 「すいません」

 

 と、ゾクは言う。


 「え、なにがですか」

 「あの、今言うことではないかもしれませんが、僕ら、うじうじしていますよね」

 「いや、どうですかね」

 突然の言葉に狼狽え、咄嗟に返す言葉が見つからない。いったい、なんの話をしているのか、とさえ思う。

 「僕、なんにも出来ないんです。料理も出来ないし、リーダーシップもないし、話すのも上手くありません」

 どう言って良いかわからず、俺は黙ってその言葉に耳を貸していた。

 「ただ、たったひとつだけ取り柄があるんです。鉱石のことだったら、なんだってわかります。鉱石の声が聞こえるんです」

 「鉱石の声が、聞こえる?」と、俺は聞き返す。

 「はい、そうです」

 ゾクは馬鹿正直なほど真っ直ぐ、俺の顔を見据えている。

 「ここは廃坑になっていますよね。でも、資源はまだまだこの山に残っています。全然採りきれていません。例えば、ここがそうです」


 ゾクはそう言うと、洞穴の一部を指差し、仲間のドワーフたちに頷き掛ける。”掘れ“と合図でも送るように。

 すると仲間たちはツルハシを背負ってそこへ向かい、みるみる間にそこを掘り込んでゆく。手慣れた動作のせいか、堅いはずの岩石が柔らかな砂のように削り取られてゆく。


 土色だった壁の一部に、銀色の輝きが剥き出しとなって顕わになったのは、それから十秒も経たないときのことだ。


 「エルドリス輝石です」

 と、ゾクは誇らしげに鼻を掲げて、そう言った。

 「エルドリス輝石? この辺りじゃほとんど採れない希少鉱石のはずだけど……」

 「多分、十数年前の人間族のみなさんは、そう判断されたのでしょうね。でも、エルドリス輝石はこの山にたくさん埋まっています。ここは、資源の採れないハズレ炭鉱なんかではありません」

 

 そう言いながらも、ゾクは次々と洞窟の一部を指差し、そこを仲間に掘らせていく。そして仲間たちがそこを掘るたびに、輝く銀色の輝石が、その壁から剥き出しとなって現れた。


 「なにも出来ない僕ですが、鉱石の声だけは聞こえます。それしか出来ないんです」

 

 ゾクは申し訳なさそうに、足元を見遣る。その仕草はどこか、親を失って途方に暮れた迷子の子どもといったような風情がある。


 「長老は、……お父さんは、鉱石に関してはお前は天才だと言ってくれました。でも、自分はこれだけしか出来ないんです。涼さん、鉱石のことだったら、どんなことでも手助けしてあげられます。ですから、僕たちに、生活の仕方を教えてくれませんか」


 いつの間にか、四人のドワーフはゾクの横に並んで立っていた。そして彼らは、ゾクの言葉に合わせて深々と頭を下げた。本当に、多分彼らは俺しか頼る人がもういないのだ。


 「この鉱山を買い取れば、ドワーフさんたちで鉱石を採ってくれますか?」

 暗い洞穴を見渡しながら、そう尋ねてみる。

 ドワーフたちに一瞬、明るい色が広がったのが、感じ取れた。

 「はい、そうです。この山なら、相当採れると思います」

 「具体的には、どれくらい採れるのでしょうか」

 

 そう尋ねると、ゾクは初めて嬉しそうに笑顔を浮かべて、両手をめいっぱい広げた。


 「この炭鉱に足りないのは、“深さ”です。この山の資源は、ほとんどが地中深くに埋まっています。掘られた穴はほとんどが山の上層を目指しているので、それで資源がほとんど採れなかったのでしょう。……この足元に、大量のエルドリス輝石が埋まっています。ここは、宝の山です」


 長老の言った言葉が、今更俺の頭に蘇っていた。

 「息子のゾクにこの辺りの地図を見せてやってください。きっとあなたに、驚くほどの莫大な利益をもたらしてくれるはずですぞ」


 長老はあの例の人懐っこい笑みで、まるで悪戯でもするかのようにそう囁いたのだ。


 


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