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104,ドワーフの長老。

 ドワーフたち一行が俺たちの集落にやってきたのは、翌週の日曜のことだった。

 ドワーフ自体がこの街にはまったくいないのと、彼らが二十人を超える団体でやってきたせいもあり、ここに来る道中で散々衆目の興味を集めていた。


 ドワーフたちは集落に着くと、うやうやしく聖霊龍に頭を下げ、両手を合わせて念仏のようなものを唱えた。

 彼らにとっては神聖な神のようなものだとは聞いていたが、実際に手を合わせる姿を目にすると、いかにとてつもないものをテイムしたかが、今更ながら実感できる。


 「あなたが、田村涼殿でございますか」

 

 そう切り出したのは、団体を取り仕切っていた長老らしきドワーフだ。背丈は俺の半分ほど、豊かな口ひげを蓄え、背中には彼らと同じ丈ほどの斧を背負っている。赤ら顔の皮膚は、大酒飲みを連想させるものだった。


 「そうです。俺が田村涼です」

 「我々ドワーフは現在、人間族とは関係を絶ってひっそりと暮らしています。そんな我々の耳にも、ここオーヴェルニュで聖霊龍をテイムした男が現れた、と噂が届いたのです。まさかそんなことがあるはずがないと思って密かに使いを送ったのですが、その男も、どうやら本当らしいと伝言を寄越してきました。それで、噂を信じ、こうして実際に我々で訪ねて来たという次第です」


 ドワーフの長老はそう言うと、地面に膝をついて深々と頭を下げる。

 噂ではドワーフはプライドが高く、特に人間族には決して頭を下げない種族と聞いているが、後ろにいる配下らしき約二十人のドワーフも、同じように深々と頭を下げていた。

 

 「頭を上げてください。実は、聖霊龍だと知らずにテイムしてしまったのです。ダンジョンの奥にヴォルカニック・ドラゴンらしき龍が住んでいたので、研究目的でテイムしたんです。ヴォルカニック・ドラゴンも、一応は希少種なので」

 「そうでしたか。確かに幼少期の聖霊龍と、ヴォルカニック・ドラゴンは皮膚の色が似ているので、間違いも起きやすい。しかし我々ドワーフからすると、聖霊龍は地の神であり、もう何十年も姿を見ていない幻の龍です。……こうして直に目に出来ること自体、奇蹟のようです」

 

 長老はそう言うと、しばしのあいだ目を細め、放し飼いにしてある聖霊龍を愛おし気に見上げる。


 「聖霊龍はごく気紛れな龍でしてね。どこのダンジョンに現れるかがまったく予測がつきません。おまけに、聖霊龍は同時代に常に一匹しかおらず、どこかの国が捕獲してしまえば、その寿命が尽きるまで、我々の手元にやってくることはない。敵国であったり、親交のない国に捕獲されてしまえば、我々としては聖霊龍と顔を合わす機会が絶たれてしまう。オーヴェルニュは親交こそありませんが、入国自体は禁じられていない。こうして聖霊龍を直におがめられて、我々としては感極まる想いです」


 聖霊龍と対面できたのがよほど嬉しいのか、長老の声には微かな震えが混じっていた。

 しかし、それほどに感情を昂らせているのが、別の理由もあるのだと分かったのは、このあとにこう思わぬことを言われたからだ。


 「実は、私はもう寿命が長くはありません」

 

 長老は厚ぼったい眼をくるりと向け、どことなく諦めを感じさせる声で、そう言う。


 「どういうことでしょうか」

 「ドワーフは自分の死期を悟っているものです。私はもう間もなく死ぬ。そのことは自分で良くわかっています。寿命ですから、助かるすべもありません」

 

 もし良かったら薬でも差し上げましょうか、と言いかけた俺を、長老は片手で制し、そう言い放つ。


 「死ぬこと自体は怖くはありません。ただ、幼い時に一度見ただけの聖霊龍を、死ぬ前にもう一度どうしても見てみたかったのです」


 長老はそう言うと、皺だらけの指で、目端を拭う。今やその眼からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れていた。


 死ぬ、ということ自体は、この世界にどうしようもなく存在する。

 第四階級の仲間であるゴーゴも死んでしまったし、冒険者が死ぬことも珍しいことではない。

 だが、いざその死が目の前にやってくると、堪えようのない無力感に、ただ茫然とさせられてしまう。

 “物乞い”だの“チート”だのと言っても、死の前では、俺たちは等しく無力なままなのだ。


 「良かったら、中に入って話しませんか。最近出来たばかりの客間もありますし」

 「おお、ありがたいことです。我々も手土産を持参していますので、ぜひ……」


 死期が近いというのに、当の長老は驚くほどの陽気さを見せ、皺だらけの顔にぱっと笑みを咲かせた。


 ◇◇


 配下のドワーフたちは広い休憩所で休んで貰い、長老と、その側近らしき男、それから俺とセシリアの四人で客間に入る。

 古めかしい衣服に身を包んだ長老は動きこそスローではあったが、衰弱している様子はなく、側近の助けを借りることもなく自力で椅子に腰かけていた。


 「これ、良かったら」と、最近熟成したばかりの赤ワインを、グラスに注いでふたりに差し出す。

 「ほほお……」

 ドワーフは酒好きとは聞いていたが、ふたりは覗き込むようにグラスを見つめると、

 「上等ですな。香りで美味いことがわかる。……失礼ですが、どこで造られているワインですかな?」

 「実は、俺が自分で造ったものです。自作のものなので恐縮ですが、味は悪くないかと思います」

 「これを、自作で……?」

 なにか驚愕の矢に打たれたのか、長老はかっと目を見開いて、まるで面白い新種の生き物でも見つけたかのように、グラスを掲げてそれを眺める。


 「我々も散々美味い酒を飲んできましたが、ここまで豊潤な香りのものはまず出会わない。もう十数年も前のことだったか、エルフの国で上質な酒をご馳走になったが、この香りは、それに匹敵するものだ。……では、頂いてよろしいか?」

 「ええ、どうぞ。ぜひ飲んでください」


 長老は一度小さく頷くと、グラスにそっと唇をつけ、くっくっという小さな音を立ててワインを喉に注いだ。

 よっぽど水に飢えていたのか、と思わされるような勢いで、そのまま長老は、グラスのなかのワインを飲み干してしまう。


 「美味い。本物の美味いワインだ。まるで、生き返るようですよ」

 

 冗談なのか、ドワーフは歴戦の戦士を思わせる不敵な笑みを浮かべ、熱い息を漏らした。

 その表情にはどこか憎めないユーモアがあり、実際、俺はすでにこのドワーフの長老を名乗る男を好きになり始めている。人心掌握に長けているというのか、裏のまったくない、それでいて、表側にもほとんど汚れらしきもののない気持ちの良い老人だった。


 「それで、長老様は私たちになにかお願いごとでもおありなのですか?」


 さっとそう切り出したのは、隣に座るセシリアだ。こういうときに情に飲まれずにすっと自己主張できるのは、セシリアらしいといつも感心してしまう。


 「ふぉふぉ」と、長老は短く笑い、続ける。「鋭いお方ですな。実は……、確かに我々はあるお願いを携えて今日はここにやってきております。セシリアさんとおっしゃったかな? どうやらあなたの前では、隠しごとは出来そうもない」

 「見たところ、それなりに切羽詰まった状況にあるのでは?」

 「……ふぉふぉ、それもお見通しでありますか。これは、参ってしまいますな」

 

 質問を重ねようとするセシリアを片手で制し、長老は無言のままワインのお代わりを要求し、それをぐっと、今度はグラスの半分ほどを飲む。そして、軽く首を振って、話を続けた。


 「おふたりは、我々ドワーフが今どれくらいいるか、おわかりですか」

 「ドワーフ族すべての人口ですか? ちょっと、わからないですね」

 

 長老は一度、自分の配下のいる休憩所の方を、ぐっと振り返る。

 再び俺の方を向いたときには、その顔から親しみ深い微笑みは無くなっていた。


 「今日ここにいる者ですべてです」

 「すべて? ドワーフ族は、もうこれだけしかいないのですか」

 「ええ。我々はもう、これだけしか存在しないのです」

 

 長老は隣にいる側近としばらく目を合わせ、驚く俺たちを尻目に、なにかアイコンタクトで語り合っていた。

 ふたりは静かに頷き、やがて、長老のほうが意を決したようにこう言った。


 「ここにいるのは、私の息子です。私が死んだあとにドワーフ族を率いる者です。突然やってきてこんなことを言われるのは驚きでしょうが、私は、ドワーフ族の未来をあなたに託すためにここへやってきたのです。突然のことでぶしつけとは思いますが、どうか、私の息子どもをあなたのもとで面倒見てはもらえないでしょうか」


 

 




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