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102,ダウンコート。

 ※涼目線に戻ります。


 エゼキエルたちと初めて遭遇して一月後、俺はセシリアとふたりきりで今後の打ち合わせを行っていた。


 「このあいだ売りに出した“深森の雫”も売れ行きは調子が良いし、相変わらず”セーター“も”マフラー“も良く売れているわ。その前に作った化粧品や、ジュースも売れてる」

 「この街の人々に気に入って貰えたみたいで、俺も嬉しいです」

 「この調子なら、東の集落に新たに宿泊施設を増設しても大丈夫なのではないかしら」

 「え、良いんですか」

 セシリアは書類の一枚を見つめながら、静かに頷く。


 俺たちの作った東の集落には、すでにかなりの人数の第四階級の人々が暮らしている。

 だが、この日セシリアが提案したのは、この国の“すべての第四階級の人”が暮らせる規模の、大規模な宿泊施設の増設だった。


 「結構なお金が掛かると思いますが、……払えそうなんですか」

 「問題ないでしょうね」

 「では、もう路上で眠る第四階級の人は、いなくなるのですね」

 「そうよ」

 セシリアは書類から顔を上げて言った。

 「良く頑張ったわね。……みんなあなたのおかげよ」 


 セシリアにそう言われると、涙が溢れそうになる。

 あの寒く過酷な路上生活を、もう誰もする必要がないのだ。俺たちはいつしか、完全に自分たちの収益だけで生活できるまでに成長を遂げていた。


 嬉しいのは、それだけではなかった。


 「実は、第四階級の人々と話し合ったのだけれど、新たに冒険者になりたいという人が、ざっと80人ほど出て来たわ」

 「え、そんなにも、ですか」


 アレンとルナが冒険者として成功し始めたことで、第四階級のほかの仲間たちからも冒険者になりたがる人が出始めているとは耳にしていた。

 だが、ここまで大きな人数だとは思っていなかった。

 アレンとルナをきっかけとして、みんなが勇気を出してくれたことが、俺にとっては、あまりにも嬉しい。


 「では、近いうちに、その80人にも、スキルをたくさん与えなくてはいけませんね」

 「第四階級の冒険者がさらに80人近く増えるのだから、ほかの冒険者は驚いてしまうでしょうね」

 「人数もそうでしょうけど、その80人の強さに、みんな驚くと思いますよ」

 「あら、そうなの?」

 「ええ。だって、彼らには俺が山ほどスキルを贈与しますから」

 「なんだか、冒険者の世界のバランスが、あなたのせいで壊れてしまいそうね」

 

 セシリアはそう言うと、書類を机に置いて上品に笑った。


 「ところで」

 と、セシリアが話題を転じたのは、一度キッチンに行って、ワインを持ってきたときのことだ。

 「あの龍、知り合いに調査して貰ったのだけれど、どうやら本当に聖霊龍みたいね」

 「やはりですか。ヴォルカニック・ドラゴンにしては、どこか上品過ぎるな、と俺たちも思っていたんです」

 「今は東の集落に放し飼いにしているけれど、それもあまり良くないのかもしれないわね」

 「なぜです?」

 「すでにちらほら観光客が見に来ているのよ。どこかで、あれが聖霊龍だという噂が広まったのでしょうね」

 「良く知らないのですが、聖霊龍って、そんなに珍しい魔獣なんですか?」

 

 するとエレノアは、ワインの入ったグラスを机に置き、俺のテイムした聖霊龍がいかに希少魔獣であるか説明してくれた。


 聖霊龍はもともと性格が大人しく、街で飼育していてもまず人間に危害を加えないという。

 そこで、この世界の古の時代から、時の権力者がこの龍を街のシンボルとして大切に保護して来た。

 どの時代の歴史書にも、聖霊龍は人々の親しみ深い魔獣として、太古の物語に登場しているのだ。

 時代が進むに連れてこの龍は信仰の対象へと変わり、国によっては、大々的に保護をして城に住まわせたりしてきた。

 “あの聖霊龍が住んでいる国”となると、それだけで、一気に観光地として人気が高まる。

 そういうわけで、どの国も躍起になって聖霊龍を手中に収めたがっているのだ。


 「それを気軽にテイムして来るなんて、相変わらず、あなたには常識が通じないわね」

 「聖霊龍だなんて知らなかったんですよ。ただ、なぜか龍がいるな、と思っただけで」

 「発見するだけならまだわかるのよ。凄いのは、テイムしてしまったことよ。聖霊龍が自分でどこかの街に住み着くというケースはあるのだけれど、テイムするなんて、歴史書に出てくる伝説の冒険者しかやったことのないレベルの話よ。驚きだわ」

 「てっきりヴォルカニック・ドラゴンだと思ったのですがね。こんな騒動になるとは、俺も思っていませんでした」

 「まったくあなたは……」

 呆れた様子でセシリアはため息をつくが、その表情はどこか嬉しそうでもある。



 「すいません」

 と、セシリアの家のドアを誰かがノックするのに気付いたのは、そのときのことだ。

 ふたりで玄関に出て行き扉を開くと、そこには、驚くことにツルゲーネが立っていた。


 「なんだ、涼も来ていたのか。ちょうど良かった。例の服の話なんだが……」


 ツルゲーネは扉を開けるなり、そう話を始める。一刻も早く自分の研究の成果を打ち明けたいといったような感じだ。


 ツルゲーネには“ダウンコート”のアイディアと、魔獣の素材だけを渡していた。

 それらをどう形にするかは、すべてツルゲーネに一任して自分はこの件から手を引いていた。


 「素材は上手く加工して、衣服の材料になりそうなところまで持ってきた」

 ツルゲーネはそう言うと、携えていた袋から、新しい衣服の素材を採り出した。

 

 それはまさしく、“ダウンコート”の素材になりそうな、“ポリエステル”に近いような生地だった。

 

 「上手く加工して風を通さないこの新素材を造ったんだが、……どうかな」

 ツルゲーネは興奮して、そう語る。

 「良いんじゃないかな。風を通さないだけで、寒さはかなりしのげると思う」

 「それで、中にヴィルキス・バードの羽を詰めようと思うんだ」


 ポリエステル生地のなかに鳥の羽を詰めるというのは、まさしく“ダウンコート”的な発想だった。

 俺はヒントだけをツルゲーネに告げて来たのだが、彼はほぼ自力で、この結論に辿り着いたようだ。

 やはりツルゲーネには、服作りに関する特別なひらめきがあるというか、才がある。


 「良さそうじゃない。そのまま話を進めましょうよ」

 

 横から見ていたセシリアが、そう口を挟む。


 「良さそうですかね。自分ではあまり自信が無くて、ふたりに見て貰いたかったんです」

 「行けると思うわ。私だったら、欲しいもの」

 「涼。お前も良いと思うか?」


 俺は静かに頷く。

 ダウンコートは俺からすれば、もともとごく身近にあったもので、このデザインに違和感も突拍子の無さも感じたりはしない。

 だが、この世界の住民からすればその衣服はまったく新しいもので、いささか奇抜にさえ感じられるのだろう。

 ツルゲーネの不安もそこから来るものだが、


 「必ず売れる」


 と、俺は断言をする。

 もとの世界であれだけ流通していたのだ。この世界でも、流行らないはずがない。


 「お前にそう言われると、自信がつくよ」

 ツルゲーネはそう言うと、照れ臭そうに鼻を擦った。


 “マフラー”を造って以来、ツルゲーネの名前はこの世界で少々知られるものになっていた。

 新進気鋭のデザイナーとして、ファッション業界で注目を集めつつあるのだ。

 特に若い貴族女性たちから、ツルゲーネは“新しくてオシャレなもの”を造るデザイナーとして、常にチェックの対象となっている。

 いつの間にかツルゲーネも、一角の著名人となりつつあるのだ。


 「ついこないだまで橋の下で暮らしていた浮浪者だったのにって、そう言いたそうな顔をしているな」


 俺の思考を見透かすかのように、ツルゲーネがそう言う。


 「……まさに、そう思っていた」

 「俺からも言ってやる。お前こそ、こないだまで橋の下の住人だったじゃないか」

 「まったくだ。認めるよ」

 「……いつの間にか、この国中の人が注目する有名人になっちまいやがって」

 「もうすぐお前もそうなる」


 ツルゲーネは熱いものが込み上げたのか、無言となって目を潤ませた。


 「悪い。もう少しデザインを詰めたいから、工場に戻る」


 そう言うと、ひと時でも時間が惜しいとでも言いたげに、セシリアの家の玄関を飛び出てゆく。


 「仕事が楽しくて仕方がないのでしょうね。デザイナーの仕事が向いているのだわ、きっと」

 「それもあるでしょうが」

 と、俺はこの世界に来たばかりの頃を思い出しつつ、そう答える。

 「働けること自体が、嬉しいんですよ。俺たちは、ただ橋の隅で誰かに金を恵んで貰うのを待つだけの人生でしたから」

 

 セシリアはそっと俺の手を握り、


 「良く頑張ったわ。本当に、あなたたちは良く頑張った」


 と、まるで俺たちのすべてを肯定するみたいに、そう優しく呟いた。






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