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101,ゴルキアの調査

 ※今回は前回登場したエゼキエルの従者、ゴルキア目線の話です。


 田村涼と遭遇した後、私はエゼキエル様に従って教会へと引き上げていた。

 長い通路を歩いているとき、エゼキエル様は突然振り返り、こうお尋ねになった。


 「お前、あの龍が聖霊龍か、もしくはヴォルカニック・ドラゴンか、どちらだと思う」


 それはすぐには答えられない問いだ。一見すればヴォルカニック・ドラゴンに見えたが、そうは言っても、私たちも龍自体をそれほど何度も見たことがない。この人生で、せいぜい二、三度見かけたことがあるくらいだ。

 

 「正直に言って、わかりません」


 喉がか細くなるのを感じながら、私はそう声を絞り出す。

 あれが聖霊龍か、ヴォルカニック・ドラゴンか、自分には見分けがつかない。群衆のなかから出て来たパルサーとかいう男は聖霊龍だと断言していたが、それ自体が、ブラフの可能性だってある。


 「……あれが聖霊龍であれば、教会にとってマズいことになる。それはわかるな?」

 エゼキエル様の表情は、かつてなく深刻なものだ。

 「……ええ、分かっています。本来であれば国家が保護すべき希少魔獣ですが、もし取り逃したとなれば、その損失は計り知れません……」

 

 「……いいか、秘密裏に、調査して来い。ついでに、あの田村涼とかいう男についてもだ」

 「はっ」


 私は深々と頭を下げると、どこか緊張感のある佇まいで廊下を去っていくエゼキエル様を、見送った。



 ◇◇


 それから二ヶ月、私はあの田村涼という男について、調査を進めた。

 まず初めに驚いたのは、あの男の成長速度だった。

 “第四階級から世界初の冒険者が出た”というニュースは、私自身も耳にしたことがある。

 その話を聞いたときは、思わず吹き出してしまった。第四階級の人間など、なにひとつ役に立たない人間のゴミだと信じ切っていたからだ。


 ところが、調べてみて驚いたのは、あの男は”史上最速でB級に昇格した“というのだ。それはあの” 翡翠の魔女エレノア “を大きく圧倒する速度であり、これまでこの世界でトップを独走し続けて来た” 最奥の探索者ヒュデル“をも大きく上回る早さだった。



 ……私はその事実を目にしたとき、背中にぞくりとした嫌なものを感じた。あの男はなにか、我々の想像を遥かに超えた超特殊な存在なのではないか……。



 ◇◇



 例のドラゴンについてだが、私は教会内で特に魔獣に詳しいものを尋ねた。

 ソラリスという男の名を知ったのは、誰か詳しい者はいないかと探り始めて二週間後のことだった。

 ソラリスは様々な図鑑を独自に収集しており、なかでも龍に関する蔵書は国会図書館に引けを取らないという。筋金入りの龍マニアだというのが、教会の幾人かから聞いた彼の評価だった。

 彼のもとを訪ね、私は単刀直入に、例の龍について質問してみた。


 「……顎に銀色の髭ですか。でしたら、聖霊龍の可能性が高いでしょうね」

 あっけなく、ソラリスはそう言う。

 「……だが、見た目としては、ヴォルカニック・ドラゴンにも酷似していたのだが」

 「その龍は、まだ子供だったのではないですか」

 

 ソラリスにそう言われ、私は、あの場でパルサーという男が“この龍はまだ子供だ”と言ったのを思い出す。


 「……子供だったとして、なんなのだ?」

 「聖霊龍は子供の時期、身体の鱗が赤茶けた色に染まっているんです。その色はヴォルカニック・ドラゴンと同じ色合いで、幼児期に限り、聖霊龍とヴォルカニック・ドラゴンは見た目が酷似するんです。……ですが」

 「ですが、なんだ?」

 「聖霊龍が成体になれば、赤茶けた鱗が剥がれ、中から銀色の鱗へと生え変わるはずです。聖霊龍の幼児期は短いですから、もう間もなく、答えは出ると思いますよ」

 「なるほど……」


 と、私は答える。

 だが、あの赤茶けた鱗が剥がれ、奥から銀色の鱗が出てくるなど、私にとっては悪夢でしかない。

 

 聖霊龍は数十年に一度、どこかの国にランダムで出現する。

 多くの国はこの龍の保護を目指しており、もし自国で保護できれば、国際関係上おおいに優位に立てる要因となる。聖霊龍自体が信仰対象であるのと、単純に言って古来からの人気も高いからだ。

 聖霊龍を保護しているというだけで、その国は多くの観光客が見込め、また、信仰対象である魔獣を保護しているということで、国の権威も高まる。

 

 しかし、そんな希少な龍を取り逃したとなると、教会だけの問題では済まなくなる。私はおろか、エゼキエル様の立場さえ怪しいかもしれない。


 

 ◇◇


 調査を始めて二ヶ月目、私は彼らの本拠地である街の東の集落へ足を運んでみた。

 そしてその場所へやってきてみて、私は愕然とすることになる。


 いったい、いつの間に、これほど大規模な集落が出来上がったのだろう。

 今や数百人規模の宿泊施設が建ち並び、その横では、さらに大型の宿泊施設らしきものが増設されようとしている。


 また、本来第四階級の人間は冒険になど出られるはずはないのだが、80人ほどの冒険者が、毎日ギルドに出掛けては、この施設へ立ち戻っていた。

 部下にやらせた調査によれば、この施設内にD級の冒険者が78人。C級がふたりもいるという。

 特にC級の冒険者――名前をアレンとルナというらしい――は、ほぼ田村涼と同じ速度でランクを駆け上がっているという。

 そして言うまでもなく、この80人がすべて、第四階級の人間であるらしいのだ。


 驚くのはそれだけではない。

 ツルゲーネという男が頻繁にこの集落に足を運んでいるのだが、そのたびに、田村涼となにか打ち合わせをし、その後必ず、新しい衣服が街に出回るということだ。

 これも部下に調査させたことだが、ツルゲーネは衣服を販売する工場を運営しているらしく、それも、この世界では見たことのない特殊なデザインのものばかりを取り扱っているという。

 ちょうど一月前、“ダウンコート”なるものが大ブームとなったが、なにやら、この衣服を生産したのもこのツルゲーネという男の工場であるらしいのだ。


 さらに不思議なのは、田村涼がこの集落に来るたびに、“スキルを与える”と称して、なにか儀式めいたことを行っているということだ。

 集落の真ん中の広場にあの男が立ち、そしてその男の前に、長い長蛇の列が出来上がる。

 田村涼はひとりひとりと丁寧に面談をし、そして、なにかを囁くと、相手に手を翳して念らしきものを送る。

 ……部下の調査を真に受けるなら、あの男は、“他人にスキルを与えられる”らしい。

 馬鹿な。

 そんな神掛かった技術など、あの男が持っているはずがない。

 いや、誰であろうと、そんな力があるはずがない。


 ……だが現に、この国にはいつの間にか路上で眠る第四階級の人間がいなくなっている。

 橋の下や、“生活の広場”や、路上で眠っていたはずの無職の第四階級たちは根こそぎいなくなり、今や、すべての第四階級の人間がなんらかの職に就いている。冒険者や、鍛冶士や、工場生産者や、配合士となって……。

 

 いったいなぜ、そんな奇蹟のようなことが起こったのか。

 そしてそれらすべての異常事態の中心に、あの男、田村涼が関与している。


 ◇◇


 この日、私は部下数名を連れて、再びこの集落に調査に来ていた。

 変装用に深々とフードを被り、教会関係者であることは周りからはバレないように工夫して来た。

 

 集落ではその日、新しいワインの試飲会を行っているようで、いつもに増して人手が溢れていた。

 田村涼が直接配るワインの入ったコップに、私たちも列に並んで手を付けた。


 「……ゴルキア様、このワイン、すごいですよ」

 先に一口飲んだ部下が、驚嘆の顔でそう零す。

 「なにがすごいんだ」

 「……美味すぎます。こんな美味いワイン、飲んだことありません」

 思わず無言になり、私はコップのなかのワインを見つめる。

 すでに豊潤な香りが、コップの水面から湧き上がっていた。

 嫌な予感が、オーケストラのように脳内で響き続けている。

 私は意を決して、その赤い飲み物を口に含んだ。


 そして、絶句する。

 美味いなんてものではない。思わず、涙が溢れそうになるほど、舌が喜びに満ちている。


 「美味い」

 唸るように、そう口にする。

 「……悔しいが、恐ろしく美味い」


 いったいなにが起こっているのだろう。

 この騒ぎの中心にいる田村涼という男は、いったい、どんな技術でこんな神掛かった奇跡を連発しているのか。

 いつの間にか街に増殖する有能な第四階級の人間たち。彼らは冒険者となり、デザイナーとなり、鍛冶士となり、そしてそれぞれの分野で、圧倒的な成功を収めつつある。

 まるで、最底辺にいた彼らが、復讐の為にこの国そのものを飲み込もうとするかのように……。


 私はふと、集落の周りを見渡し、定期的に軍の兵隊が見回りに来ていることに、気がつく。

 軍と言えば、あの気難しいヴァレンティンの管轄下だ。どうやら、いつの間にかヴァレンティンも、彼の指揮する軍も、この集落の配下となっているらしい。


 エゼキエル様は田村涼という男を「調査しろ」と命じた。

 だが、なんのための調査かはわからないが、……すでに時は遅すぎるのかもしれない。

 この男が教会と対立したら、我々は、あっという間に敗けてしまうのではないか?


 そんな空恐ろしい予感を抱いたとき、ふと、集落の中心で地べたに座っていた龍が、その頭部を天に掲げて、身を震わせ始めたことに気が付く。


 「ゴルキア様! 龍の様子が変です!」

 部下の一人が、そう叫ぶ。

 「……なんだ、なにが起きるんだ」

 私はソラリスが言った言葉を思い出す。聖霊龍は幼児期は赤茶けた鱗をしているが、成体になる際、鱗が剥がれ、その身体は銀色の鱗を纏う、と。


 その際、ソラリスはこうも言ったのだった。


 「成体化するとき、聖霊龍は頭を高く天に掲げて、しばらく身を震わせるんです。幼児期から一気に成体へと進化するので、見ものですよ」


 ……まるで悪夢だ。

 天へと高く頭を掲げた龍は、身を震わせ、やがて、赤茶けた鱗がぽろぽろと地面に落ち始めた。


 「……悪夢だ。これはすべて夢だ」


 私は思わず、そう呟く。こんな報告、エゼキエル様に出来るはずがない。


 「これは夢に違いない。私はベッドに寝ていて、これは寝ている私が見ている夢なのだ」

 

 しかし私たちの見ている目の前で、龍はすべての赤茶けた鱗を地面に払い落とし、……そしてやがて、銀色に輝く鱗を身に纏って、龍は高く遠吠えした。


 「……あれは聖霊龍だ」

 

 と、私は部下に呻く。


 「……だが、エゼキエル様に言えるはずがない。報告書にはヴォルカニック・ドラゴンだったと書いておけ……」





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