100,聖霊龍の扱い。
「……な、なんだこれは……」
と、教会長のエゼキエルが、やっと口を開いた。
「先のクエストでテイムしたドラゴンです」
「テイムだと……!? 第四階級の男が、ドラゴンを、テイム……??」
「ええ。エレノアさんとふたりで、弱らせてからテイムしました」
そのとき、エゼキエルの横に立つ従者が、再び口を開く。
「こんなもの証拠になるか! テイムだと!? どこかで買ったか、誰か違う冒険者がお前のアイテムボックスに詰め込んだに違いないわ!」
だが、そう言い切る前に、当のヴォルカニック・ドラゴンが、まるで従順な犬のように、俺の背中にその首を擦りつけて来た。いかにも愛おしいというように、甘えた仕草で。
「……くっ!」
と、従者が思わず、そう舌打ちをする。
「見ての通り、テイムしたのがわかっていただけたでしょうか」
さすがに言い返す言葉もないのか、従者は下唇を噛んで、なにも言わない。
「ちょっと待ってくれないか」
そのときふいに、群衆のなかからそんな声が飛び込んできた。
驚くことに、群衆をかき分けてそこに出て来たのは、ギルド長のパルサーだった。多分群衆に紛れて、ずっとこの状況を見ていたのだろう。
「涼くん、このドラゴンはどこでテイムしたのかな」
「B級ダンジョンですよ。ヴォルカニック・ドラゴンに遭遇するのは貴重だというので、テイムしたんです」
「……これ、ヴォルカニック・ドラゴンじゃないよ」
「ヴォルカニック・ドラゴンじゃない……?」
パルサーは腕組みをして唸ると、ゴロゴロと喉を鳴らすうちのドラゴンを、不思議そうに見上げる。
「これは恐らく……“聖霊龍”だ。僕も直に見たことはないから、確かなことは言えないけど……」
「聖霊龍? ……聞いたことはあるが、もし実在するなら、国の特別保護対象じゃないか……?」
エレノアが腕組みをして、そう唸る。
「というか、聖霊龍は教会の定める聖書のなかで、信仰の対象となっている特別な龍だよ。……この個体はまだ身体が小さいから、多分聖霊龍の子どもだろうけど……」
聖霊龍というワードが出たことで、とたんに、教会長と従者のあいだの空気が重たいものに変わる。
あとで知ったことだが、教会ではいくつかの神聖な魔獣を信仰の対象にしており、聖霊龍はそうした信仰対象のひとつだったのだ。なんでも、古の記録では、かつての勇者が聖霊龍を使役してこの世界を救ったとかいう、そういう伝記が残っているのだという。
「聖霊龍だと……? 馬鹿なことを言うな。それほど希少な龍が、こんなに簡単に手に入るはずがない」
従者がそう言うが、すぐさまパルサーがこう返答する。
「良く見てください。顎の下に銀色の髭が生えているでしょう。全身のシルエットとしてはヴォルカニック・ドラゴンに酷似しているのですが、聖霊龍はあの顎髭が特徴なんです。もっとも、ヴォルカニック・ドラゴンも聖霊龍も滅多に人の前に姿を見せない希少種ですから、間違えるのも無理はないのですが……」
パルサーのその解説で、従者も教会長も黙り込んでいる。この混沌とした状況をどうすべきか、思案している様子だ。
そんなふたりに、さらにパルサーが続ける。
「もしこれが聖霊龍であれば、本来は国の保護対象となる希少魔獣となります。幸い、涼君のおかげでテイムも済んでいますから、人に害を及ぼす危険もありません。本来であれば教会のどこかで飼育するか、城の一部を改造して住まわせるのが基本ですが……、ただ」
と、パルサーは一呼吸置いて、続ける。
「問題は、この神聖な魔獣が、涼君の手によってテイムされたということです。教会の定める”国家全書“では、”神聖なる聖霊龍をテイムした者は、即、勇者認定する“と記してあります。この龍を聖霊龍と認定すれば、自動的に涼君は勇者である、ということになるのですが……」
この世界では勇者という職業は存在せず、優れた冒険者に国が認定するという形で、幾人かの勇者が認められている。
そこには様々な認定基準があるのだが、そのひとつが、聖霊龍を使役する、というものになっている。
つまり、ここでこの龍を聖霊龍と認定すれば、そのまま教会は俺を勇者と認定せざるを得ないということだ。
しかも、たった今まで“詐欺師”と罵っていた相手であるのに。
突然のことに、従者も教会長も言葉を失い、ただ立ち尽くしている。
「で、どうしましょう……?」
と、質問をするパルサーも、若干気の毒そうな顔を浮かべている。
目の前で追い込まれていく教会長たちに、群衆たちもざわめき始めている。
「だ、第四階級の男を勇者認定など、出来るはずがないだろう……!」
従者のやっと絞り出した言葉は、そんなものだった。
「では、この龍は、“聖霊龍ではない”、ということになりますでしょうか……?」
パルサーが困惑した顔で、そう尋ねる。
「当たり前だ! 聖霊龍なはずがあるか! 」
「では、この龍は、いったいなんなのでしょう……?」
「これは……ヴォルカニック・ドラゴンだ!」
「……本当に、この龍はヴォルカニック・ドラゴンということでよろしいのですね?」
「くどいぞ! 聖霊龍なはずがあるか! 第四階級の男が聖霊龍を使役するなどあるはずがない! これはヴォルカニック・ドラゴンだ!」
「では……」
と、パルサーは顔を引き締め、こう問いただす。
「涼君は、この龍を国家へ明け渡す必要はないのですね? かなり重要事項なのできちんと確認しておきたのですが、聖霊龍は飼育しているだけで莫大な恩恵が得られると言われています。定期的に採取できる鱗、涙、またその息吹は、超希少素材として国家間で高額で取引されています。そしてまた聖霊龍は存在自体が結解効果を持っているので、いるだけで周囲の安全が保障され、この効果を欲しがる国も多い。聖霊龍が与えてくれる効果はそれだけではありません。周囲一帯の精神安定、健康の維持、魔術量の快復、……言い尽くせないほどの効能があります。さらには信仰の対象ともなっているので、他国からの観光も期待できます。……とにかく、ここでは言い尽くせないほど莫大な恩恵があるのですが、本来国で保護するこの龍を、涼君は、《《個人所有して良い》》のですね?」
言われてみれば確かに、聖霊龍をアイテムボックスから出してから、俺の身体に魔術量が込み上げて来ている気がする。
そしてまた、神聖な空気がきらきらと、辺りを輝かせている。パルサーの解説を聞いたあとでは、ヴォルカニック・ドラゴンだと思っていたこの龍が、とたんに神聖な存在に見えて来ていた。
パルサーに問い詰められ、従者は真っ青な顔になり、教会長エゼキエルを見据える。
しかしエゼキエルにしても、この難問への解答を持っていない様子で、口を開けて呆然と立っている。
竜を自分たちのものにすれば、この目の前の男を勇者認定しなくてはならなくなる。
一方で、この男を第四階級と蔑んだままにしておけば、龍のほうが手に入らなくなる。
この龍が本来教会の認定する信仰対象であるだけに、エゼキエルたちは悩みに悩んでいた。
なんとしてでも龍が欲しいが、しかし、第四階級の男を勇者にするなど、絶対にしたくもない。
その悩みはふたりの脳を高速回転させ、その回転が進めば進むほど、ふたりの顔色は蒼ざめてゆく。
今やふたりは、ブルージーンズほどに蒼ざめていた。
「……これは、聖霊龍ではない。ヴォルカニック・ドラゴンだ……」
絞り出すようにそう言葉を発したのは、教会長エゼキエルだった。
苦渋の決断の末に、そう結論付けた様子だった。
「では、涼君は、この龍を個人所有してよろしいのですね?」
もはや観念したとでも言いたげに、エゼキエルが、こくりと頷く。
そして憎々し気に俺を睨みつけ、
「……行くぞ」
と言って、従者を引き連れてこの場を後にした。
去り際、エゼキエルは、俺にしかわからない角度で、口パクで「覚えておけ」と言い残して言った。どうやら、しっかり目を付けられたようだ。
「……さて、事態は片付いたわけだが、これは本当に聖霊龍なのか?」
エゼキエルたちも去り、群衆からも離れたあとで、エレノアがパルサーにそう尋ねる。
「本当ですよ。嘘はつきません。僕自身も驚いていますよ。これほど希少な魔獣をどこで見つけたんですか? 聖霊龍は、本来、人が一生に一度見られるかどうかの、超希少魔獣ですから」
「そんなに希少な龍だったんですね。……俺には良くわからないな」
愛嬌のある犬のように俺にまとわりつく聖霊龍を見上げながら、俺はそう零す。この龍はどこか馬鹿っぽいというか、どうも、神聖さよりも愛嬌の方が強く感じられる。
「涼君は、この龍をどこで飼育するつもりなのかな」
と、パルサーが興味津々で、そう尋ねて来る。
「街の東に作った俺たちの集落があるのですが、そこに置いておこうと思っていました」
「番犬代わりにかい? ……君はどうも、人並外れているな。でも、案外良いかもしれない」
「なにか害があったりしますかね? 一応、テイムは掛かっているので、誰にも危害は加えないとは思いますが……」
「それどころか、恐らく、他国から観光がやってくると思うよ。教会長たちはああ言ったけど、これは明らかに聖霊龍だからね」
「観光、ですか。それは想像もしていなかったな」
「聖霊龍はそれほど珍しい魔獣なんだ。神聖な存在でもある。他国から使いが送られてきて、涼君と親交を交わすことになるだろうね」
「国を飛び越えてですか?」
「その通りだ。これほどの希少魔獣だから、本来は国が保護しなくては駄目なんだ。ところが、あの教会長たちは、自分たちのプライドの為に、その選択を取らなかった」
「その結果、俺が直接、他国と交渉することになる、ということですか」
「その通りだ」
と、パルサーが頷く。
「これは世界のバランスを大きく崩す出来事だよ。聖霊龍を個人所有した冒険者なんて聞いたこともない。オーヴェルニュという国の中に、まったく別の国がもうひとつ出来上がったようなものだ。それほど影響力のある龍なんだよ、この龍は……」
パルサーはもはや、若干呆れたという様子で、そう零す。
「お前、そんなにすごい龍だったのか? 痛めつけてしまって、悪かったな」
そう言って当の聖霊龍を見上げると、なにか俺と目が合っただけで嬉しいとでも言いたげに、ごろごろと喉を鳴らしている。まるで猫だ。
「しかし……」
と、パルサーがもうひとつついでに、と言った具合に、こう付け足す。
「アニー様の行動にはびっくりしたな。僕も式典を見ていたんだが、まさか、涼君を見かけただけで壇上から降りていくとは思わなかった」
「……あれは、俺も驚きました」
「たくさんの群衆が見ていたからね。もう噂になることは避けられないだろうな」
「……どのような噂でしょうか」
「決まっているよ。聖女様が、第四階級の男と熱愛をしている、という噂だ」
想像しただけで頭が痛くなるような噂だ。
教会との軋轢だけでも胃がきりきりと痛むのに、群衆に嫉妬の目まで向けられたら、ますます日々のストレスが増していく。
そんな俺の悩みを察したのか、パルサーが哀れむような声で、こう言った。
「絶世の美女に全身全霊で好かれるというのも、案外大変なんだね……。壇上から駆け下りて行くアニー様を見て羨ましいとも思ったんだが、……もしかしたら、辛いことの方が多いかもしれない。どうか、身体だけは壊さないようにね」
パルサーはそう言うと、ご愁傷様、とでも言いたげに、短く俺に敬礼を送った。




