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とあるなろう作家の気持ち  作者: 0
エッセイ的ななにか
13/95

両親不在あるある!

物語の始まりの例外を上げるとすれば、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』は良かったです!


 物語はまず現在の主人公の説明から始まることが多いのではないでしょうか。


 例外はもちろん多くありますが、ほとんど物語が物語開始時の主人公と、その置かれている状況の説明から始まります。


 そして言います。

「俺/私には両親がいない」(※意訳)


 海外のインターネットでも一時期、このことをいじられていた記憶があります。

「なんで日本のアニメや漫画の作品って主人公の親がいないの?」

 こういった感じで。


 読み専時代はテンプレと受け流していました。


 しかし、さて物語を作ろう、となった時に私も気がつきました。

 ――主人公の両親が既に死にがちな件に。


 結論から言うと、書き手は陰のある主人公を演出するために使います。

 陰のある主人公のレシピとしては、カップヌードルにお湯を注ぐくらい簡単なレシピです。


 両親がいない+主人公=陰のある主人公。


 あとは物語で主人公が親に干渉されたくないという理由もあります。


 特に学生などの未成年者の青春が舞台だと、親の介入は避けては通れません。

 夜の散歩一つ出かけるのにも親を納得させるだけの理由が必要です。


 加えて、両親は主人公の日常生活に深く食い込むもので、それはそのまま物語の登場人物の増加を意味します。


 登場人物が増えると当然文字数がかさみます。


 書き手とは物語と関係のないものには力を注ぎたくない生き物なのです。


 プロの方々が作る作品でも、親がいないことにも意味がある場合が多いです。

 例えば、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』。

 物語の後半で母親が生きていないことに意味がありましたよね。


 もしくは方向性は違いますが『ワンピース』。

 作者はとある対談インタビューの際に、"冒険"の対義語として、"母親"を上げており、冒険物語には母親は出さない、と公言しています。


 他にも復讐モノであれば、親がいないことが主人公の復讐の動機になり得ます。

 家族を殺されたら復讐に走るのも無理はないですよね。そのことから物語の導入に用いやすいです。


 いずれにせよ主人公の親がいないことは書き手にとって意味があります。


 書き手でもあり読み手でもある私は、一読者としては両親は物語にいてもなくてもいいけど、いずれにせよ理由は欲しい、といったところです。それが特に十代の青春を取り扱ったものであるならなおさら。


 世の中には大人にしかできないことがあるように、子どもにしかできないことがあります。


 ――家族の目を盗んで家を抜け出す。

 ――デートがうまくいくように家族に協力してもらう。

 ――恋人ができたソワソワ感を家族に隠す。


 こういう甘酸っぱいことは子どものうちにしかできないんです。


 そうやって私たちは一歩一歩大人になります。


 だからこそ、読み専時代から書き手になった今でも唐突な転生もの、かつ、主人公が転生した世界へすぐに順応する物語は好きにはなりません。


 親や兄弟姉妹、友人がいなくなっても、

 ――あ、そうですか、って。


 てめえらの血はなに色だーッ!!


これまでのガンダムらしからぬ終わり方のような気がしましたが、それがまた良かったです。

ガンダムには、はっぴー……えん、ど? で終わる印象がありました!

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