狐影悄然
【孤影悄然】一人ぼっちでさびしげなさま。一人だけで悲しむさま。
最期ニ残サレタハ妾ダケ
孤影悄然トハヨク言ッタモノダ
人間二苦シミヲ罰ヲ
赤キ瞳ノ狐ハ眠リニツイタ
昔からの言い伝えがあった
『女狐 人ヲ誑カシ世ヲ滅ボス』
女狐は人に化けることが出来る。
人の姿で人間を誘惑し堕落させ、その精気を吸って生きている。
そんなものをのさばらせていれば国は破滅してしまう。
それを危惧した国は女狐を見つけたら即死刑にすることに決めた。これは現代の法律にもある。
そのうち魔女狩りのように女狐ではないのに密告される者まで出てきた。
死ぬかもしれないと思った女狐達は己が姿を、記憶をまでも変え生き永らえてきた。
記憶や生きる術を忘れた女狐たちは弱っていき数を減らしていった。
その中で人間と血を分けた子孫たちは弱々しくも現代を生きていた。
自分たちが女狐の生き残りとは知らずに。
「ゴホッゴホッ。」
「大丈夫か?凛。最近さらに酷くなった気がしないか?」
「大丈夫よケホッお父さん。いつもの発作だから。」
「まるで母さんの最期みたいだ……。」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
2人で仏壇を見つめる。
お母さんは10年前、私が9歳の時に亡くなった。
実年齢よりも老けて見られるお父さんとは対照的に子どもを産んだとは思えないような綺麗な人だった。
でも段々と弱っていき最終的には面影もないくらい老けて亡くなってしまった。
お父さんは何度も病院に連れていこうとしたがお母さんはその度に泣いて嫌がった。
「お願い。それだけは……。」
悲痛な叫びをあげる母の姿を見ては病院には連れて行けなかった。
亡くなったあと私宛に遺書が残されているのを見つけた。
「愛しい我が娘。人を愛してはなりません。これだけは守るのよ。」
人を愛してはならないという言葉はなぜか私の胸に深々と刺さり忘れられなかった。
だが段々と自分が弱っていく中で「誰かに愛されなければ」という使命にも似た欲求が強くなった。
「お母さん……私どうしたら……。」
毎日いないお母さんに訴える。
「凛!大丈夫か?」
「あっごめんぼーっとしてた。大丈夫だよ。」
「ならいいが……。」
「明日は研究発表だから行かなくちゃ!ちょっと寝るね!」
「ああ……。おやすみ。」
次の日
「おはよう〜。」
「凛〜!大丈夫?!」
休みがちだからみんなに心配されてしまう。
友達に「大丈夫だよ」と返していると講堂の端にいた男子と目が合った。
私が密かに心惹かれている塚田くんだ。
その瞬間に全身の毛が総毛立った感覚がした。
お互いに目が離せない。
すると塚田くんがまっすぐこっちに歩いてきて肩をガシッと掴んだ。
なんだか目が虚ろだ。
「おい!どうしたんだよ塚田!」
「ちょっと!凛怖がってるでしょ!離しなさいよ!」
一瞬視界が真っ赤になった途端塚田くんはあわてて離れた。
「ご、ごめん!なんか体が勝手に……。」
「ううん大丈夫……。」
ほんとに大丈夫?あいつやばいね。など友達が言う中いつもの気だるさが少しだけ楽になった気がして驚いた。
研究発表の間も比較的元気に過ごした私は家に帰った。
「う……うん……?」
次の朝目を覚ますと私は見知らぬ部屋にいた。
隣には塚田くんがいた。
え?私昨日帰ったよね?!でもここってそういう場所じゃない?!
ねぇ昨日さ……と言おうとして体を揺すぶると彼の体は冷たくなっていた。
悲鳴を上げそうになるが口を押さえる。
これ……私がやったの……?
もう一度触れると彼の体は砂のように崩れてしまいまた悲鳴がこぼれそうになる。
け、警察に……。と思った瞬間頭の中に声がこだました。
「大丈夫ヨ。ソノママ消エテナクナルワ。」
え?周りを見渡しても何もいない。
そこで気づいたのだがここは彼の部屋のようだ。
大学の教科書や趣味の本などが置かれている。
「サア帰リマショ?」
体がその声に反応して動き出す。
「えちょっ、ちょっと!」
まるで私の体じゃないみたいに言うことを聞かない。
立ち上がって気づく。
とても体が軽い。まるで小学生の頃に戻ったみたいだ。
知らない街を勝手に体が歩いていく。
少しずつ疲労が溜まっていき家に帰る頃にはいつもほどではないがだるくなってしまった。
「ただいま。」
口が勝手に動く。
そういえばお父さんにはなんて言って出てきたんだろう。とても心配性だから怒られるんじゃない?!
「おお〜おかえり。カラオケ楽しかったか?久々に友達と遊んで疲れたんじゃないのか?」
と笑顔で父は聞いてくる。
「すごい楽しかったよ。やっぱりちょっと疲れたから寝るね。」
私の言葉を聞いて父はとても嬉しそうに頷いた。
嘘だ。私にはそんな記憶ない。
また体は勝手に動き自室へ帰る。
ぼふっ
「きゃっ!」
ベッドに来た瞬間ふっと体の力が抜けて私は倒れ込んでしまった。
「うぅ……。なんなの一体!」
立ち上がろうとしたが急に強い睡魔が襲ってきて私は意識を手放した。
「今回ハ少シバカリ目立チ過ギタノウ。」
それからもたまにおかしなことが起こった。
ふと気づくと全然違う場所にいたり、視界が真っ赤になったり、見ず知らずの人に肩を掴まれたり……。
「マダ足リンノウ。」
この言葉を聞くと意識を手放してしまう。
「ねえあなたは誰なの?」
何度も問いかけるが返ってこない答え。
段々と私の体じゃ無くなる感覚。
そして巷では大学生を中心に神隠しのニュースが出ていた。
そこにはもちろん塚田くんや私の肩を掴んできた人達がいた。
きっと私がやったんだ……。
罪悪感に潰されそうになり何度も警察に言おうとした。
けれど体は動かず頭の中では「無駄ジャ証拠モ無イ」と声がこだまする。
また人を殺めてしまうのではないかと私は外に出れずにいた。
でもいつの間にか外にいる。
体はとても軽くてバイトも出来そうなくらいだ。
お父さんは
「あぁ良かった良かった!安心した!」
と喜んでいる。
私が意識を飛ばす時間はどんどん増えていった。
私はイライラし講義中、ノートに「アンタは何なのよ」と書きなぐった。
すると突然体が硬直し手が勝手に文字を刻み出した。
「鈴好。モウ少シモウ少シ」
「きゃあ!」
講義中の講堂に私の悲鳴が響く。
「どうしました?」
「す、すみません……。」
私は文字を見つめて震えるしかなかった。
講義後
「凛最近大丈夫?」
友達である奈々が聞いてきた。
「ちょっとやばいかも……。」
「話聞くよ。」
私は全て話した。
塚田くんのこと。頭にこだまする声のこと。体を乗っ取られること。やけに体が軽いこと。さっきのこと。
「うーんなんだろうね。ただ鈴好って名前、中国っぽくない?」
「え?」
「もしかして凛ってさ狐だったりするんじゃない?」
「はぁ?んなわけ!そうだったらとっくに殺されてるよ。」
「冗談よ!ただ狐の一部って自分が狐だった記憶消したらしいよ?だからそれで覚えてないとかさ〜。」
「怖いこと言わないでよ!」
そんな話をして解散した。
狐……。
そのワードが引っかかり帰りに図書館へ行った。
「え〜とあったあった。」
そこに書いてあったことを読んで私は冷や汗を一筋かいた。
『女狐は人の精気を吸わねば死ぬ。精気を吸っている時は肌艶もよく若々しい。ただ精気不足で死ぬ時は面影も無くなるほど干からびた老婆のような姿になる。
先の伝説の通り女狐は精気を吸えば吸うほど強大な力を持つため国どころか世を滅ぼしかねない。死刑を免れようとした女狐は記憶を消して子孫を残し、その中でまた力を取り戻そうと機を待っているという。』
亡くなった母の姿を思い出す。
ま、まさかね……。
鼓動は早鐘を打つようにドクドクいっていた。
なのにその裏にもうひとつ心臓があるかのように落ち着いた気持ち悪い感覚がした。
次の日大学へ行くと周りの様子が変だった。
みんなひそひそ話をしていて私が近づくと避けたり逆にぶつかったりしてきた。
みんなニヤニヤしている。
わざとだ。悪意のある視線に怯えきっていると1人の女の子がツカツカと歩いてきて私がいる机をバンっと叩いた。
「ひっ。な、なに?」
「あんたさぁ。あたしの彼氏に手出しただろ!その後から行方不明になってんだよ!」
「ち、ちが」
「お前女狐なんだってな!人間の男は美味かったか?!ああ?!」
「私は女狐なんかじゃない!一体誰がそんなこと言ったの!」
「さぁ?でもみんな言ってるよお前が女狐だってさ!」
「そんな……。」
よく耳をすませてみると
「あんな清純そうな顔して……。」
「女狐警察に突き出したら報奨金とかもらえるのかなw」
「誰か警察呼びなよw」
と聞こえる。
「いやっいやぁぁぁ!」
私はたまらず教室を飛び出した。
視界の端で奈々がニヤニヤしてるように見えた。
走って家に帰ると何故かパトカーが沢山止まっていた。
「ど、どうして警察がここに……。」
父親を囲む警察官の1人と目が合う。
「いたぞ!」
逃げたいのに足が動かない。
なんで私がこんな目に……。
近所の人も私を見ている。
やめて、やめて……。
「力ガ必要カ?」
「え?」
「コノママ捕マレバオ前ハ死ヌゾ?」
「い、いやだ。」
「ナラ体ヲ貸セ」
もう起きてることで頭がいっぱいな私はただ頷くことしか出来なかった。
つぎに目を覚ましたこ時には全てが終わっていた。
「お父さん……。」
「凛!大丈夫か?なんなんだいきなり女狐がいるだの……。」
女狐という言葉に顔がひきつる。
「び、びっくりしたけど大丈夫だよ……。ちょっと部屋戻るね。」
「ああ……。」
全くなんなんだと父は頭をかきながら居間へ戻って行った。
「ちょっと出てきなさいよ!私の中で何してるの?!」
また無視か……。と不貞腐れていると
「五月蝿イノウ」
「え?」
「ナンジャ小娘」
「あ、あなたは何なの?」
「鈴好」
「それは知ってるわよ!」
何者なのと言おうとした瞬間
「狐ジャ」
その言葉とともに私の意識は途絶えた。
「ここは……?」
真っ暗闇の中に立っている。
すると前からシトシトという足音が聞こえてくる。
「だれかいるの?」
「妾シカ居ラヌ」
「鈴……好?」
「ソウジャ」
ついに姿が見えた。
私よりも背がずっと高い花魁姿の女だった。
「狐なの?」
「アァ」
「どうして私の中に?」
「元ハ妾ノ体。人間ノ血ガ入ッタ所為デ力を失ッタ。ダガソレモモウ少シデ。」
「あなたの目的はなんなの?私の体で何する気?」
「復讐。人間ヘノ。」
「なんでそんなこと……?」
復讐という言葉に怖くなった私は震えながら聞いた。
「妾タチヲ殺シタ。同胞ガ沢山死ンダ。今度ハオ前ラノ番ダ。」
目が真っ赤にらんらんと光っていた。
あまりの恐怖に気絶した私は現実で意識を取り戻した。
「はぁ。はぁ。」
私は汗をびっしょりかいていた
次の日からは散々だった。
大学ではみんなにひそひそされ昼も帰る時もそそくさと帰る孤影悄然なんて言葉が似合うぐらいだ。
もちろん警察を呼ばれることもあったがその度に鈴好が出てきてどうにかしていた。
そしてやはり人の精気を吸っているようだった。
彼女は段々と力を取り戻しつつあるようで体を乗っ取られる時間が前より増えていた。
でも大学にいる時は楽だったし私の力じゃ彼女はどうにも出来ない。そして心のどこかでは大丈夫だという甘い考えがあった。
そんな日々を送っていたある日いつもの通り家に帰ると鈴好が突如乗っ取ってきた。
「なんなの鈴好。今は何もすることないでしょ?」
「ソロソロ頃合イゾ。」
「え?」
「小娘体を貰ウゾ?」
「や、やめてよ!」
「ホウ……マダ屈シナイトハ。ダガ、オ前はコノ体ヲ使ウノカ?妾二普段使ワセテオルノニ。」
何も言えなかった。
「何モ言エヌノダロウ?ナラバ。」
「だ、ダメだよ!人間に復讐なんて!」
「何故人間ヲ庇ウ?」
「た、大切な人が私にもいるからよ!」
「父カ?」
乗り切れるかもしれない!そうよね結局鈴好達も大切な人のための復讐とかなんとか言ってたもんね!
「ナラバ……。」
私の考えは甘かった。
『オ前ノ父ヲ殺シテヤロウゾ』
その言葉と共に私の、いや鈴好の体は動き出す。
「お父さん逃げて!」
そう言いたいのに全く声が出ない。
「無駄無駄。」
楽しそうな声が頭に響く。
リビングで仕事をしていた父を見つけると
「オ父サン」
と言った。
「どうしたんだ凛?今日も体調が良さそうで良かったよ。」と優しくお父さんは微笑んだ。
「お願い逃げて逃げてよ!」
声が出ない。
左目からツーっと涙が流れた気がした。
「可哀想二。マァソコデ見テオレ。家族ガ殺サレル様ヲ。」
そこからはもう思い出したくない。
鈴好の手は真っ赤に染まっていて床にはお父さんだったものが転がっていた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げさせてもくれない。
私が半狂乱になっているのにも関わらず鈴好は鼻歌を歌いながら洗面所へ行き汚れた手を洗った。
その顔は満足そうに笑っていた。
「コレデ完全二戻ッタ。コレデ人間二罰ヲ与エラレル。サヨナラダ。小娘。父ト共二消エハテロ。」
暗闇から赤くぬられた爪がついた手が伸びてきて私の首をへし折った。
人間ハ脆イ
心モ体モ
これにて狐の復讐はお終い。
世界に残されたは女狐一匹。
そいつは今孤独に何を思うか。
合間に書いたものです。
ホラー……なんでしょうか?
良ければ合うジャンル教えてください。
Xの方もよろしくお願いいたします。