秋祭り
三題噺もどき―ひゃくにじゅうろく。
お題:犬・祭り・灯籠
ざわざわと蠢く人々の声の中に、ジャリジャリ、と小石の群れを踏む音が鳴る。
小石たちはもちろん、踏むことを前提として置かれているのだが…どうもあの音はつぶされている悲鳴のようで、聞くに堪えない時がある。
「……、」
かく言う私もその小石の上を踏んでいるから、今回はどうにかその悲鳴は聞こえないふりをする。
踏む度、足の裏にその音が響くが、今はそちらに集中すべきではない。
なぜなら、私は1人ではなく、話す相手がいるものだから。
「―――、」
他愛もない会話をしながら、並び歩いていく。
今日は近所の神社で「秋祭り」という、安直すぎるネーミングの祭りが催されていた。
そういう催し事が好きな友人に誘われて、断るに断れないまま今に至る。
「――、――?」
鳥居をくぐった先に、本殿にたどり着くまでの参道。
それを飾り立てるように、多くの屋台が立ち並んでいる。
その上には、色とりどりな灯籠が、風に吹かれ、揺れている。
この灯籠は、本殿へと昇る階段にも飾られており、とてもとても美しいものである。
所せましと飾られた灯籠は、普段この時間は真っ暗で見えないはずの道を、煌々と明るく照らしている。
「――。」
その参道を歩きながら、何ともない日常的な会話をしてはいるが、正直一つも頭に入ってこない。
ついさっきの会話の内容など、まるきり覚えていない。
―どうにも、別の事が気になって、仕方がないのだ。
「――――、」
というのも、過去、この神社で色々あったので、ここにだけは近づかないようにしていた。
その色々は、今や朧気になってきてはいるが、漠然とした不安と恐怖だけは、こびり付いているのだ。
その時にあった、色々のせいで、その時の友人に馬鹿にされ、両親にいらぬ心配をされ、近所の人間にこそこそと噂話をされたのが…あるのかもしれない。
「――!!」
ぼぉっと会話をしながら、歩いていたせいで、突然止まった友人にぶつかる。
何かを指さしているようだが…何かと思えば、祭りでは定番の面屋があった。
人気キャラクターの顔や、昔ながらのひょっとこ等のお面、その中に珍しく犬のお面がある。
「――。」
そういえば、ここは犬神信仰か何かだったか?こういうのは割と狐面とかが主流だと思っていたのだが…ちなみにその狐面は見当たらない。
あの面はこういう所でしかあまり見ないから、その場のノリとかで買うことがあるのだが…犬、犬か…。
「――?」
ん。お揃いで買うのか…。
ふむ…まぁ、丁度あつらえたように色違いであるようだし、こういう形に残る記念品というのもあまりないから…いいかもしれない。
店主に声をかけ、いくらかと尋ねれば、さほど高くもなかったので、買うことにした。
案外、こう、祭りの陽気に充てられて安いと感じるだけで、他と比べて高かったりするのだが。
今回ばかりは、見逃してほしい。
「――!」
ほかの面とは違い、珍しくゴムではなく紐で結ぶタイプのものだったそれを、とても嬉しそうにつけてくれとねだる友人に、仕方ないと、落ちないように結んでやる。
お返しに、と私にも付けてくれようとしたが、どうも不器用な友人が結ぶと落ちそうになってしまう。
「――…、」
鞄にでも結んでおくから、とうなだれる友人を宥めるが、どうしてもつけてほしいと…。
こういう頑固なところは少々苦手である。
それを見かねたのか、優しい店主が、つけてやろう。と面を受け取り私の頭に結んでくれた。
さすが、面屋の店主というか、丁寧につけてくれ、落ちる心配も全くないほどにピタリと張り付いた。
まるで私の為に作られているかのようにピタリと。
正面ではなく、頭の横に結んでもらった。
「――
いかがなものか―と後ろにいる友人に見せようと振り返る。
「――
しかし、居るはずの人が、いなかった。
お揃いの面をつけたはずの、友人は、いなかった。
「――?
それだけでなく、ざわざわと蠢いていた、人の影すら、なかった。
家族連れも、恋人たちも、私たちと同じように友人同士で来ていた人々も―だれも。
声も、足音も、小石の悲鳴も、聞こえなかった。
「―――
バッと、前に向きなおると、そこにいる面屋も、なかった。
にぎやかに立ち並ぶ、屋台の一つさえなくなっていた。
ただ静かに、灯籠だけが揺れていた。
「?
何が起こっているのかと、訳が分からなくなり、不安と恐怖に、襲われる。
過去の色々が、呼び起こされるようで、嫌な感じが、体を這う。
それが、何だったかなど、覚えていないのに―それでも追体験をしているような、気持ちに、気持ち悪さに―
「―、
不安と恐怖と焦燥感に襲われ、突き動かされたように足が動く。
どこか、遠くに、ここではないところに、行かなければ―その思いだけで、足早に歩きだす。
「―、―、―、、
なぜか、踏んでいるはずの小石の悲鳴が聞こえない。
足の裏にだけは、響いてくるのに。
息も絶え絶えに、走っていないのに、呼吸が、しづらい。
自分でも異様に思う程に、周囲の景色が流れていく。
灯籠の明かりが、一直線に見える。
「―、、――、
どれほど歩いたか、神社の鳥居が見えてきた。
真っ赤な鳥居は、そこにいるだけでその存在感を遺憾なく発揮している。
「―?
その下に、1人、幼い子供が、いた。
私のつけている犬面と同じものをつけている、子供。
手には水風船だろうか…丸いボールのようなものを抱えている。
「――
唐突の事で驚きはしたものの、誰でもいいから、助けてほしかった。
その子供に、声をかけようと、手を伸ばす。
しかし、それに気づいてか、その子供は、鳥居をくぐり、走っていく。
「!!
待ってくれ―と、子供を追うように、鳥居をくぐる
ジャリジャリジャリざわざわ――――
「!?
音が、響く。
小石の悲鳴が聞こえる。
鳥居をぬけた瞬間、景色が、戻った。
「――!!」
それに混じり、私の名前を呼ぶ声が、聞こえる。
つられて振り向くと、少し離れたところに、友人が走っている姿があった。
「――?」
茫然と立ち尽くす私のもとにたどり着いた友人は、急に走り出すから驚いた―と言われる。
申し訳ない―と謝りつつ、もう遅いから帰ろうと告げ、そのまま鳥居を戻ることなく、帰路についた。
「――
あの子は、あそこは…何も分からないまま、何も思いださないまま。
記憶の奥底に閉じ込めた。