瓦礫
「!」
クララは下敷きになった母親から目を離すことが出来ない。衝撃的な場面を目の前にしているのに、目を逸らしたいのに、何故か目を離すことが出来なかった。
「クララ嬢!」
シュティルがクララの腕を掴む。それでもクララは轟音が響き渡る中、立ち尽くしていた。
「クララ嬢っ!!!」
シュティルは舌打ちをして、クララの肩を抱きかかえ強引にクララを歩かせる。そこでやっとクララは視線を真っ赤な血からシュティルへ移した。
「走るぞ」
「…………」
ハシル? 私、何をしたらいいんだっけ。
頭がまともに働かない。
「おかーしゃん……?」
「!」
そんな中トイアーの無邪気な声が聞こえてきた。その声に一気にクララの頭ははっきりする。
どうして急にこんなことになったの……。
そんなクララの目の前にトイアーが映る。トイアーは血だまりの中にいる母親へテトテトと歩いていく。
「シュティル大佐! あの子が!」
「今は他に構っている暇はない」
「でも!」
「チッ」
シュティルはトイアーに素早く駆け寄ると、右腕で抱きかかえる。左手はクララの肩を強く抱えて早足で駆ける。
周りではズシンと音を立てて屋根のレンガが崩れてくる。その光景を見てクララはグッと拳を握りながら、自身の意志で足を前に進めた。
カンカンカンカン、と嫌な警報音が街全体に響き渡る。もはやクララは今いる場所が店の中なのか外なのかよく分からなかった。先程まで歩いていた街の様子が一瞬にして、瓦礫の山と土ぼこりだけになっている。
そしてその瓦礫に埋もれる人、人、人――。
「クララ嬢!」
シュティルに急に呼ばれ、クララはハッと顔をあげる。
シュティルは「急ぐぞ」と何故か空を見上げている。クララもシュティルに続いて空に目をやる。と、上空に三体の白いヴルムが浮かんでいた。
「っ!」
あのヴルム。私が最初にこのフルーク国に来た時、敵対していたヴルムだ。
白のヴルムはすでに壊滅している街に向かってミサイルを撃とうとしている。そこにフルーク国の銀のヴルムが白のヴルムに対して体当たりをかます。二機はバランスを崩して瓦礫の中に埋もれるように地面に墜落した。土ぼこりを伴って強風が巻き起こる。
「クララ嬢!」
「っ!」
思わず目の前の光景に釘付けになっていたクララはシュティルの声で正気を取り戻す。そんな中トイアーは状況を上手く飲みこめていないのか、シュティルに抱きかかえられたことが楽しくキャッキャッと笑っていた。
シュティルは今以上に強くクララの肩を抱き寄せた。瓦礫だらけの街を迷いなく駆ける。
これからどこへ行くの。どうしよう、どこに行ってもずっとこんな光景だったら……。
クララの頬に汗が伝う。
しばらくするとシュティルが急に足を止めた。シュティルは地面に目をやる。クララもシュティルと同じように下に目をやった。
「取っ手?」
何故かコンクリート地面に取っ手が生えている。
シュティルはトイアーをクララに任せてグッと両手で取っ手を掴む。と、四角く地面が浮き上がる。いや、地面に似せた地下通路の入り口だ。
デェィダァァァァン、と近くで爆発音が聞こえる。
「クララ嬢、早く入れ」
シュティルの有無を言わせない声色にクララは素直に頷いて、一気に地下へ飛び降りた。そこまで地下は深くないのか、クララはなんとか両足をつけて地面に立つ。次いでシュティルがトイアーを抱えて飛び降りてきた。
「休みたいところだろうが、先を急ぐぞ」
「はい」
シュティルは再びクララの肩を引き寄せる。
地下通路の中をひたすらに進んでいく。地下通路は人がギリギリすれ違うことの出来る狭さだ。中はCCFL(冷陰極蛍光灯)の照明が等間隔に配置されているからか、かなり明るい。
クララ達は前に進んでいく。と、やがて地下通路は岩で塞がれて行き止まりに当たってしまった。
「行き止まりっ!?」
「いや、大丈夫だ」
シュティルは苦い顔をしたクララにそう声をかけるとしゃがみ込んで、塞がれた岩の一つに触れた。その瞬間、ギギギと鈍い音を立てて岩が左右に分かれる。
「わぁっ! しゅごいねぇ」
トイアーは感嘆の声を上げる。
分かれた岩の奥から眩い光が溢れ出していてクララは思わず目を細める。徐々に光に目が慣れてくると、岩の奥からたくさんの人とヴルムの列が見えた。
シュティルは慣れた足取りで岩の割れ目へ入っていく。クララもシュティルに続いて割れ目へと足を進めた。
「「「大佐!」」」
前に進むとシュティルはすぐにたくさんの男性に囲まれた。シュティルはそんな男性たちを一瞥すると「分かっている」と発する。
「クンぺル曹長!」
「はっ!」
シュティルに名前を呼ばれ、金髪の髪をワックスで遊ばせ耳に大量のピアッシングをつけている男性が一歩前に出た。
「『ティーガー』の準備を」
「はっ!」
クンぺルと呼ばれた人物は慌ただしくヴルムが並ぶ列に駆けていく。
「クララ嬢」
シュティルはクララへと目を向ける。
「この子を頼む」
そう言うとシュティルは抱えているトイアーを下ろして、トイアーの手をクララの手に握らせた。
クララは急に不安になってくる。
私、これからどうなっていくんだろう……。
「あの、私は」
「ここにいてくれ。ここが一番安全だろうからな」
ここまで読んで下さってありがとうございます。ようやく物語が動き始めて、ホッとしています。
さてさて、今回はCCFL照明について。CCFLはCold Cathode Fluorescent Lampの略です。LEDランプが直線的な光に対し、CCFLは広範囲に光を拡散します。CCFLは液晶テレビやディスプレイのバックライトに使われていますね。あとは誘導灯なんかに使われています。
このCCFL照明を地下通路に等間隔に置いたら相当明るい気がする……。