残したもの 1
シュティルは地下五階にあるクララの自室へ運ぶと、ベッドにゆっくりと下ろす。
「すみません。迷惑をかけてしまって」
「いや」
シュティルは向かい側の椅子に腰かけると、おでこを人差し指でトントンと叩く。
何から話すべきか非常に悩んでいた。
今回の戦争の話をするとまた体が動かなくなるだろうし。かといって全く無関係の話をするのも違うだろう。
そんな風に悩んでいるシュティルを見て、クララから「あの」と会話を切り出す。その瞳には強い覚悟が灯っていた。
「私とクンペル曹長が離脱してからはどうなったんでしょう」
「それは……」
シュティルはしばらくおでこを指で叩いた後、「結局は相手側の隊が降参して終わったよ」と語った。
「今は敵の身柄や国について調べ中だ。これもクンペル曹長も含めお前たちが敵を攪乱し、撃ち落したからだな」
その「お前たち」の中に、ついさっきまでエーレント伍長がいたのに……。
クララの顔が曇っていく。それを見てシュティルはおもむろにクララの頭に手を乗せた。
「よくやったな。クララも。エーレント伍長も。そのおかげで国が焼けなかった。助かったよ」
そう言ってクララの頭を多少乱暴ではあるが撫でる。不意打ちに撫でられたせいで、思わずクララの瞳に涙が浮かんだ。
泣いては駄目、泣いては駄目。そう思えば思うほど次から次へと涙が溢れてくる。
「す、すみませ……」
「いい。こういう時は思いきり泣いた方がいいんだ」
そう言ってシュティルは先程よりも乱暴にクララの頭を撫でまわした。
クララはシュティルの手の温かさに触れて、自然と自分の内面を語りだしてしまう。
「エーレント伍長は……。凄い人だったんです」
「……ああ」
「短気な人物かと思いきや、意外にも冷静で。ヴルムの操縦も上手くて。指示も的確で。フックスだって、エーレント伍長のおかげで開発が進んで」
クララは言葉を詰まらせる。
これが一番言いたかったことだ――。
「エーレント伍長は…………。無駄死にでは、ない……ですよね」
「――――」
クララの脳裏にあったのは、この奇襲を仕掛けたかもしれない国のことだ。
西の山から敵が現れたということは。トリューベ国がこの敵襲に一枚嚙んでいるのは確かだ。ヴルムをこちらに送り込んでないとしても、アルム国に加勢した時点で……。
エーレント伍長は、フルーク国とトリューベ国が和平条約をきちんと守っていると信じていたから。なおさら――。
シュティルは「それはこれからにかかってくるな」と冷静に答える。
「クララのことだから、明るい希望の話ばかりするつもりはない。だから辛いことも言うが……。降参した敵の情報によっては、無駄死にになる可能性もある」
「…………」
「だが。本当に無駄死にになるかどうかは、クララ次第だ。エーレント伍長が残したものが後世に生きるかどうか。……言っている意味が分かるな」
クララはシュティルの問いかけに強く頷いた。
ヴルムの操縦技術に、指示の出し方。作戦、人との関わり方。エーレント伍長が私に残したものがたくさんある――。
ここで私が折れてしまったら、エーレント伍長が私に残したものが全て無くなってしまう。
そういうことだろう。
クララはグッと涙を拭った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
なんとか絶望の中から這い上がろうと必死です。私自身も今までの人生でなんども心が折れそうになっていますが、こういう時必要なのは、ただただ優しい言葉だけじゃないような気がします。逆に優しくされるともっと落ち込むタイプ……。




