フックス 2
「ドイシェアイマンダー、ドイシェアイマンダー。アラートハンガー天井の開放をお願いします」
ゴゴゴゴゴゴゴと天井がスライドする。最初に飛び出したのはフックスを操縦しているエーレントだ。クララは100mほど離れてその後をつける。
空に出るとヘッドフォン越しでも爆発音が聞こえてくる。
どうやら南の方は敵の数が少ないとはいえ激戦のようだ。
クララとエーレントはそんな南方面へ背を向けて、逆方面へ進んでいく。
今のところ北と西に敵の姿はなし。異常はない。……というより。
クララには一つ疑問に思っていることがあった。それは「敵はどうやって私達を挟み撃ちするのか」ということだ。
クララは西の山をしっかりと見据えながら考える。
北から来るにしても西に来るにしても国を超えないといけない。つまりはその国に隠れてこちらに来なければいけない。もしくは――――。
「嫌な予感がする……」
「なんだって?」
「いえ」
エーレントが北と西のちょうど境でフックスを止まらせる。クララは少しエーレントの先を行ってから西に機体を向けて止める。
「何でそっちなんだ」とエーレント。
「それは……」
もし攻めてくるとしたら。アルム国と手を組んでいる可能性がある。この前の話では西のトリューベ国と条約を結んでいるが。それは見せかけの条約でしかない。
そしてエーレント伍長はそのことについて知らない。フルーク国とトリューベ国は非常に上手くいっている、と思っている。
クララは苦い顔をしながら「まぁ、なんとなく、です」と曖昧に返した。
それから何分経っただろうか。クララとエーレントはその場にとどまり続けているが、今のところ何も起きる気配はない。ヘッドフォンから何の指示も無い。
クララはだんだんと焦ってきた。
今、どうなっているのか全く分からない。南の戦況はいいのか、悪いのか。作戦はまだ続いているのか。どうして何の指示もくれないのか。指示ももらえないほどの悪い状況なのか。まさか全滅なんてことは。
頭の中はネガティブなことで埋めつくされていく。
「あの。エーレント伍長」
ついにクララは我慢できなくなって口を開いた。
「一度、南の戦況を」
「駄目だ」
まだ言葉の途中なのに遮られた。
「しかし。このままでは……」
「もしかしたらそれが相手の狙いかもしれないだろ。俺たちが離れ離れになるのを狙って一気に襲撃、という作戦かもしれない」
「…………」
そう言われるとぐうの音も出ない。けれど。
ここでアードラーの長所を生かすとき!
クララは「確かにそうですが。アードラーならすぐに合流できます」と提案する。しかしエーレントはすぐには頷かず「いや。一度クンペル曹長と連絡をとってみよう」と冷静に返した。
エーレントがあまりにも冷静に返すので、クララは焦燥感とモヤモヤとした感情を抱えながらエーレントの指示を待つ。
この時クララは知らなかったが。エーレントの判断は軍人として当然の判断だった。特にフルーク国では緊急事態であればあるほど直属の上官に指示を聞くよう教育されていた。クララはレーゲン国から来て日が浅いのと、今まで王妃候補として振る舞ってきていたので無意識に上の立場の人に相談することを排除していた。
エーレントはクンペルに連絡をとって「曹長」と声を出した瞬間だった――。
西の山の向こう側から白いヴルムが五機。……いや先行部隊からさらに距離をとって後ろから五機。合計十機のヴルムが現れる。
「エーレント伍長!」
クララが叫ぶとエーレントはすぐに状況を把握して「西の山から敵十機。応援願います」と簡潔にクンペルと連絡をとった。すぐにクンペルから「了解。今行く」と返ってくる。
挟み撃ち……か。
クララは少し前にした会話を思い出す。
「観測ではいつもの襲撃よりヴルムの数が少ないという結果が出ている」
「それってもしかして……。何か罠がある、と」
「挟み撃ちされるのではないかと考えているそうだ」
シュティル大佐が「どうもこの夜襲が怪しい」と聞いていると言っていたけれど。おそらくその言葉を言ったのは……フルーク国の王。グランツ・フルーク。
さすが参謀の血筋だなぁ……と感心するも。すぐにクララは感心している場合じゃない! と敵を見据える。
敵は前方、右、左と三方向に綺麗に分かれ始めた。
「っ!」
ここでも挟み撃ちするつもりか。
今までの焦りやネガティブな思考が一気に弾けてクララは武器を構えて前へと出ようとする。だが「前に出るな!」とエーレントに一喝された。
「アードラーは一撃でもくらうと致命傷になる!」
「!」
その言葉を聞いてクララはハッと冷静になる。知らず知らずのうちに興奮していたらしい。
思わず大きく深呼吸する。運動もしていないのにゼェハァ、と掠れた音がした。
いけない。落ち着かなきゃ。落ち着いて、落ち着いて。
クララはレーゲン国の王妃候補だった頃を思い出して、なんとか冷静になろうとグッと自身の感情を抑える。
「平気か」
クララの様子があまりにおかしいのを感じ取ってエーレントは冷静に話しかける。クララもやっと落ち着いて「はい」と答えた。
「よし、それじゃあ」とエーレントが口を開いた。だが「いや、それは俺の仕事だ」と遮られた。
ヘッドフォンから聞こえた声はまぎれもなく曹長のクンペルだった。かと思いきや、敵のヴルムが急に不自然な動きを見せる。敵は急にクララ達に背を向け始める。
え?
クララ達も一度敵から遠くへ視線を向けた。と、そこには銀のヴルムがアルム国の白のヴルムを囲うように並んでいる。
もしかして。いや。間違いなく――。自国の……クンペル曹長の増援だ。
「よし。ここで一気に叩くぞ!」
いつも読んでくださってありがとうございます。
クララがいつにもなく興奮しているのは極限状態によって起こされています。
極限状態において、人体ではストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が増加し、闘争・逃走反応と呼ばれる一種の興奮状態に移行します。これは動物の本能で、出血した際に出血量を抑えるための反応です。
そんなわけでクララは無意識のうちに興奮していたというわけです。




