襲撃 1
砂埃。瓦礫。そして千切れた腕、足。首。
乾いた風がクララの髪を撫でる。
クララは悲惨な光景から目を背けるようにして、手に持っているびしょびしょに濡れたレンガに集中した。クララはレンガを黙々と積み上げる。
クララは今、戦争で破壊された家の復興活動に当たっていた。
レンガ造りの家はあらかじめ水に浸しておいたレンガを積み上げ、モルタルを塗って接着させる。最後に日をまたいで乾燥させれば完成する。
この間の破壊によってレンガの隅が丸くなっていたり、分断していたりするものもあるが粉々でない限りは家を作る際の細かい修正に再利用される。
つまりフルーク国は低予算で家を建てていることになる。
「クララ。大丈夫か」と突然クンペルから声をかけられる。あまりに汗を掻いたからか心配して声をかけてくれたらしい。
「クンペル曹長。お疲れ様です。体調は……なんとか」
「そうか」
クンペルはどこか遠くを見ている。その様子を見て「クンペル曹長こそ大丈夫ですか」とクララは声をかけた。
「ああ。ただやるせない気持ちになっているだけだ」
「…………」
「すまない。変な事を言ったな」
「いえ。その。私、持ち場に戻ります」
クララはグッと唇を噛んで黙々とレンガを積み上げる。
今は余計な事を考えたくはなかった。レーゲン国でも戦争で焼け野原になったことはあるけれど、小規模なものだったし。大規模に破壊されたのは私が産まれる前だったらしい。
こんなに大規模なものを見るのは始めてだ。
クララが一人悶々と考えていると、ふと周囲が騒がしくなる。クララは騒がしい声のする方へ目を向ける。と、シュティルとこの国の王グランツ・フルークがこちらに向かっていた。
「全員整列!!!」
クンペルの声がかかりクララを含めた全員が縦二列に並ぶ。
「全員苦労をかけるね。君たちの働きには感謝しているよ」
「はっ。ありがとうございます」
グランツの言葉にクンペルが返し、敬礼する。ワンテンポ遅れてクララ達も背筋を正し敬礼した。
グランツはクララと最初に出会った時と同様、人懐こい笑みを浮かべながら周りの兵と話している。その隣にはシュティルもいる。シュティルはそんなグランツに目を離すことなく、周囲を警戒している。
だいぶ遠い存在になっちゃったな。
クララはまだ新米で大佐であるシュティルとも、まして王であるグランツとも軽々しく話すことは出来ない。むしろ今まで軽々と話していたことが可笑しかったのだ。
そう思うと段々と目線が下がる。
「ん? クララ嬢じゃないか」
グランツの言葉にハッとクララは顔を上げる。周囲が一斉にクララを振り返る。クララは姿勢を正して改めて敬礼する。
「お久しぶりでございます」
「随分変わったな」
「おかげさまで」と言いたくなる気持ちをグッと堪えて曖昧に微笑むだけに留める。
「活躍は耳に入ってきている。これからもフルーク国をよろしく頼む」
「はっ」
クララが勢いよく返事をするとシュティルにクスッと笑われる。
「だいぶ軍人らしくなった」
「ありがとうございます」
「有事の際はアードラーを頼むぞ」
「はっ」
クララは強く頷く。
軍人になったとはいえ二人とも今までと変わらず接してきてくれたのが嬉しかった。頼ってくれたのが嬉しかった。
クララは少し頬を赤く染めながら二人を見つめる。
グランツが全員に声をかけたのを確認してシュティルは「フルーク王」と声をかける。
「そろそろ行きましょう、フルーク王」
「あーーー。また机仕事かぁ」
「仕方ありません。復興費の費用を調整しなくてはなりませんから」
グランツは肩を落として「仕方ないな」と呟き、軍人一人一人に目を合わせる。
「君たちの働きにはいつも助かっている。これからもフルーク国を頼む」
そう言った直後――。
カンカンカンと耳障りな鐘の音が響き渡る。一瞬にして全員に緊張が走った。
その中で先に動いたのは大佐であるシュティルだ。シュティルは真っ先に王であるグランツを強引に引っ張り、数メートル先まで走る。そして地下に繋がる取っ手を引き、地下通路の入り口を開けた。
「さあ、王。入って下さい」
「あ、ああ」
シュティルはグランツが完全に地下に入ったのを見届けてから「クンペル曹長!!!」と声を荒げる。
「俺は王を送ってから出撃する。それまで持ち堪えろ!!!」
「はっ!!!」
クンペルはすぐに近くにいたエーレントに目を向ける。
「エーレント伍長。お前はクララと先に出撃しろ」
「え!?」
急に名前を呼ばれて思わずクララは素で返してしまう。だがエーレントは当然のように返事をし、「行くぞ」とクララに声をかける。
エーレントは一気に地下通路に飛びおりる。クララも戸惑いながらもエーレントに続いて地下通路に飛び降りた。
「あの。私、出撃してもいいんでしょうか」
「そんなこと言っている場合じゃないだろう。今は緊急事態だ」
緊急事態という言葉に背筋が伸びる。
そうだ……。またトイアーちゃんの時のような……。建物の崩壊。瓦礫に飲まれる人。血溜まり。
クララはゴクリと唾を飲みこむ。
前と違って今の私はこのフルーク国の軍人だ。国を守るのが仕事。私一人の手に国がかかっている……。
クララの頬に汗が滴る。ただそれが今全力疾走しているからか、緊張からなのか分からない。
やがて岩に塞がれた場所に出る。だが行き止まりではない。エーレントが岩に触れると左右に岩が分かれ、アラートハンガーの内部が見える。クララはその内部に見覚えのある黄色の機体を見つけた。
「あれは……アードラー」
「多分クンペル曹長が先に行けと指示したのはこれのためだろう。連絡をつけてくれたんだ」
エーレントはクララの肩をトンと叩く。
「お前の機体だ」
クララは「でも」という言葉を飲みこんで頷いた。
「急いでパイロットスーツに着替えるぞ」
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今回はレンガ造りの家についてちょこっと解説です。
本文にもある通りレンガ造りの家はあらかじめ水に浸しておいたレンガを積み上げ、モルタルを塗って接着させます。モルタルというのはセメント(水や液剤などにより水和や重合し硬化する粉体)に水と砂を加えて作られたものです。最後に日をまたいで乾燥させれば完成です。
ちなみにコンクリートはモルタルにさらに砂利を加えたものだそうですよー。