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軍人の生活 2

 クララが食事を終えて口元を拭うと、クンペルは「さて」と席を立った。


「新米はまずは体力づくりからです。九時から鍛錬場ですから。そろそろ行きましょうか」


 そう言ってクンペルは岩壁にかかった額縁のない秒針のみの時計を見る。クララも時計に目をやる。時刻は八時より少し前。鍛錬場はここからかなり遠い場所にある。そのため周りの食堂にいた人達も席を立ち始めていた。


「はい」


 クララは返事をして素早く席を立つ。席を立って食器を返却人型ロボットに渡しながら「そういえば」とクンペルに話しかける。


「どうして敬語なんですか」

「え?」

「だって。立場上はクンペルさん、いえ、曹長の方が上じゃないですか」

「そういえばそうですね」


 クンペルは顎に手をかけて少し考えると「やめたほうが良さそうですね」と一人頷く。


「では改めて。クララ。これからよろしく頼む」

「はっ」


 あえて堅苦しく返事をする。と、ぷっとクンペルが吹き出した。クンペルはすぐにハッとして真顔に戻り鍛錬場にスタスタと足早に歩いて行ってしまう。その後をクララは大股でくらいついていくのであった。




 フルーク国は東から南にかけて海が広がっている。北には貿易を結んでいるシュトラール国、西には三つの連続する山とその山を越えた先には関係性が硬直しているトリューベ国がある。その東西南北、それぞれの境界にアラートハンガーがあり、国の中央に軍の寮はある。鍛錬場は西のアラートハンガーより少し前、両側に近いところにあった。


 クララは息を切らしながら地下の鍛錬場に着く。

 鍛錬場は野球場くらいの大きさで地下だというのにあえて地面に土を敷いている。向かって左の隅はガラス戸で仕切られていて土でなく板の床が敷いてあり、スポーツ器具が所狭しと並んでいる。

 クンペルの後に次いでクララが鍛錬場に足を踏み入れると中の空気が一気に変わった。周りの視線が一気にクララに釘付けになる。

 クンペルがパンと鋭く手を叩く。と一斉に兵がクンペルの前に整列した。


「噂には聞いていると思うけど、新しくこの班に入ることになった。クララ・フリューリングだ。皆、よろしく頼む」

「よろしくお願いします!」


 思い切り頭を下げた。声もクララにしてはかなり張り上げた。のだが、顔を上げても周りの険しい視線はなくならなかった。


「それじゃ、いつも通り準備体操から」

「「「はっ」」」


 クンペルの言葉に一気に慌ただしくなる。クララも周りに合わせて無駄に屈伸やら伸脚をしてみる。

 そのうちに「それじゃ鍛錬場ニ十周」と声が聞こえ、全員が時計回りに大きな鍛錬場を走り始めた。


「っ」


 クララも置いていかれないよう、必死に周囲に合わせる。


 今はレーゲン国にいるわけじゃない。誰も私に合わせてくれない。私にどうしたらいいか言ってくれる人もいない。私が周囲に合わせて、自分自身で動かないと――。


 そう思って必死に足を動かすが次々と後ろから抜かされてしまう。その度に「邪魔だな」やら「何でこんな女が」といった悪口を言われる。

 三周ほど走って息が切れてきた頃、ふと気が付くと周りを嫌な笑いをした男たちに囲まれていた。


「……」


 嫌な予感……。


 クララはレーゲン国で王妃候補だった時を思い出す。


 今は男の人達だけど。あの頃はこうやってよく女の人達に囲まれて水をかけられたり。つねられたりもしたっけ。


 クララは思わずクンペルの方へ視線を向ける。だがクンペルは力なく首を振るだけだ。何故ならまだクララは実害を受けていない。

 クララは走りながら、軽くため息を吐く。


 どこの国でも嫌な奴はいるな……。


 クララがもう一度ため息を吐くと、少し先に体格のいい茶髪の男がこちらを向いて仁王立ちをして止まった。顔に皺が刻まれていて、どこかシュティルを連想させる。

 クララは走る速度を徐々に緩めて、男の手前で止まる。


「何をしているっ! エーレント伍長!」


 さすがにクンペルもマズいと思ったのか二人の間に割って入ってきた。


「エーレント伍長! どういうつもりだ」

「――納得いきません」

「納得?」


 エーレントはキッとクララに視線を向ける。


「何故女性が軍にいるのですか」

「シャル・アインだっている」

「彼女は軍人と呼べるか微妙な立場でしょう」


 彼女? シャル・アイン?


 クララは心の中で首を傾げる。それもそのはず。クララは密かにシャル・アインと会っていることを知らない。

 そのうちエーレントはビシッとクララに指を突き立てた。


「納得がいかない。まだ新人の身分でヴルムに乗るなんて。しかも女で他国の人間だ」

「……」


 まぁ。それもそうだよなぁとクララは心の中で一人頷く。


 レーゲン国では王妃教育をしていたから。自分が王妃になるのが当然と思っていた。だからこそエーレント伍長の言い分もよく分かる。私も王妃教育も受けていないリーベ嬢が王妃になるのに苛立っていたから。――今の私は意図していなくてもリーベ嬢と同じことをしているように見えるのだろう。


「あのー」


 クララは恐る恐る手を上げる。今まで口を出さなかったからか、全員の視線が突き刺さる。ゴクリと唾を飲みこんでから一気に頭を下げる。


「申し訳ありませんでした。いきなり女性で他国の人が来て大層驚かれていると思います」


 ポカンと周囲が口を開けているのが顔を上げなくても伝わってくる。

 クララはゆっくりとした動作で顔を上げる。


「ですが私はこの国のために生きようと思っています」


 クララはグッと拳をつくる。


 レーゲン国では無理だった。国のためには生きられなかった。だからフルーク国では。


 そう思っていると「だったら」とエーレントはビシッと指した手を下げた。


「今すぐ証明しろよ」

「「証明?」」


 思わずクララとクンペルの声が重なる。


「俺はこう見えてこの中でヴルムの操縦技術が一番上手い」


 そりゃあ……伍長という階級からなんとなく察しはついていたけれど。


「だから俺と勝負しろ。お前がアードラーのパイロットなら俺に勝てるはずだ」


 クンペルはふむと頷く。


「なら勝負の舞台を整える」

「え」


 クンペルは意外にも乗り気だ。クララは内心焦りながら「勝負ってどうするんですか」と聞く。


「エーレント伍長。ヴルムのカラーボール演習でいいか」

「はっ」

「それでクララが勝ったらとやかく言わない。それでいいな」

「はっ」


 クンペルの言葉にエーレントは勢いよく返事を返す。


 ……というか。また勝手に話が進んでいるような。やっぱりこの国の人達って人の話聞かないんだよなぁ。


 さすがにクララもフルーク国の国民性に慣れたのか、変な状況になっているというのに少し顔が綻んでしまった。


いつも読んでいただいてありがとうございます!


今回はフルーク国の寮について解説です。

寮は国の中央にあります。というのもフルーク国は東西南北にアラートハンガー(戦闘機の待機場)があるので、何かあったときにどこの場所にでもいけるようになっています。


次話あたり階級についても話したいなぁー。

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