軍人の生活 1
他国で生まれたクララが軍に入ったという噂はたちまちに国全体に広がった。国民はクララに疑念の目を向けた。ましてや軍内部はさらに荒れていた。
そんな中クララは基地内にある食堂で壁に取り付けられているパネルでメニューを見ていた。
食堂にはぴっしりと机と椅子が列になって並んでいる。その周りを取り囲むように本日のおすすめメニューがバイキング形式で並んでいる。食堂には男ばかり集まっているせいか汗の臭いが充満している。
クララの視線にふと「カレー」の文字が入り、思わず顔をしかめる。
トイアーちゃんは無事だろうか……。
シュティル大佐はトイアーちゃんをエータンローズという戦争で親を亡くした子供が入る施設に入れたと言っていた。
寂しくないだろうか。いや、寂しいよね……。私でさえ。…………。今、ちょっと寂しい――。もう両親とは会えないだろうから。
そういう心持ちの時に限って周囲から嫌な言葉が耳に入って来る。
「見ろよあれが」
「ああ。よく軍に入ろうと思ったよな」
「ただでさえ女のパイロットなんて始めてなのに。他国のやつが入って来るなんて」
「シュティル大佐に色仕掛けでもしたんじゃねーの」
「っ」
ワナワナと震える手を握りしめ、ただ堪える。
今ここで言い争っても余計に立場が悪くなるだけ。耐えろ、耐えるのよ。ただでさえレーゲン国を去ったのに、この国を追い出されたら行くところがない。いや、思い切ってこの国も出て行って……。いやいや。もう少しここで頑張らないと。今の時代、他国の人間を受け入れてくれるところなんて少ないんだから。
クララはパンパンと頬を叩いて気合を入れる。と、「色仕掛けねぇ」と後ろから肩に手を置かれる。手を置いたのはシュティルだ。
「なかなか上手いことを言う。たしかに俺はクララに惚れ込んでいるからな」
「誤解を招くようなことを言わないで下さい。シュティル大佐が惚れ込んでいるのは私の操縦技術でしょ」
そう返すとシュティルは「ご飯お供してもいいか」と微かに笑う。
「……別に構いませんよ」
本当はこれ以上周囲からとやかく言われたくないし。断りたいところだけれど。ここで断ったらさらに面倒なことになる……。
クララは肩を落として深くため息を吐いた。シュティルはそんなクララを気にせず前を歩いて行ってしまう。クララはその後ろをまたため息を吐いて歩いていく。
「「「大佐、お疲れ様です」」」
「ああ、お疲れ」
シュティルがぐんぐんと食堂に入っていくと周りから労いの声をかけられる。一方のクララは誰からも声をかけられることはない。と思っていたが。
「お疲れ様です。大佐にクララさん」
金髪と大量のピアッシングが目に入る。声をかけてきたのは曹長のクンペルだ。クララはホッと笑みを浮かべる。
「お疲れ様です。クンペル曹長。あの。いろいろとありがとうございました」
そう言ってクララは深く頭を下げた。
クンペル曹長にはいろいろと迷惑をかけてしまった。トイアーちゃんを勝手に追いかけたり、アードラーを出してもらったり。サポートもしてもらった。
大量のピアッシングをつけているから適当な人物なのかと思ったけれど。人は見た目によらない、とはまさにこのこと。
「いえいえ。まぁ、大佐にはトイアーさんを救護室に運んだ後に叱られましたが」
「当たり前だろう。俺は「この子を頼む」と命じた。それを失敗したんだからな」
シュティルは額に皺を寄せて人差し指でトントンと叩く。クンペルはシュティルの言葉を「すみません」と軽く受け流し、「良かったら一緒にどうですか」と左の席に目を向ける。ちょうど二席連続で空いている。
「それじゃあお邪魔しようか。とりあえず飯とってくる。クララも一緒に行くか」
「あ、はい」
クララとシュティルは食堂の一番端にあるお盆を取りに行く。シュティルがクララの分のお盆を渡すのと同時に、クララの腰を抱き寄せた。
「なっ! 何ですか!? こういうことをするから色仕掛けとかなんとか言われ」
「あまり俺から離れるなよ」
「は?」
シュティルはクララを抱き寄せたまま耳に唇を寄せる。
「クララを蹴落としたい奴はたくさんいるからな」
「っ! 蹴落とすって……」
「ただでさえスパイじゃないかと疑われているんだ。嫌がらせだけならまだいいが、一番厄介なのはクララのポジションに成り代わろうとしてくるやつだ」
「ポジション???」
クララは思わず首を傾げる。
ポジションってそんなのに普通に考えてただの新米じゃないの?
そんなクララからようやくシュティルは手を離し、「詳しい話は後にしよう」と好きなメニューを取りにスタスタと歩いて行ってしまう。
「え」
「離れるなって言ったそばから置いていくの!?」と、思わず心の中で突っ込む。クララは小走りでシュティルを追う。
結果的にシュティルと同じところを回ったため、お盆の上にのっている料理がシュティルと全て同じになってしまった。
シュティルが意気揚々と席に戻る中、クララは露骨に肩を落として席に戻る。クンペルの隣にクララ、次いでシュティルが座る。
クララはふわふわの塩パンに手を伸ばしながら「それでさっきのポジションの話なんですが」と自分から話題を切り出した。
「クララの階級はただの一兵士だ。部屋も一番下のものが使うものを用意してある」
基地内にある寮は一階には広間と食堂。共有スペースが広がっている。地下二階には階級が上の者、そこから下の階に行くほどに階級が下がっていく。クララの部屋は地下五階。扱いは一番下の階級だ。
シュティルは塩パンを口に放り込みながら「普通の兵士は」と言葉を続ける。
「普通の兵士は基礎練習からになる。ヴルムに乗るならば基礎操縦からだ。だがクララはアードラーに乗るからな。基礎体力作りはともかく、ヴルムの操縦はパスになっている」
「!」
「パイロットになりたい人はたくさんいますから。クララさんがいなくなれば自分が成り上がれる、とでも思っているのでしょう」
クンペルがシュティルの言葉に付け足す。
「そんなわけないのに。クララさんもいい迷惑ですよ」
「…………」
王妃候補の時と似ている。王妃候補の時も私を殺せば自分の娘が王妃候補になれるはずだ、と命を狙われた。
――自分の運命からは逃れられないってことか。
クララはフーと息を吐いて「臨むところよ」と呟く。
レーゲン国と状況は対して変わらない。むしろその方が私にとってはやりやすいというもの。
「まあ、安心してくれ。しばらくはクンペル曹長に身辺警護を任せる」
そう言いながらシュティルは塩パンを一気に口に詰め込み、玉ねぎスープと共に飲み干す。そしておもむろに席を立った。
「それじゃ。俺はこのへんで」
「へ? もう行くんですか」
「ああ。大佐という身分はいろいろと忙しくてな」
そう言ってせかせかとシュティルは食堂から出て行ってしまった。
「一体何だったの」
するとクンペルは「大佐なりにクララさんのことを心配して下さっていたんだと思いますよ」とクララに向き合う。
「心配、ですか?」
「ええ。大佐は基本食堂には顔を出さないんですよ」
「え?」
食堂に顔を出さない? あんなに食堂を我が物顔でスタスタ歩いていたのに?
本当か、とクララは思わず眉をひそめる。
「大佐は戦場に立つこともありますが、それ以外は王の警護や自室に籠って書類仕事をされていますから。いつもちょっとした軽いパン二、三個持っていかれるだけです。だから余程クララさんのことが心配だったんだと思います」
「でも。そんなに私、心配してもらうことなんて……」
「先程のポジションの話もそうですが。それ以前に何かと言われていましたからね。それもあるんでしょう」
もしかして大佐って実は言葉足らずな人なんじゃ……。
クララはほんの少しだけ口元に笑みを浮かべて玉ねぎスープを口元に運んだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。レビュー、感想お待ちしております。
今回は軍の階級と部屋についての解説です。
何度か書いていますが、軍は地下にあります。なので軍内部は地下一階からどんどん下がっていく構成になっています。
本文でも書きましたが階級が上の人は地上に近い部屋、下の人になるほど地下に下がっていきます。普通なら階級が上の人のほうが重要な存在なので、爆発や攻め込まれた時に身を守れるように地下のほうがいいかなーとも思ったのですが。フルーク国はわりとちゃんとした国なので。
有事の時に階級が上の人が先に地上に上がり準備することで、下の階級の人達を統制して導きやすくしやすいようになっています。後はやっぱり新米は階段の上り・下りすることで体力つくりしろってことだと。