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軍人への一歩

シュティル目線です

 シュティルはクララを抱えてヴルムから降りた。


 まさか寝ているとは思わなかったな。


 シュティルは盛大にため息を吐く。


 あのあと白のヴルムを一掃してからクララ嬢の乗っている黄色のヴルムをサーチしたら既にアラートハンガーに戻っていた。なのにクララ嬢はアードラーの機体からなかなか降りてこず、強引にヴルムの中に突入したらスヤスヤとトイアーを抱えて眠っていた。

「私はまだ軍人じゃないっ!!!」と啖呵を切ってヴルムを一体撃墜する力強い女性かと思えば、緊張の糸が途切れて眠ってしまっているようだし。

 出会ってまだ数日だから当たり前だが、クララ嬢のことはよく分からない。


「シュティル大佐!」


 クンペルがシュティルの元へ駆け寄る。


「クンペル曹長。ヴルムの中にまだ小さい女の子がいる。その子を基地の救護室へ運んでくれ」

「はっ」

「それからその子をエータンローズに入れるよう申請を」

「はっ」


 エータンローズとは戦争で親を亡くした子供が入る施設だ。そこで養子先が見つかるまで過ごすことができる。


 トイアーの父親を探すという手もあるが。あの街の様子じゃ絶望的だな。それよりも……。


 シュティルはスヤスヤと眠るクララに目を向ける。


 クララ嬢の身柄の方が大変だ。本人は軍人になりたくはないようだが、敵を一機撃墜してしまっている。このまま軍人にならずこの国にいることはスパイを疑われ、生きにくいだろう。生きにくいだけならまだしも、最悪処刑ということも考えられる。

 グランツ王は冷酷というわけではないが、国の為ならどんなことでもする人だ。レーゲン国を相手にする余裕はないが、クララが危険だと判断すればレーゲン国と戦争を起こすだろう。

 やはり。当初の計画通りに軍人にしてしまおう――。


 シュティルは基地へと直結する通路を歩く。やがて頑丈に閉じられた鉄の扉が見えた。鉄の扉には認証システムがついている。シュティルは扉に目を近付けると真ん中を中心として左右に扉が分かれていった。

 基地に入っていくとまず広間が広がっている。普段はちょっとした休憩や宴会の場所として使われているが、今は非常事態だ。広間にはこの戦争で傷ついた軍人が横並びに並んでいた。


「あら。シュティル大佐。こんな時に女性と逢瀬ですか」


 軍人たちを介抱している赤髪の髪を一つに束ねたスレンダーな女性に声をかけられる。速くて誰も乗りこなせないアードラーの製作に携わったシャル・アインだ。

 シュティルは「そんなわけないだろう」と大げさにため息を吐く。


「彼女はクララ・フリューリング。シャル嬢の開発した「V(ファオ)-A(アー)3(ドライ) アードラー」のパイロットだ」

「パイロット!? この女性が!?」


 シャルは目を見開く。


 それもそのはずだ。パイロットは男性しかいない。クララ嬢が軍に正式に入れば初の女性パイロットになる。しかも他国の人間で最速の機体アードラーに乗るパイロットだ。だが……。


「シャル嬢が驚くことでもないだろう。シャル嬢は女性ではじめてヴルムの開発をしたのだから」

「それはそうだけれど。開発とパイロットじゃ全然違うわよ」


 そう言ってシャルは背を向けて再び怪我人の手当てをし始めた。長々と話している余裕はなさそうだ。

 シュティルも大勢の怪我人が横たわっている広間をクララを抱えながら足早に歩く。やがてさらに地下へと続く階段が見えた。シュティルはクララを落とさないよう慎重に階段を降りていく。一番下の地下五階まで降りるといくつもの部屋が横並びになっている廊下を突っ切り、壁際の開いている部屋に入った。

 部屋はかなり簡素だ。一面薄ベージュ色の壁に覆われ、隅にベッドしか置かれていない。新人が真っ先に案内される部屋が地下五階の部屋だ。そこから階級が上がるにつれて上の部屋になっていく。

 シュティルはクララをベッドに寝かせ一息ついた。クララは穏やかな表情ですやすやと寝息を立てている。


 世話の焼ける……。


 シュティルはおでこを人差し指で軽く叩いて再び息を吐くと、おもむろに右手を上げた。そしてクララの髪を撫でる。艶々として肌触りがいい。


 問題点はいろいろあるが。初陣で一機仕留めたんだ。


「……よくやった」


 そう言ってもう一度クララの頭を撫でると、クララはぼんやりと目を覚ました。


「すまない。起こしたな」

「…………父さん?」

「悪いがクララ嬢。いや、クララの父でなく上司だ」


 クララはぼんやりとしていたが、しばらくするとハッとして体を起こした。


「あのっ。ここは!!! それに、それに。トイアーちゃんは!?」

「少し落ち着け。トイアーは無事だ。今はクンペル曹長に任せて救護室に運んでもらっている」

「そう、ですか。良かった」


 クララは分かりやすく胸を撫でおろしている。


「さて、クララ。君に言いたいことが山ほどあるんだが」

「…………」

「まず君は軍人になれ」

「っ!」

「「やだ」、というのは無しだ。君はアードラーに乗って敵を撃墜している。俺は君を軍人にしたかったが、正式に軍人になる前に敵を撃つのはあまりに早すぎる。言っている意味が分かるな」

「つまり……。私が危険視されている、ということでしょうか」


 クララは俯く。シュティルはそんなクララに罪悪感を抱きながら話を続ける。


「ああ。そういうことだ」


 クララはしばらく黙るとか細い声で「……分かりました」と答えた。


「軍人になります。アードラーに乗った時から覚悟していましたから」

「そうか。そう言ってもらえると助かる」


 クララはまだ俯いたままだ。握った右手の拳が震えている。


 恐い、か。それもそうだろう。敵とはいえ人を殺してしまったし、軍人になるわけだから。むしろここまで冷静なのも珍しい。

 そういえばクララは王女候補だったな。自分の感情を抑えつける術が身についているんだろう。とはいえ。


「もう一つ、聞きたいことがある」


 シュティルがそう問いかけるとクララはわずかに視線を上げる。


「どうしてトイアーを置いていかなかったんだ。軍人でないから俺の命令を聞けないというのも分かるが。わざわざ自身を危険にさらしてまで助ける必要があったのか」

「――」


 シュティルはクララが話し出すのをそっと待つ。


 どうしても分からなかった。感情を隠すクララが何故命令を聞かず、あそこまでトイアーにこだわったのか。


 クララのスッと息を吸う音が聞こえたかと思うと、ようやく顔を上げた。クララは寂しそうに笑ってみせた。


「昔。母に教わったことがあって。未来は生存確率が高くて、希望に溢れている若者に託すものだって」

「クララは。本当は――」


 そう言いかけてシュティルは止める。


 自分のことをどうでもいいと、軽んじているのではないか――。

 トイアーを護ろうとしたことももちろん理由の一つだろう。けれど婚約破棄されて、国を追い出されたんだ。そっちが本命の理由だとしても不思議じゃない。


 シュティルはおもむろにクララの頭を撫でる。


「確かに若者は大事だ。けれど。同じくらいクララを思っている人だっている」

「!」

「もちろん。俺もそのうちの一人だ」


 シュティルはサッとクララから手を退け、「水でも持ってくる」と部屋から出て行った。


今回は「V-A3 アードラー」についての解説。


全高:19.37メートル

本体重量:70.8トン

全備重量:95.8トン

平均飛行速度:270㎞/時

最高飛行速度:461km/時


V-A3 アードラーは「V-Aシリーズ」の三号機目の機体。シャル・アインの「速度重視のヴルムを開発したい」という案から製作。

一号機目は速度が風圧に耐え切れずすぐに故障。その後試作機が次々と生まれたが、大体が軽すぎてエンジンや装備が整えらなかった。二号機目は上手く整えられたが乗り手がアードラーを扱えず自滅した。

アードラーは速度による味方との衝突を避けるため、あえて派手な黄色をカラーリングしている。


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