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心地のよい夢

「クララ。フルヒト王子のことは知っているわよね」


 クララの母、カタリーナは床に臥せったまま顔だけをまだ幼いクララに向けた。クララは緊張した面持ちで母、カタリーナに頷いた。


 このやりとり……。忘れもしない。母さんが珍しく五歳になったばかりの私を自室に呼んで……。そしてフルヒト王子の婚約者に指名された時の会話だ。


 クララは夢の中とはいえなかなか入ることの許されなかったカタリーナの自室をマジマジと見てしまう。貴族なのにあまりにも質素な部屋だ。小さめの鏡台。その鏡台にちょこんとアクセサリー入れの木でできた箱が置いてあるだけで、その他にカタリーナの私物が見当たらない。

 夢の中だからか曖昧な部分はもちろん存在するが。それでも幼い頃に見たカタリーナの自室そのものだった。


「はい。以前、舞踏会に呼ばれました」


 クララの意志に関わらず口が勝手に言葉を紡ぐ。


「そのフルヒト王子の婚約者にどうかって言われていてね」

「?」


 まだ幼いクララは意味が分からず首を傾げる。カタリーナは咳き込みながら柔らかく微笑む。


「つまりね、クララ。あなたがフルヒト王子と結婚してこの国の王妃になるのよ」

「わわわわ、私がっ!?」

「ええ。あなたがよ」

「で、でも」


 クララはひとしきり手をバタバタと慌ただしく動かした後、急にシュンと俯いた。


 そう。この時の私は……。


「私でいいのでしょうか」

「あら。どうしたの」

「王妃様ってことはこの国の頂点に立つ人……ですよね。そんな凄い人に私がなっていいんでしょうか」


 この時の私は王妃に慣れる器か……自信がなかった。


 するとカタリーナは「おいで」と手招きをする。クララはカタリーナの寝ているベッドに近づき膝をついた。カタリーナはクララの頭を優しく撫でる。


「いい? 凄い人になるんじゃないの。凄い人だと周りに認めてもらうのよ」

「認めてもらう?」

「そう。これからいっぱいいっぱい頑張って。誰よりも賢く、強くなって。認めてもらの」


 自信がなかったからこそ。誰よりも賢く。強く。そうなろうと努力したけれど……。結局、婚約破棄されてしまった――。


 クララはカタリーナの手の温かさに思わず胸が苦しくなる。その間にもカタリーナはクララの頭を撫で続ける。


「あなたは出来る子よ。大丈夫」


 幼いクララは胸の苦しさなど感じるはずもなく、「うん」と明るく笑った。




 それからというものクララは努力を重ねた。毎日家庭教師のもとで語学、政治、経済、マナーその他もろもろの勉強。父のルフトが帰宅すれば剣術を習う。

そんな日々の中で時には王妃候補のせいで危険な目にもあった。王妃候補というだけで王族に反逆を目論むもの、自分の娘を王妃にしたいもの。様々な理由で命を狙われた。


「クララ!!! クララ!!!」


 カタリーナの咳き込む音と共にクララはハッと前を見る。カタリーナは寝間着を着てひどく衰弱しながら、クララへと両手を伸ばす。


「母さん!!!」


 クララは恐怖心を唇を噛んで堪えながら、カタリーナへと抱き着いた。

 その瞬間、ババババと連続的な破裂音が廊下に響き渡る。マシンガンの発砲音だった。


 この音が嫌いだった。雇っていた護衛人、使用人が死ぬから。そして家族も。目の前で死んでしまうかもしれないという恐怖。


「「っ!!!」」


 カタリーナは反射的にクララを強く抱き締める。そしてクララの両肩を掴んだ。


「クララ、逃げるわよ!!!」

「母さん」

「さ、私の手をしっかりと握りなさい」


 クララはギュッと少し強めにカタリーナの手を握る。と、カタリーナはクララの手を引いて長い廊下を駆けだした。

 ゼェハァとカタリーナの荒い息が聞こえる。カタリーナの顔は徐々に青白くなっていっている。


「母さん……」

「クララ、こっち」


 数人の足音が後ろから迫って来る。クララはカタリーナに手を引かれるまま、部屋の一室に入った。

 部屋の中は荒らされ、床は書類で埋めつくされている。ところどころに弾痕が残っており、相手がただものではないことが伺える。


「一度この部屋に入った後なら……見逃すかもしれないわね」


 カタリーナはクララの手を引きながら、クローゼットを開ける。クローゼットの中には見慣れた濃い青の軍服がかかっている。


 ここ、父さんの部屋だ……。


 荒れてしまっていて最初は分からなかったが、よくよく観察すると父のルフトの部屋だった。

カタリーナの部屋と違って物に溢れかえっている。けれどもこの部屋にも私物はほぼない。ほとんどが仕事関連の書類や書籍で埋めつくされていた。


「クララ、この中でじっとしていて。いい? これから私かルフトが声をかけるまで絶対に中を開けちゃダメ。声も絶対に出してはダメよ」


 そう言いながらカタリーナはクララをクローゼットへ押し込める。


 クララは「か、母さんは!?」と嗚咽を噛み殺しながら問いかける。


 今ここで母さんを見失ってしまったら二度と会えなくなってしまう……。そんな予感が幼いクララにはあった。


「私なら大丈夫だから。クララはじっとしているのよ」

「で、でも……」

「私は戦うわ。いい、クララ。あなたはね、私達の未来なの。そして未来は生存確率が高くて、希望に溢れている若者に託すものなのよ。――だからね、頼むからここで大人しくしていてちょうだい」

「う、うん」


 カタリーナの気迫にやられ、結局クララは頷いてしまう。カタリーナはクララのいるクローゼットを閉めた。クララは一センチ程度のクローゼットの隙間に右目を近づける。と、カタリーナがルフトの机の引き出しを開け小刀を取り出しているのが見えた。


 追手はバタバタと家のあちこちを駆けているようだったが、ついにこの部屋の前で足音が止まる。


「……母さん」


 やがてドアが蹴破られ、目出し帽を被った輩が入ってくる。マシンガンを抱えて。

 目出し帽を被った輩は嫌な笑いをこぼす。


「娘はどうした」


 リーダーと思われる人物が前に進み出て、カタリーナにマシンガンを突き付ける。カタリーナは病弱ながらも真っすぐ立って相手を睨みつけていた。


「クララをどうするつもり」

「もちろん殺すさ。そうすれば王妃の座はあの方のもの」


 カタリーナは深くため息を吐いて「……バカなのか」と冷たく相手を見据えた。


 っ!


「例えクララを殺したとしても、あなたが支持している人の娘が王妃候補に選ばれるとは限らないでしょう。それにクララはどんなことがあっても王妃になる。ずっと努力してるんだもの。その努力はきっと報われるわ」

「先程からよく喋る」


 そう言ってリーダーがカタリーナの額に銃口を突き付けた。


 ――母さんっ!!!


 クララは叫び声を上げてしまいそうなところを必死に両手で押さえ堪える。


 その時、「ぐがぁっ!!!」と扉の近くにいた目出し帽の男数人が倒れた。背中から刀が突き刺さっている。刀の柄は濃い青色、軍服と同じ色だ。刀を握っている人物は父、ルフトだった。

 目出し帽を被った輩は一斉にルフトに向かってマシンガンを構える。だが引き金を引くより前に、ルフトは素早い動きで相手の腕を斬り落としていく。赤黒い液体が壁や床を汚していく。


「っ」


 そのうちにリーダーと思われる目出し帽の男の首を突くと、ルフトは血で汚れていない左手でカタリーナの頭を抱え引き寄せた。


「遅くなってすまない」

「いえ。助かりました」


 そういえば……。父さんと母さんはものすごく仲が良いんだっけ。あの頃の私はこの二人のようにフルヒト王子とも仲を深められると思っていた。


 ルフトはカタリーナを抱きながらクローゼットへと目を向ける。


「クララ。出ておいて」

「っ。父さん!!!」


 さすがは軍の准将、声を殺していたのに気配でクローゼットに私がいると気付いていたのだろう。


 クララは勢いよくクローゼットの扉を開けてルフトとカタリーナへ抱き着いた。


「母さん、父さん!!!」


「わぁーーーーーーん」と大号泣しながら、ルフトとカナリーナに頬を摺り寄せる。


「あらあら」とカタリーナはしゃがんでクララの頭を撫でる。


「よく頑張ったわね。さすがは私達の娘。そして未来の王妃様よ」

「ああ。偉いぞ」


 ルフトもクララの頭を撫でた。


 ああ。撫でられた感触がとても心地がいい。このままこの夢の中にずっといたい――。婚約破棄されたことも、国を出たことも。ヴルムに乗って敵を撃ったことも。全部何もかも忘れて――。


今回はどうしてトイアーを助けたのかが分かるエピソードを入れたくて書きました。そのついで……ではないですが、今まで触れられてこなかった母親も登場させたくて。

意識して母親と娘が似ているようには書いてますが。伝わっているのかちょっと心配です。

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