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君という名のギフト(改訂版)  作者: 睦月 葵
セカンド・ステージ
31/56

グレちゃんとねんねの掟

 グレちゃんとぷーが、特に仲が悪かったということはない。

 時々、はしゃぎ過ぎたぷーが、グレちゃんに教育的指導を受けるシーンはあったが、それ以外で喧嘩したことはない。何故ならば、ぷーがグレちゃんに構われに行っても、圧倒的に大人で強者のグレちゃんに簡単にあしらわれていたからだ。

 では、仲が良かったかというと、それはそれで微妙なところだ。お互いに視界に入る場所にはいるし、同じ時間帯にプーレリドッグで遊んでもいるのだが、毛繕いをし合ったり、ぴったりくっついていたりもしない。冬場に布団に(はま)っていても、猫団子というより二つのニャンモナイトだった。

 この近くにいるようでいない・いないようでいる微妙な距離感は、わたしやハナちゃんが在宅しているか、片方しかいないかで、状況が変わるようだった。


 そして、変化はひたひたと訪れる。

 細くなっていく実家の支援───もはや猶予(ゆうよ)はない。誰でも、生きていくだけで経費がかかるのだ。更に、リストカットに依存し、ニートの立場に甘んじている人々をリアルに知った時の、『同じカテゴリーに分類されたくない』という嫌悪感を伴う強い拒否のエネルギーが、三年近く()っても強く存在している。そのエネルギーが、変化を強く後押しした。

 (いま)だ、完治しているとはとても言えない状態ではあったが、発症時よりずいぶんマシにもなっていた。ストレス障害の各種症状との付き合い方も覚えた。いよいよ、本格的に仕事を探さなければならない。

 三十代半ばで失業したわたしは、四十になっていた。


 この歳で正職員を探すのは、かなり難儀なことである。それでも、わたしは正職員を強く望んだ。不安定な精神状態と経済状態に、不安定な職業を持って来ても仕方がない。劇薬が必要だと、無意識に自分でも判っていたのだろう。

 高校を卒業してからずっと、何かしらに係わって働いて来たわたしは、それなりにスキルだけは高い使える人間だとは思う。しかし、現場叩き上げタイプなので、履歴書で提示できる資格が少ない。WordとExcelの三級、中型二輪免許・普通自動車免許ぐらいだ。それらも、働きながらどうにか取得した資格だった。

 しかも、発病する前に三ヶ所の内勤の職場で、パワハラ・セクハラ・モラハラと受け続け、加えて対人関係にまだ問題がある為、同僚と長時間顔を突き合わせる内勤の仕事に対して恐れがある。

 それらの状況を踏まえ、求人情報誌を前にハナちゃんとも相談しながら、ようやく募集してみようと決めたのがタクシードライバーだった。

 元々が長距離ライダーなので、長時間の運転は苦ではない。地元の人間の上、バイク便のバイトなどもしていたので土地勘もある。そして、エンド・ユーザーに接する接客業は、かなり好きな部類だ。


 では、タクシー会社だね───となって、問題がもう一つ。わたし自身は、かなりの遠方でも中型二輪で出掛けていた為、あまりタクシーを利用したことがないのだ。東京発で一二〇〇kmを一人で走破した身の上では、山ほどあるタクシー会社の良し悪しが、全く判別つかなかった。

 ここでもまた、ハナちゃんが力になってくれた。ハナちゃんはわたしと逆に、車輪のある乗り物を何一つ操れないので、タクシーのハードユーザーなのである。

 最初に、わたしがライダーとして嫌な目に遭った会社───交通マナーが悪く、路上で嫌がらせをしてくるような会社を除外した。そして、新人研修をきちんとしてくれる会社に絞り、更にユーザー目線からのハナちゃんの(ふる)いにかけ、候補は三社になった。

 三社の中で、通い難い場所に営業所がある会社を弾き、残り二社───決定打になったのは、介護タクシー部門があり、資格取得援助があるという、現在もなお所属している会社だった。

 介護スキルはある。それは、母方の祖母がわたしに遺してくれた無形遺産だ。それを役立てることができるなら、これほど嬉しいことはない。

 そうやって、中年ニートのわたしはタクシードライバーになった。


 一社に絞ったタクシー会社に面接に行った時、パンツスーツを着てはいたが、いつものように中型二輪で乗り付けたせいで、当時の管理職たちにざわざわされた。明らかに使い込んでいるバイクを見てか、あっさりと無事に採用されたのは幸いだ。けれども、二種免許を取得に行っている間、そしてヘルパー資格を取りに行っている間は大変だった。予告もなく訪れる各種症状に凹み、また折り合いつつ、変則のシフトを(こな)すだけでいっぱいいっぱいである。

 そうこうしているうちに、疑似家庭内では、いつの間にか猫娘たちの間で不文律ともいうべき掟ができていたのだ。


 わたしの基本シフトは一日交代勤務で、一旦仕事に出ると軽く二十四時間は帰らない。ハナちゃんも昼間は仕事なので、昼時間・1は猫娘たちだけで誰もいない。そしてハナちゃんが帰宅し、夜時間・1はハナちゃんだけがいる。そして、昼時間・2にわたしが帰宅して就寝、ハナちゃんは仕事。夜時間・2には二人とも在宅していて皆でご飯───という感じだ。

 わたしとハナちゃんの話を総合すると、昼時間・1では猫娘たちはそれぞれに過ごし、夜時間・1の就寝時には、ぷーがハナちゃんの枕元・グレちゃんがハナちゃんの足元で一緒に寝るという。逆に昼時間・2では、帰宅するなりわたしが寝るので、グレちゃんがわたしの枕元・ぷーがわたしの足元で眠る。そして、二人とも在宅している夜時間・2では、二つの部屋に分かれてそれぞれのママの側で眠るというのが習慣になっていた。

 そう整理してみると、猫は寝子というだけあって、眠ることに関して、実に付き合いがいいものだ。


 猫娘たち、どこかで話し合っている?

 それとも、猫同士の仲でも、ねんねの掟的な仁義があるのだろうか?


 ともあれ、猫には猫のルールがあり、彼女達なりにそのルールに則って暮らしているのだということは判った。ついでに、それでも一人で寝るのは寂しいらしいということも。


 更に、このルール外にはおまけがある。

 ハナちゃんがお休みの土日に、勤務明けのわたしが眠る時には、グレちゃんはわたしの枕元に居る。だが、わたしが完全に眠ってしまうと寂しいのか、ハナちゃん達の部屋で過ごしているのだそうだ。───が、グレちゃんが突然動き出してわたしの枕元に戻ると、しばらくしてわたしがもぞもぞと起き始めると聞いた。

 隣の部屋から何を察知して、そのような行動に出ているのかは判らないが、わたしが眠る時と起きる時には、わたしの枕元に居るのが自分の任務だとグレちゃんは思っていたようだった。


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