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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆四 ねじまき1
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◆四 ねじまき1 ③

 エレベーターを降りて、僕たちは班に割り当てられたスポットへと向かう。

「暑いですね……」

「まあ、こんな地下深くだからね。これでも温度が低いほうだよ」

「そうなんですか……」

 人間やメカ・サピエンスにとって地下の環境は過酷だ。暑い上に酸素も存在しないし、油も回らなくなる。この地下施設がどのくらいの深さにあるのかはジャミングされているので正確にはわからないのだが、まあ地下3000メートルはあるだろうという話だ。

 一般に地下の温度は深くなればなるほど高温となり、酸素も少なくなる。地下3000メートルの場合およそ90℃に達すると言われているが、不思議なことにこの施設内の温度は人間が活動可能な範囲に調整されているし、酸素もどこからか供給されている。

「そもそも地下って、どうして暑いんですか?」

「そうだな……この星の中心には、核と呼ばれる層があって、これがすごく熱いんだ。太陽の表面と同じくらいの温度だって言われていて――」

『――鉄とニッケル、その他の金属がドロドロに溶けていて、渦を巻いてるんだって。その渦が強力な電流を生んで、地磁気を発生させる。この地磁気が繭のようにこの星を包んで、宇宙から降り注ぐ太陽風だとか、宇宙線だとかを弾いてる……』

 重なるように、スピンカの声が聞こえた。

『――でも、あくまでそれは推測でしかない。直接見ることなんてできないから、こうなってるだろうって想像してるだけ。でも、本当はどうなってるんだろう……』

「……メウさん?」

 ねじまきが怪訝そうな目を向けてくる。

 まずい。どこまで話しただろうか。

「あ、いや……まあとにかくそういうことで、この星の中心には太陽みたいなのがあるから、地下へ行けば行くほど暑くなるってわけ」

「……メウさんって、物知りなんですね」

「そんなことないよ。昔、そういうのに詳しい知り合いがいてね。これはその人からの受け売り」

「いえ……半分愚痴みたいなつもりだったので、そんなに詳しい答えが返ってくるとは……」

「僕も冗談で返せばよかったかな」

「いいえ、嬉しいんです」

「嬉しい?」

 それはどういう意味だろうか。

「お前ら、お喋りに夢中で仕事を忘れるなよ」

 ねじまきの言葉の真意を尋ねる前に、キュボーに注意されてしまった。

「大丈夫だよ、キュボー。ちゃんと見てる」

「すみません……」

 無駄話はそこそこにして、僕は先輩としてねじまきに仕事を教えることにした。

 配管をライトで照らしつつ、どういう点に注意すべきか、損傷部位を見つけたらどう補修すべきか、ひとつひとつ説明する。

 僕のなかにあるマニュアルを参照しながらの作業は正直面倒だったが、どういうわけか、自分でも忘れかけていたことを思い出したり、わかったようであまりわかっていなかったことに気付かされたりする。

 いつもと、違う。

「ほらここ、結構亀裂が入っている」

「ほんとだ……」

「キュボー、地点の記録」

「了解」

「補修が必要なところを発見したら、こうしてメカ・サピエンスに記録してもらう。地点を登録して、補修前と補修後のデータを取るんだ」

「はい……あの、頭のこのカメラみたいなのは使わないんですか?」

 ねじまきが耳の上に着けたカメラを指す。

 作業着の一部で、僕にも同じものが付いている。

「それはワークレコーダーっていって、事故やら何やらが起こったときの検証用に僕らの行動を常時録画してるんだ」

「常時ですか?」

「そう、いまこの瞬間も」

「えーっ……プライベートが侵害されてますね」

 プライベート――そういえばそんなものを久しく意識していない。

「まあでも、そうそう全部を見られることはないよ。メカ・サピエンスが記録したデータと関係あるところだけ参照されるから。ダブルチェックってやつ」

「はあ……なんか、いろいろと厳重なんですね」

「上はいろいろと保険をかけたがるものなんだよ。仕事の話に戻ろうか」

「あ、はい」

「配管の補修だけど、あまり損傷が激しいと配管を交換したりすることになるけど、新しい配管を持ってこないといけないし、手間もかかるから基本的に記録だけして後日交換する。で、この程度なら交換するほどでもないから、パテで傷口を塞ぐんだ。パテの作り方を教えるよ」

「はい」

「腰の道具入れに同じようなチューブが二種類入ってるだろ? そう、それ。で、だいたいこれくらいの量を手の上に出して。二つとも……そう、それくらい」

 ねじまきの手の上に、色違いの二つの粘土。

「で、この二つの粘土をこねて一つにするんだ」

「……こんな感じですか?」

「そうそう」

「こねこね……なんか、工作みたい」

「工作だけどね」

「あ、そっか……」

 色違いの粘土はねじまきの手によってひとつのニュートラルな色合いの粘土へと変わる。

「で、これを伸ばして、この亀裂にしっかり塗り付ける。多めに塗って、固まってから削るといい。すぐ固まるから、扱いに気を付けて」

 だれに教えられたわけでもないのに、僕は仕事のやり方を知っていた。教えられたことのない僕が、こうしてねじまきに教えるのはなんだか妙な気分だ。

「ここはこれで終わり。じゃ、次に行こう」

「はい」

 歩いている間、ねじまきは配管をチェックしながら物珍しそうに「へえ」とか「はあ」とか漏らしていた。

「そんなに珍しい?」

「なんか、不思議だなあって。この配管のなか、ひとつひとつ違うものが通ってるんですよね。何が通ってて、どこから来て、どこに繋がってるのか……どうなってるんだろうなあって」

「別にこれらが何のための配管だとか、どういう仕組みだとかを気にする必要はない。余計な知識は邪魔なだけで、僕らはただ痛んだ配管を淡々と補修すればそれでいい」

 そういう、だれにでもできる仕事なのだ。

 暑いし汚れるし、地下深くの閉塞感があるうえモグラに襲われる危険があるからだれもやりたがらないけれど。

「余計な知識、なんでしょうか……」

「君はそういうの好きなほう? 何か考えたり、思いを巡らせたり」

「んー……どうでしょう」

「気を取られて補修個所を見逃したら何にもならないから、最初のうちは何も考えないほうがいい」

「はい、すみません……あ、メウさん、キュボーさん、これとかどうですか?」

「どれどれ」

 ねじまきが配管の損傷部位を見つけたようだ。

「……こっちは割れてるし、中の線が断線しかかってるな」

「たぶんモグラがかじったんだろう。飢えてるんだな」

「モグラ……」

 不安げな顔を浮かべ、きょろきょろするねじまき。

「時間が経ってるからこの辺にはもういないと思うけど。さっさと終わらせようか」

 それから再びねじまきに仕事を教える作業に戻る。

 ねじまきは物覚えがいいし、察する力に長けている。

 見本を示さずともだいたいのことはできるし、一度覚えたことを応用してできることをどんどん増やしていく。

 おかげで思っていたよりも作業がすいすい進む。おまけに手先が僕よりも器用で、ちょっと教えるだけで断線も簡単に修復してしまった。

「新人にしちゃあやるじゃねえか」

「褒められると伸びる子なのでもっと褒めてください、キュボーさん」

「調子に乗るんじゃねえ」

 キュボーの性格を理解して掛け合いまでする余裕を見せる。

 だいぶ打ち解けてきたようだ。

 マニュアルがインストールされていないと聞いたときはどれだけ苦労するかと思っていたが、これならほとんど即戦力と変わりない。

 それが少し寂しくも感じるのが不思議だった。

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