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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆四 ねじまき1
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◆四 ねじまき1 ②

「おおー……」

 地下深くへと降りていく大型エレベーターに乗り、ねじまきはどんどん遠くなっていく天井を眺めていた。

「地下は初めて?」

「あ、はい」

「珍しそうに見てるけど、何か面白いものでも?」

「えーと、歯車がなんか、見てて面白いなって」

「ん?」

「いろんな大きさ、いろんな形の歯車が回って、このエレベーターが動いてるんだなあって」

 妙なところに目が行く子だ。

 ねじまきの頭にはその名に因んでか巻き鍵が刺さっている。

 目立つ大きさでしかもときどきくるくる回っていて、見ている分には面白い装飾だが、作業には邪魔になるだろう。

「頭のそれ、取ったほうがいいよ。狭いとこ通ることも多いし、引っ掛かると危ない」

「あ、これは取れないんです」

「えっ」

 予想外の答えに僕は言葉を失う。

「わたしのアイデンティティなんです」

 ねじまきはいかにも大切そうに頭の巻き鍵に触れ、そう言った。

「あ、アイデン……」

「ただの飾りじゃねえのかよ」

 さっきから黙っていたキュボーがいきなり喋り出した。

「本体です! 取ったら死んじゃいますよ」

 キュボーのツッコミにもねじまきは譲れないとばかりに答える。

冗談かと思ったが本気のようだ。

「本体か……まあいいけど、気を付けてね」

「わかりました」

 もしかしたら本当に頭に刺さっているんだろうか。だとしたらまた不便なデバイスを付けられたものだ。

 どちらにせよ、こういう不思議ちゃんじみたところはスピンカによく似ている。

「……地下って、怖いですか?」

 ふと、ねじまきが僕に聞いてきた。

「怖いとは?」

「地底人とかいるんでしょうか」

 思わず僕は吹き出しそうになった。

「少なくとも僕は出会ったことがないな」

「のこのこやってきた人間をさらって、皮を剥いで食べるんですよ。そういう映画を見た記憶があります。ゴミ置き場みたいなところに頭蓋骨がたくさん積み上げられてて……」

 ――そういえばそんな映画をスピンカと見たことがあるな。

「……地底人の仕業かはわからないけれど、地下で死ぬ人間はたくさんいるよ」

「そうなんですか……」

「僕も何度か死にかけた。その度にキュボーに助けられたけど」

「ええ! そんな死ぬようなことがあるんですか?」

「あれ、知らない?」

 冗談のつもりかと思いきや、ねじまきはぽかんとした顔で小首を傾げている。

 ――嫌な予感がする。

「知らないって、何をです?」

「モグラ。地下に出る化け物のこと」

「えーっと……」

 信じられないことに、ねじまきは何か気まずそうな表情を浮かべ、視線を泳がせた。

 どういうことだ。

 何らかのエラーが生じたのか、それとも――。

「もしかして、マニュアルがインストールされてない?」

「あ、あの……実はファイルコピーの際にエラーが生じまして……配管工のマニュアル一式がインストールされていないんです。先輩方から直接教えてもらうようにと言われました」

 それを聞いて僕は頭を抱えた。

 またとんでもない奴と組まされたものだ。

 あのカンチュロだって一応マニュアルがインストールされていたから、最低限の仕事だけは何も言わずともできていた。

 そう、最低限の、それができないと話にならない作業だけは。

 性格が大いに難ありだったからそれで苦労したけれども、今回はそれに加えてマニュアルから――最低限のことから始めないといけないのか。

 またとんだ貧乏くじを引いたものだ。

「そういうことは、先に言って……」

「いまどきそんなことあるのかよ。どんだけオンボロのパーツ使ってんだ、このポンコツが」

「ご、ごめんなさーい……」

 キュボーが口悪くねじまきを罵るが、ねじまき自身はあまり委縮している感じでもない。

 打たれ強いのは結構なことだ。

「……まあ、仕方ないな。たまにいるんだ、そういう外部からの操作を受け付けないエラー持ち。自分にはどうしようもないことだし、人より苦労があるけど、まあ気長にやっていこう」

 半分自分に言い聞かせるように口にして、僕はとりあえず前向きになろうとした。

 足元も大事だがそればかりに気を取られて前後を見られないようではこの仕事は務まらない。

「えへへ……頑張りますので、よろしくお願いします」

 ねじまきは気まずそうに笑ってみせる。

 怖いことも汚いことも、何も知らなさそうなおぼこい表情。

 ――少し、嗜虐心を刺激される。

「さっきの話だけど、地下にはモグラっていう化け物がいるんだ」

「化け物……」

「そう。地底人じゃなくて化け物がいる。形も大きさも様々だけど、音もなく現れては僕たちに襲い掛かってくる。普段はそんなに遭遇しないんだけど、今日行くところにはよく出現する」

「……現れたら、どうするんですか?」

「できるならやり過ごしたいけど、そうもいかないことがほとんどだ。腰のところに変な棒と銃みたいなのがあるだろ? それで戦うんだ」

「た、たたかう……」

「マニュアルがない以上、実際にやってみないとわからないだろうね。もし今日遭遇したら、キュボーが盾を張るから君はその陰に隠れて、じっとしているんだ。僕が戦うから、それをしっかり見るように」

「はい……」

 はじめからあれこれ言っても一度に頭に入らないだろう。

 マニュアルがあてにならないことで改めて気付いたけれど、意外と配管工の仕事は多いのだ。

 モグラと遭遇したときのことはキュボーに任せるとして、まずは最低限の仕事を教えないと――。

「それはもう恐ろしい化け物なんだぜ。吐いたり漏らしたり気絶したり、そのままお陀仏なんてのは珍しくもねえ」

 またキュボーが意地悪なことを言う。

 ねじまきが笑いながらも困り顔になる。

「ええー……」

「ねじまきは怖いの苦手?」

「んー、まあ……そう設定されてます」

「そうなんだ。まあ、いざとなったらバキュームとかパッドも付いてるし心配ないよ。いろいろ機能があるんだ、この作業着」

「は、はあ……そういえば、変な形の服ですよね、これ。ぴっちりしてるところと、ぷっくりしたところがあって。かたいような、やわらかいような」

 そうしてねじまきは作業着をまとった自分の身体を触り始める。

 その輪郭を確かめていくように。

「状況に応じて各部の硬さが変わるし、変形もする。背中のでかいのはヘルメット。普段は必要ないけど、酸素が薄かったりガスが出てたりすると自動的に前に伸びてきて、バイザーが降りてくるようになってる」

「勝手にそうなるんですね」

「まあね。特にモグラが出てきたときは戦うのに特化した形態に変形するし、ちょっと痛い」

「い、痛いって……」

「まあすぐに慣れるよ。今日は遭遇しないことを祈るのみだ」

「はい……」

 不安げなのは初々しくて可愛らしいが、いたずらに怖がらせても仕方がない。

 大事なことを教えておこう。

「もし遭遇したときのために、まずこれだけは覚えておいて」

「はい?」

「モグラは化け物だ。本当の姿を隠して、何かに化けて現れる」

「……どういうことですか?」

「そのときが来たらわかる」

 話しているうちに、エレベーターが目的の場所に着く。

「わ、わっ!」

 一瞬強力な重力がかかり、ねじまきは新人のセオリーどおり尻餅をついた。

「痛ったぁ……」

「だれもが皆通る道だ。僕も最初はそうだった」

「俺はこけなかったぜ」

「お前がこけたら大変だろ。なんで張り合うんだよ」

 ねじまきがお尻をさすりながら立ち上がる。

「これで腰やっちゃったら元も子もないじゃないですか……」

「まあ、最初の関門ってやつかな。ここで腰やっちゃうようなら使えないからね」

「えー……」

 ねじまきが女の子だからだろうか。

 なんだか三人でいるのが華やかなように感じる。

 どこか、懐かしい。


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