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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆四 ねじまき1
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◆四 ねじまき1 ①

 やはり決まった時間に目が覚めた。

 目覚まし時計のアラームが鳴る十分前。

 隣のベッドには当然だれもいない。

 掛け布団をめくっても、ベッドの下を覗いてみても、だれもいない。

 あいつは隠れるのが好きだった。

 戸惑っている僕の後ろから目隠しをしてきて「だーれだ」なんて言う。

 ひんやりとして、少し湿り気を帯びた指先だった。

 けれどもいまは、いくら待っていても後ろから目隠しをされることはない。

 シーツにはうっすらといくつかの染みが残っている。

 その輪郭を静かに指でなぞる。

 懐かしい。あいつが汚した跡だ。

 ベッドの上で丸まってレモネード片手にブックを読むという横着をして、むせたか何かでレモネードの入ったコップを落としてしまったのだ。

 レモネードはあいつのお腹を中心にシーツへと広がり、その光景はまるで粗相をしたかのようだった。それで以前のことを引き合いに出してからかってみたら、珍しく涙目になって鼻をすすり始めた。しまったと思い慌てて慰め、後始末をしたものだ。

 泣いた顔は可愛らしかったけれども、ひどく気まずい思いをした。

 それももう大切な思い出のひとつだ。

 ――仕事に、行かないと。


 黙々と朝食を済ませてから、いつものように家を出て、いつものように地下鉄に乗って職場へと向かった。

「よう、メウ」

「おはよう、キュボー」

 いつものようにキュボーと挨拶を交わす。

「休日は満喫できたか」

「どうかな。いつもと変わりなかったと思うよ。キュボーは?」

「俺はずっと格納庫でおねんねよ。仕事が待ち遠しかったぜ」

「そうか」

「今日から二人だな」

 そう言われて、何のことだろうと僕は一瞬戸惑う。

「ああ、そうか……カンチュロはこの前死んだんだったな」

「もう忘れたのかよ」

「いや……なんだか、いてもいなくても同じような奴だったから」

「逆にいねえほうが仕事が捗るんじゃねえか?」

「さあ、それはどうだろうな」

「俺はお前と二人のほうがやりやすかったぜ」

「嬉しいこと言ってくれるね」

 我ながら人が死んだとは思えない軽さで、くだらないお喋りに興じる。

「ほら、お出ましだぜ」

 そしていつものように、事務室から部長が出てくる。

 ――いや、いつもと違う。

 小柄な人物を一名、連れている。女性――それも子どもだ。少女というのが適切だろうか。

「朝の会だ、はい、整列、整列!」

 部長が手を叩き、作業員を整列させる。

 連れてこられた少女はそのまま部長の隣に立ち、僕らと向かい合う。

 部長はいつものように咳払いをしてから、少女の背中に手を添える。

「今日から新しく一緒に仕事をするお友達だ」

 その部長の顔はいつになく優しく見えた。

「やらしいな、スケベオヤジめ」

キュボーが毒づく。

 少女のほうは既に注目を集めているからか、カチカチに緊張している様子だ。

 頭には何か妙な形の飾りが付いていて、そこだけが動いている。

「皆仲良くするように。ほら、自己紹介」

「――ねじまきです。よろしくお願いします」

 少女は上ずった声でそう名乗り、ばっと勢いよくお辞儀をした。

 配管工にしては可愛らしいなと思った。

 ねじまきとはまた奇妙な名だ。

 年齢は見た目十代前半の印象だが、地下の仕事に回されるくらいだ、きっと訳ありなのだろう。親の借金で売られたか、何らかの罪を犯した罰か、あるいは――記憶刑に処された囚人か。まさか自ら望んで来たわけではあるまい。人のことは言えないが、よほどの物好きということになる。

 しかしそのいたいけな顔立ちと華奢な身体つきは――。

「似てるな」

 キュボーがそう僕に耳打ちする。

「だれに?」

「わかってるだろ」

 思い浮かぶ人物は、ひとりしかいない。

「……どうかな。そんなに似てるようには見えないけど」

「顔の形、体格、声紋。違うところもあるが、映像データ上はスピンカによく似ている」

 スピンカ――その名を耳にすると、こころが疼く。

「……僕の記憶を覗くなよ」

「開いたのはお前だぜ」

 僕とキュボーとが無駄口を叩いているあいだ、その少女ねじまきは練習してきたかのような読み上げ口調で簡潔に自己紹介していた。

 ――違う。あいつじゃない。こんなところにいるはずがない。

「なお新人教育はメウ班に任せる」

 部長がそう言うとキュボーがサブアームで突いてきて茶化し、僕は苦笑いを浮かべる。


 朝礼とラジオ体操が終わり、他の皆が大型エレベーターに向かうのをよそに、僕たちは集まった。

「僕はメウ。よろしく。こっちはメカ・サピエンスのキュボー。僕らの相棒」

「どうも」

「よろしくお願いします。メウさん、キュボーさん」

 初々しい笑顔を見せ、ぺこりと頭を下げるねじまき。

 微笑ましいが、しかし僕の心中はそう穏やかではなかった。

 もちろん、ねじまきがあいつに似ているということもあった。

 けれど何より、今日の仕事が引っ掛かる。この前と同じく基幹部を担当することになっている。新人教育には向いていない危険な場所だ。

 レベルの高いモグラに襲われたらどうしろというのか。

 最初は慣らしで浅いところを手配するのが普通だろうに、部長は何を考えているのか。


 キュボーに守ってもらってばかりいる自分に、どこまでできるのか……。

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