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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆十五 歯車の街のねじまき
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◆十五 歯車の街のねじまき ①

 あのあとの話を少しだけすると、結果的に、僕たちは地下施設を破壊した。

 宇宙ロケットは微妙に傾いていた。

 操縦席で眠っていたあいつによると、その傾きには狙いがあって、地下施設の基幹部中枢――記憶を回収し、エネルギーに変換する装置へと向けられていた。

 つまり宇宙ロケットを打ち上げることで、忌まわしい地下の悲劇を終わらせられるというわけだ。

 基幹部の中枢なんてわざわざ宇宙ロケットをぶつけなくても、シールドマシンでじゅうぶん破壊できていただろうに、なぜモグラたちはそうしなかったのか。

 たぶんだけれど、僕があいつとそれをすることに、とても大事な意味があった。

 ねじまきが「親の不始末は子の不始末」とよく口にしていたけれど、要するに人間の始めたことは、人間が責任を持って終わらせないといけない。

 たとえ結果的にどうにもできなかったとしても、少なくともその意志は示さないといけない――そういうことなんじゃないかと、僕は思っている。


 だから、僕はあいつと一緒に宇宙ロケットを発進させた。

 いわゆる特攻なんだけれど、それをやっているときの僕は、自分が死ぬことをまるで実感していなかった。死という概念をそのときは忘れていたのかもしれない。

 キュボーと別れ、ねじまきと別れ、隣にはあいつがいて――もうそれでいっぱいいっぱいで、とにかく目の前のことをやるしかなかった。

 かくして宇宙ロケットは基幹部中枢に命中し、大爆発を起こした――らしかった。

 その瞬間のことは全く覚えていない。


 気が付くと、僕は自分の家のベッドで寝ていて、ぼーっと天井を眺めていた。

 隣のベッドに目を向けると、あいつが静かに寝息を立てていた。

 カーテン越しに差し込んできた朝日が、ゆるやかに室内を照らしていく。

 懐かしい光景。

 僕は、長い長い夢を見ていたのか――?

 そう思ったけれど、どうやら夢ではないらしかった。

 僕の左足にはキュボーがいるし、右手にはねじまきが握られていた。

 どうしてこうなったのかわからない。

 あいつは何か知っているみたいだけど「秘密」だとか言って僕には教えてくれない。


 地下施設が大爆発を起こし、全体が崩壊したことを、朝のテレビニュースで知った。

 それは記憶をエネルギーに変換する技術が失われたことを意味していた。

 さらに、記憶操作を行うための機器も動かなくなったと聞く。

 エネルギー源を失ったことで人々は大混乱に陥ったけれども、人間というのはしぶといもので、すぐに代替エネルギーが用意された。例によってメカ・サピエンスも大活躍。火や水、風といった自然現象を利用する古臭い技術らしいけれど、案外どうにかなるものだ。

 犯罪者が記憶刑に処されることももうないだろう。

 問題といえば、人間はこれまで不幸な記憶を自分から切り離しながら生きてきたけれども、それができなくなった。

 だから、何か嫌な体験や都合の悪いことがあったとしても、その不幸に向き合い、耐える力が決定的に備わっていない。

 人間はそういう力を、再び育て直さなければならなくなった。

 こういうとき、そばにいて心を打ち明けられるような信頼できる家族なり友人なり、あるいはモノが必要だけれど、現代における人と人、人と世界との関係というのは思った以上に希薄で、未熟なものに留まっていた。


 キュボーが言ったことを、ずっと考えている。

 不幸な記憶も、不幸な出来事も、彼が言うように極めて主観的なものだ。

 完全に、本当に不幸でしかないことなんて、きっと存在しない。

 時間が経ったり状況が変わったりして、人生の流れとか新たな価値観とか、そういった異なる視点が生まれてくると、それはただ不幸というよりも別な側面を持つようになるかもしれない。

 そうすれば、いつかは不幸も幸福もあたたかく包み返せるようになるのかもしれない。

 そうなるためには、やはりそういう不幸なことにちゃんと向き合わなければいけないし、それができるためには、人間ひとりひとりが孤立しているような現在の状況はなかなかに厳しいものがある。

 別に人間と繋がらなくても、僕とキュボーがそうだったようにメカ・サピエンスと繋がってもいいのだけれど、それすらも難しいだろうか。

 結局、いつか再び、記憶操作の技術に手を出さずにはいられなくなる。

 そして地下施設が再建され、モグラたちが再生する日も来るかもしれない。

 それは仕方のないことだけれど、僕はやっぱり、もう繰り返しはごめんだ。


 じゃあ、どうすればいいのか――それを考えていくのが、この世界の在り方を否定した僕の責任なのだろう。

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