◆十三 真実と使命と ③
「おう、どうだった」
「まるでゴミ捨て場だ」
「お前の足の話だ」
「ああ……いや、特に問題なかったよ。義足ってこと忘れてたくらい」
「そりゃ何よりだ。俺のメディカルキットがこんなところで役に立つとはな」
「ありがとう、本当に。ねじまきも手伝ってくれたんだっけ。あとで礼を言わなきゃね」
「……だとよ、ねじまき。頑張った甲斐あったな」
「……」
寝転んでいるねじまきにキュボーが声をかけるが、ねじまきは反応しない。
きっと疲れてまだ寝ているのだろう。
「ねじまき、おい、起きてんだろ? いつまでも狸みてえに寝てんじゃねえ」
ねじまきは動かない。
「……この寝小便垂れ」
「――だ、だれが!」
さっきまで寝ていたのは何だったのか、ねじまきは顔を真っ赤にして飛び起きた。
「なんだ、心当たりがあるのか。冗談のつもりだったんだがな」
キュボーが小馬鹿にしたように挑発し、それを受けたねじまきはぐぬぬと漫画みたいに顔をしかめる。
「……冗談ならもう少しデリカシーのある言い方をしてほしいですね」
「悪いな。俺は失敗作だからな、そんな細やかな機能は付いてねえんだ」
「メウさんには優しいのに……」
「ガキは嫌いだからな」
「まあまあ、その辺で……」
だんだん涙目になってきたねじまきが可哀想になって、二人の言い争いを仲裁する。
一時は互いの不信感で顔も合わさないくらい険悪だったのに、いつのまにかこういう喧嘩ができる仲になったのだなと意外に、しみじみ思う。
それでねじまきに向くと、なぜかねじまきは僕からすっと顔を逸らした。
「……ねじまき?」
「あ、はい」
「なんでそっち向いてるの?」
「いえ、別に」
「どこか怪我した?」
「それは、大丈夫です。おかげさまで……」
「こいつ、いまごろになって恥ずかしくなってんだぜ」
助け船のつもりなのか、キュボーが口を挟む。
「恥ずかしい?」
「勢いでお前にアツい告白をしただろうが」
「あー……」
「ここに落ちてくるときにもお前にギュー……ッと抱き締められてよ。すっかりのぼせ上がっちまったのさ」
「ちょっ、ちょっとキュボーさん……」
「……そうだったのか」
ねじまきに手を伸ばしたところまでは記憶にあるけれど、その先はあやふやだ。
そうか、僕はねじまきを抱き締めたのか。
「顔が赤くなるんでお前の顔をまともに見れねえんだとよ。猿みたいに発情しやがって。ガキはこれだから嫌いなんだ」
「……ひどい」
「まあ、確かに僕も恥ずかしいな……」
生前のスピンカに見えたモグラを目の当たりにして、僕もいま思うと情けない姿を晒してしまった。
「あの、できればあのこと、忘れてもらえたりとか……」
気まずそうに手をいじいじさせながらねじまきが言う。
「忘れないよ」
と僕はきっぱり答える。
「うっわあ……もー、恥ずかしいー……」
両手で顔を隠すけれども、髪のあいだから覗く耳は真っ赤に染まっていた。
地上のことや仕事のことは一切忘れて、僕らはくだらない話を続ける。
それも少し落ち着いた頃、僕はふとキュボーに尋ねた。
「――それで、あの宇宙ロケットといい、この場所はいったい何なの?」
なんとなく、空気の流れが変わったのを感じた。
キュボーはたぶん難しそうな顔をしている。
ねじまきは気まずそうに口をつぐんで、俯く。
「あと一応だけど、救援要請は?」
「無駄だ。何しろ本部と通信ができねえからな」
「……そうか」
「あそこのシールドマシンと同じく、俺たちは使い捨てだ。もっとも、俺らをこき使った上の連中もどうなってることやら……」
「どのみちもう上には戻れないし、ここで果てるしかないわけか」
「まあな……だが、都合がいい」
キュボーのその言葉に、僕は違和感を覚えた。
「都合がいい?」
「俺はこのときをずっと待っていた」
「え……」
突然、キュボーが妙なことを言い出した。
「ここなら本部からの電波は来ねえし、ログも残らねえ……ようやくお前とちゃんと話ができる」
話ならいつも、いまだってしているじゃないか。何の足しにもならないくだらない話を。
それができる知性を持っているのだと、自慢していたじゃないか。
「俺を含め、メカ・サピエンスにはタブーがあってな。余計なことを喋らねえように、普段はロックがかかってる。だが――ここに来てそのロックが外れた」
「ロック?」
「これから話すのは、俺のディスクに記録されている真実だ」
「真実って……キュボー、何を」
「メウさん……聴きましょう」
ねじまきが何か訳知り顔で、僕の肩に手を添える。
僕が気を失って眠っているあいだに何かあったのだろうか。
さっきの「運命」といい「真実」といい、いまのキュボーは似合わない言葉ばかり口にする。
まるでスピンカみたいに。
なんだかそれが悲しいことを予期させて不安を駆り立てるけれども、これから話されることは黙って聴くしかない――そんな雰囲気だった。
「一度しか言わねえから、よく聴けよ」
周囲は不気味なくらいに静かだった。
ただキュボーの声だけが聞こえる。
「昔々、七五年前よりももっと大昔の話だ。人類が科学技術を競い合うように発展させ、世界の有様は急激に変化していた、そんな時代……人類は、記憶に質量が存在することを発見した。そして間もなく、それが有用なエネルギーに変換可能であることを見出し、そのための技術が開発された」
「記憶を、エネルギーに……?」
「記憶操作の技術が確立されたのもその辺りだ。人類の在り方や歴史を大きく変え得る、革命的な出来事だった。さて……人類は何を考えたと思う? 当時は技術的に豊かとはいえ、いわば身もこころも貧しい時代だった。急変する社会は人々のあいだに大きな格差や断絶を生み、孤立と閉塞感を強め、犯罪や虐待、アディクションといった様々な社会問題に発展した。わかりやすいガワばかり大事にして中身を顧みなかったのさ。人々は皆何かしらのトラウマやストレス……不幸な記憶を抱え、世界はよじれて鬱屈としていた。そうだ……不幸な記憶によって自由に生きられないというのなら、その不幸な記憶をエネルギーに変えればいい。嫌な記憶、不快な記憶……そういうのを脳から取り出してエネルギーとして利用すれば、人類は不幸から解放されて幸福になり、エネルギー問題の解決にも繋がる……そういう馬鹿なことを考えたのさ」
「そんな都合のいい話あるわけないだろ……」
「この馬鹿でかい地下施設はな、端的に言うとそのための装置だ。もともとは地上に住めなくなった場合に備えたジオフロントだったんだがな」
「……この地下施設が生み出すエネルギーって……」
「ああ。心理治療の名目で人間から取り出された不幸な記憶は、いわゆるゴミ捨て場――記憶の墓場とでも言おうか。地下の基幹部に集められるとエネルギーに変換された」
「記憶の墓場……」
なんとなく耳にしたことがあるような言葉だ。
「それが、この場所だと?」
「そうだ。ただな……やっぱり、不幸な記憶は幸福なそれに比べて、エネルギーの生産性が低かったんだ」
「生産性?」
「質のいい記憶ほどエネルギーを生産する。価値がある。すると商売をする奴が現れる。幸福な記憶は高い金になり、金に困った奴はそれを売る。そしてぽっかり空いた穴を偽物の記憶で埋め合わせる。子どもを失って悲嘆に暮れる親には子ども型のメカ・サピエンスを与えることで幸福な記憶を回復させる。そしてそれを回収してエネルギーに変換する。その繰り返し……悪名高い子役ビジネスの始まりだ」
「……」
かつて子役でありながらその記憶のないねじまきは、複雑そうに眉間に皴を寄せている。
子役を辞めてほっとした――たしか、そう言っていたか。
「回収した記憶が幸福か不幸かを判別するのはメカ・サピエンスの役目だ。この施設自体が巨大なメカ・サピエンスだったと言えるな」
「だった……」
その過去形の意味するところは、だいたい想像がつく。
「そうして価値が低くなった不幸な記憶はどんどん深くに捨てられていった……」
「クソみたいな世界じゃないか」
思わず、そんな言葉が出た。
キュボーがふっとシニカルに笑う。




