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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆十三 真実と使命と
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◆十三 真実と使命と ①

 バチバチ、と電気の飛ぶ音がする。

 焦げ臭いにおいが漂う。

 線香花火のような光が見える。

 そういえば長らく花火で遊んでいない。

 僕は苦手だったけど、あいつは線香花火が得意だった。

 膝小僧を抱え背中を丸めて、じっと動かずに散っていく光を見つめている。

「――ここまで来たんだ、こんなとこで終わらせねえぜ」

 だれかの声が遠くに聞こえる。

 キュボーだ。

「死なせねえ……死なせねえぞ」

 ――死ぬ? だれか、死ぬのか?

 ああ、もしかして僕か。

 いつ死んでもおかしくないと思っていたけれど、ついにそのときが来たのか。

「まだ寝てな」

 そんな声がして――僕は緩やかにやってくるまどろみの波に身を落とした。


 僕は地下施設の配管工で、いまモグラと戦っている。

 地下には謎が多い。

 突如現れる化け物たちモグラもその謎のひとつだ。

 モグラは相対した相手に嫌なものを見せつける。

 できれば見たくないもの、触れたくないもの、忘れたいもの、なかったことにしたいもの。

 そう、僕にとってそれはスピンカの死体をイメージさせる姿で現れた。

 上半身で寸断されたその身体は赤黒く焼けただれ、長い黒髪を引きずりながら腐臭をまき散らす。生前の姿とは似ても似つかないおぞましくむごたらしい姿。グロテスクなゾンビ。

 スピンカとの記憶にすがりついてきた僕にとって、それは受け入れがたい残酷な結末、愛の無価値、存在の無意味、生きることの絶望と恐怖に他ならなかった。

 そいつは剥がれた皮膚をはためかせ、肥大化した腕でべちべち地面を叩き、その存在を突き付けてくる。

『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ……』

 どこか懐かしさの潜むしわがれ声が僕を誘う。

「中型のモグラだ。レベル4……いや3ってところだな。かなり強いジャミングが発信されているが、外装はボロい鉄屑だ。この距離ならホーリー弾で撃破できる」

「了解。ねじまき、このあいだと同じように」

「はい」

 僕はこれまで、数えきれないほどスピンカを殺してきた。何人もの仲間とともに。

 殺して、殺して、殺し続ければ、いつしかスピンカの死も存在そのものもなくなって、僕は解放されるのかもしれない――そんな淡い希望さえ抱いては、どこまでも自分勝手な僕自身を激しく憎んだ。

 正直、スピンカとの記憶を重荷に感じていた。

 スピンカとの出会いは僕の人生を大きく動かした。

 配管工になったのもスピンカに喜んでほしかったからだ。

 けれど幸せな時間はごくわずか、スピンカを喪ってからの僕はこの暗くてじめじめした、世界のありとあらゆる鬱屈が集まったかのような掃き溜めで、生きながら腐っていく。

 いつまで経っても終わりが見えない。

 ――僕は何のために生きてるんだ。僕の人生は、いったい何なんだ。 

 そうして、僕だけが残った。

 無我夢中の戦闘が終わり、残骸の転がる地下通路で僕はひとり腰を落ち着けている。

「そうだ、二人は……?」

 キュボーとねじまきもいたはずだ。

 僕は立ち上がろうとする――が、転んでしまった。

「あれ……」

 おかしい、立てない。

 少し落ち着いて、僕は気付いた。

 ――左足がない。

 いつのまにかダメージを受けていたようだ。

 作業着による痛覚遮断で気付かなかった。

 他にもあちこち怪我をしているようだが、ご丁寧にすべて止血凝固措置が施されている。

 ――まだ生きろというのか。

「くそ……」

 大丈夫だ。

 自分の身体の一部を失ったのはこれが初めてじゃない。

 慣れたものさ。

 モグラとの戦いではよくあることで、命があるだけましだ。

 僕は何度も自分の身体の一部を失ってきたし、その度に死んだ配管工の部品と交換してきた。

 だいぶ前に左腕を失った。

 その前は右足を。

 ずいぶん昔には右肘から下を失ったこともある。

 そうだ、顔の半分を失ったこともあったな。

 この前は左目を交換した。

 いま思い返してもよく生きていたものだ。

 いや、大変だった――。

「あれ……」

 失ってきた自分の身体の一部一部に思いを巡らせるうち、ふと気づいた。

 ――僕は、だれだ?

 いまの僕は、この手足も、顔すらも他人のものを使っているってことじゃないか。

 もうこの世にいない奴らのものとはいえ、僕は他人の身体を自分のものとして生きている。

 そうやって生きてきた。

 そのことを、どうしてかいまのいままで意識することすらなかった。

「メウさん……」

「メウ……」

 どこからか、呼びかける声が聞こえる。

 メウ――メウとは、何者なのだ?

 僕は、本当に僕なのか?

 メウという名の他人の記憶を移植されただけではないのか?

「――その通り」

 ふと、聞き覚えのある声が降ってきた。

「君はこの歯車の街そのものだ」

 上を向くと、あの老人のメカ・サピエンスがいた。

 けれど顔だけだ。

 巨大な顔が、箱の中身を覗くかのように僕を見下ろしていた。

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