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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆十二 再興七五周年記念式典
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◆十二 再興七五周年記念式典 ③

「メウさん、だめっ!」

 けれど、それはほんの短いあいだのこと。

 僕はねじまきに腕を掴まれ、引き戻される。

 作業着を着ているとはいえすごい力だ。

 押し倒されるようにキュボーの盾に隠れ、そしてそのまま自動運行のスイッチも切られる。

「メウさん、よく見てください。あれはスピンカさんじゃない!」

 悲鳴にも聞こえるねじまきの声。

 いまの僕には、ただ不快だった。

 やっと……やっと、会えたのだ。

 スピンカに。

 話したいことがたくさんあるのだ。

 たとえスピンカが、偽りの記憶のなかに住まう幻だったとしても。

 僕はずっと、あいつのために生きてきたのだ。

「メウさん、ちゃんとわたしを見て!」

 ねじまきは僕の両肩をがっしりとつかみ、顔を突き合わせてくる。

 スピンカとよく似た顔の少女。

 けれども――偽物だ。

 似ているだけの別人に過ぎない。

 どうしてこんなにも、似ているんだ。

「スピンカさんは、いまはメウさんのなかにしかいないんです」

「え……」

「だから、あそこにいるのはスピンカさんじゃない。スピンカさんがこんな地下で、メウさんを襲いに来たりしないでしょ」

「……」

 どこか寂しさや切なさのようなものを含ませた、湿っぽい声。

「わたしにもあれが人間に見えます。たぶん、わたしにとってとても大切だったひと。でも……ぼやっとしてて、はっきりとは見えないんです。だから……」

「ねじまき……」

「いまから、あのモグラを撃破します」

 そう宣言し、ねじまきはスピンカに銃口を向ける。

「こんなところで立ち止まってちゃいけないんです。モグラを倒して、シールドマシンを止めに行かなきゃ……」

 ――やめろ。

 思わずそう言いそうになるが、声が出ない。

 口も動かない。

 あれがモグラだということくらいわかっている。

 伊達に地下で(くすぶ)ってきたわけじゃない。

 それでも、どうしてもいまの僕にはスピンカにしか見えない。

 僕はただ、見ているだけだった。

 一発の銃声。

 ねじまきの銃から放たれたグレープ弾はスピンカに命中すると、ぶくぶくとグロテスクで大きな泡をいくつも発生させた。

『いやあああー……!』

 割れるように響く断末魔。

 被弾した姿が葡萄のようになることからグレープ弾と名付けられた。対象もしくはその身体の一部をあえて醜く損壊させることにより、敵方の戦意を喪失させることを目的としている。そういう趣味でない限りだれしも醜い姿で死にたくないものだし、仲間のそんな姿を目にしたくないものだ。

 七五年前よりも昔、かつて戦争が盛んだった時代の、負の遺産のひとつ。

「ひどい……」

 グレープ弾を命中させたねじまきも口を塞いで引いている。

 スピンカは苦しみもがくような動きをしながら、ぶくぶく膨れ上がって変形し、ついに醜く破裂する。

 たちまちえげつない悪臭が立ち込める。

 僕はただそれを、見ていることしかできなかった。

「……メウさん……」

 しばらくして、ねじまきが心配そうに声をかけてきた。

 落ち込んだ気配を漂わせながら。

「わかっている、ねじまき。よくわかっているよ。ただ……身体が動かないんだ」

「……ごめんなさい」

「なぜ謝る」

「だって……」

「あれはスピンカじゃない。そう言ったのは君だし、確かにスピンカじゃなかった。だから謝らなくていい。気に病むな。君はモグラを倒した、それだけだ」

「……」

「君も、辛かっただろ」

「……はい」

 ずずっ、っとねじまきが鼻をすする。

 えぐ、えぐ……と静かに、声を詰まらせて泣く。

 ――よく泣く子だ。僕なんて涙も出ないのに。


 しばらくそうして留まっていた。

 急がなければならないはずだけど、キュボーも何も言わなかった。

「――悪いな、幻滅しただろ」

 ようやく身体が動くようになって、僕はまずそう言った。

「そんな……」

「スピンカについては、後悔ばかりあるんだ。僕がもう少しスピンカの気持ちに敏感だったなら……そう何度も思う」

 モグラの残骸がある場所まで歩く。

 ねじまきが無言でついてくる。

 現場は血のような液体が夥しく飛び散っていた。

 有機素材からなるちぎれた肉のような塊も転がっている。

 ざくろのような、と昔の人は表現したらしいが――見るも無残に、ぱっくりと割れている。

 ああ、そういえばこんな死体はいままで何度も見たことがある。

 生前のスピンカに化けていたモグラは、いまや臭気を放つ肉塊と金属とプラスチックの塊に成り果てていた。

 こいつは、ただのモグラなのか。

 それとも、そうではないのか。

 ――お前も、メカ・サピエンスの部品になるのか。

「もっと話したかった。これからいろんな思い出がつくれるはずだった。そうしたら僕だって、こんなところで腐っていないんだ。探査部にだって、いまごろはとっくに……」

「……わたしには、スピンカさんがどんな人だったのかわからないですけど……」

 ぽつりと、ねじまきが言葉をこぼす。

「でもきっと、もしメウさんがいなくなって、目の前に現れたモグラがメウさんの姿をしていたとしたら……わたしはきっと、撃てない。撃てて、いいのかどうか……」

 深い色の水面に、一滴のしずくが垂れる。

 小さな波に光が反射する。

「そりゃあ撃てないと困りますけど、でも幻だと割り切って撃ててしまうのもなんだか寂しいです。わたしは、自分の大切な人を割り切りたくない。たとえそれが記憶のなかにしかいない幻だったとしても、メウさんが本当は存在しなかったとしても、わたしにとってはそれも大切な自分の一部だから」

 本当に辛かっただろうに、君の言葉は優し過ぎる。

「わたしは、メウさんが好き」

 そしてまた、君の言葉はまっすぐ過ぎる。

「応えてくれなくてもいい。ただ、この気持ちだけはちゃんと聞いてほしい。メウさんを想っているのはスピンカさんだけじゃないんです」

 困ったことだ。

 そんなふうに想われたら、僕は君を失えなくなる。

「……ひどいやつだ、君は」

「ええ」

「ほんとうに、ひどい……」

 鼻の奥が痛くなる。

 痛覚は抑えられているはずなのに。

「アツいな、てめぇら。こっちまでヤけてくるぜ」

 キュボーがようやく喋り出す。

「お前を想っているのはスピンカだけじゃねえ……か」

 どこか、寂しげにも聞こえるのは気のせいだろうか。

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