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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆九 ねじまきの過去1
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◆九 ねじまきの過去1 ④

 喫茶店に入って僕はコーヒーを、ねじまきはレモネードを注文した。

「レモネード、好きなの?」

「はい」

「どんなところが?」

「うーん……なんとなく、あたたかい感じがして」

「あたたかい?」

「むかし、だれかがつくってくれたような……」

「君が子役だったときの思い出?」

「さあ……」

 ストローに口をつけ、レモネードを飲むねじまき。

 スピンカもレモネードが好きだった。どうしてかは覚えていないけれど。

 ――いちいちスピンカを映し見る自分が嫌になる。

 目の前にいるのはねじまきという女の子だ。

 スピンカじゃない。

 そう思っているのに、スピンカと似ているところ、違うところばかり探してしまう。

 ねじまきがスピンカと似ていないところを見せると内心ほっとする。

 その反面、残念な気持ちもどこかに生まれる。

 僕はねじまきにどうあってほしいのだろう。

 いなくなった人間を目の前の人間に重ね見るのは情けないことだと思うし、ねじまきにとっても不本意なことだ。

 そのねじまきは、さっきから何か言いたそうに俯いている。

 言おうか言うまいか、迷っていそうな感じ。

 促してあげたほうがいいのだろうか、それとも、待っているほうがいいのか。

 僕もコーヒーを飲みながら、迷う。

 やがて――ねじまきは何かたまりかねたように僕を見上げ、言った。

「メウさん、わたしたち、前にどこかでお会いしたことないですか?」

「え?」

 前に、どこかで――。

「お会いしたというか、もっとこう、浅からぬ関係だったというか」

「……それって、口説き文句的なあれかな」

「真面目に聞いてるんです」

 茶化してみると、ねじまきは珍しくムッとした表情になる。

「前って、君が配管工になる前?」

「はい」

「……どうだったかな」

 僕の心中は穏やかではなかった。

 少なくとも、ねじまきという名前の少女には出会ったことがない。

「どうして、僕と会ったことがあると?」

「……なんだかメウさん、懐かしい感じがするんですもん」

「懐かしい?」

「胸が、きゅーっとなるっていうか……」

 それから少し、沈黙の空気が流れた。

 ねじまきは恥ずかしそうに顔を赤らめ、居心地悪そうにもじもじしている。

 ストローに口を付け、レモネードを途中まで吸い上げたところで、ぱっと離す。

「――あのっ」

 そう言って椅子から立ち上がる。

「すみません、ちょっとその、お手洗い……」

 そして逃げるようにぱたぱたとトイレに駆け込んでいった。

「ああ、うん」

 と僕は遅れて答えた。

 それでねじまきが戻るまでのあいだ、僕はあることを考え込んだ。

 こんなにスピンカに似ていることが気になるのなら、いっそ――。

 過去の記憶がない――過去が欲しいというのなら。

 いや……それは何か違う。

「いやあ、すみません……なんか急に波が来ちゃって」

 すっきりした感じでねじまきが戻ってくるが、まだ少し耳が赤い。

「間に合った?」

「やだなあ、メウさん。間に合ってなかったら戻ってきませんよ」

「さっきの話だけどさ」

 冗談はここまでとばかりに、話を切り替える。

「あ、はい……」

「僕はねじまきという名前の女の子に会ったことはない。でも、君とよく似た人のことは知ってる」

「――え?」

 きょとんとした表情のねじまき。

「知ってるというか……確かに、浅からぬ関係だった」

「……」

 どう反応したらいいのかわからない顔だ。

 そもそもこういう話をしてきたのは、君のほうなのに。

「そこでなんだけど……ちょっと、僕の家に来てみる?」

「……それって、口説き文句的なあれですか?」

 ようやく、悪戯っぽく笑う。先ほどの仕返しとばかりの表情だ。

「いや、真面目な話」

「構いませんけど、どうしてですか?」

「ちょっと、見せたいものがあって」

『――だめ』

 スピンカの声が聞こえた気がした。

「お前はもう死んだだろ」

 頭の中で呟く。

 自分でも拗ねたような口調に聞こえてしまう。

「ねじまきにお前の代わりをさせるつもりじゃない。ただ、確かめたいんだ。そうでないと僕が耐えられない」

『違う、そうじゃない』

「何が違うというんだ」

『キュボーも言ってたでしょ。ねじまきには気を付けたほうがいいって』

「……」

『あの子が部屋に来たら、メウは今度こそ本当に死ぬかもしれない』

「お前に似た人に殺されるのなら本望だ」

『……』

 スピンカの声は、もう聞こえなくなった。

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