◆一 ある配管工の日常 ③
厄介なことに地下には化け物が棲んでいる。
古くからこの謎の施設を徘徊しているとされ、遭遇すると問答無用で襲い掛かってくる。
僕たちはその化け物を一括りに〝モグラ〟と呼び、これまで幾度となく戦闘を重ねてきた。
「こちらメウ班、メウ。補修作業中にモグラと遭遇――」
本部に無線を入れるが、返事がない。
「立て込んでいるようだな。他にもモグラの襲撃を受けている班が複数」
「なんて間の悪い!」
モグラはいつも気が付いたらそこにいる。
音も気配もなく、ふと目を向けるとそこに存在している。
まるで暗がりから現れる亡霊のようだ。
心臓に悪い奴らなのだが、厄介なのはそれだけではない。
「カンチュロ、何してる!」
カンチュロは蒼ざめた顔で呆然と突っ立っている。
モグラは僕たちの恐怖心やトラウマを刺激する。幻覚作用を引き起こす何らかの物質が放散されているらしい。
だから人によってモグラの見え方というのは全く異なるのだが、亡霊と違って必ずそこに実在する。向こうからの攻撃はもちろん、こちらからの攻撃も物理的なダメージを伴うし、倒せば〝死骸〟も残す。
「カンチュロ、あれが何に見える?」
何に見える――いま目にしているものは幻だという気付きを促すための言葉だ。
見え方が異なるとは言え、モグラが見せる幻覚は都度何らかのテーマを伴うことがわかっている。その多くはあまり快くないものだ。
おそらくいま、カンチュロには相当なものが見えているのだろう。
蒼ざめていた彼の顔はみるみる茹でられたように赤く変化し、その肩は荒ぶるエンジンのように震えていた。
「カンチュロ! 何に見えてるんだ!」
もう一度気付きを促すが、しかしこの言葉はあまりに冷静さを欠いた状態になると効果が薄い。
カンチュロの意識はいまや完全にモグラだけに向かっていて、反応が得られない。
「キュボー」
こういうとき一番頼りになるのが相棒のキュボーだ。
メカ・サピエンスである彼は多彩なオプションを装備しており、その機械の目は最も冷静な分析が可能だ。
「中型のモグラだ。レベル4……いや3ってところだな。かなり強いジャミングが発信されているが、外装はボロい鉄屑だ。この距離ならホーリー弾で撃破できる」
「了解。カンチュロ、隠れて――」
「上等だ、おらぁ!」
カンチュロは盾に隠れることもなく、威勢よく腰に下げた銃を手に取ってモグラに向ける。
「カンチュロ、落ち着け! ホーリー弾を装填しろ!」
しかし遅かった。
モグラから一筋の光線が放たれ、カンチュロの腕が消し飛ばされた。
その直後にはカンチュロの頭部がなくなっていた。
何が起こったかわからないまま絶命したことだろう。
「あの役立たず!」
毒づいても仕方がない。
モグラは次に僕を狙って光線を発射してくる。
キュボーが防御してくれるので、僕はその隙にホーリー弾を打ち込む。
確実にモグラに着弾させ続けるのだ。
そうしているとようやくモグラは動きを止め、その場で瓦解する。
「メウ、終了だ」
「ああ……」
息を整えながら、僕は肩の力を抜く。
「キュボー、大丈夫か」
「お前が上手くやったおかげでほとんどダメージがねえよ」
「そうか……ご苦労さん」
「カンチュロは残念だった」
頭と片腕を失ったまま突っ立っている死体を見やる。
仲間が死んだ。
けれども珍しいことではない。
僕は人より鈍感なところがある。
だからカンチュロが死んだからといって、特に何も感じない。
ただ――。
「ポイントが下がるな……」
「探査部への異動の夢がまた遠のいたな」
「茶化しているつもりか、キュボー」
「慰めのつもりだ」
「……それは結構」
周囲の状況を確認してから、無線で本部に連絡する。
「こちらメウ班のメウ。本部、よろしいか」
《……》
なかなか無線が繋がらない。それだけ通信が多いということか。
《――お待たせしました。こちら本部。メウ班、どうぞ》
「補修作業中にモグラ一体と遭遇、これを撃破。レベル3。なおモグラの攻撃により班員のカンチュロが死亡。指定の地点に応援を要請する」
《本部、了解。指定の地点にトイン班を向かわせます。到着まで時間がかかりますが、あとはトイン班が引き継ぎますので、あなた方は撤収を》
「メウ班、了解。合流次第撤収する」
連絡を終え、ため息を吐く。
「トインが来るのか……」
「あいつ喋り出すと長えからな。適当に切り上げろよ」
この後、僕はキュボーとともにモグラの残骸を回収し、応援で寄越されたトイン班に引き継いだ。
班長のトインは僕と同世代の女性で、以前同じ班で仕事をしていたこともあるが、相変わらずの多弁っぷりだった。
カンチュロの死体を見るや否や彼とスラとの生々しい関係を訊いてもいないのに話し出した。
引継ぎのあいだもホバック班が怖いだのルーチカ班がヤバいだのと話題が移り、そのうち自分の近況や仕事の愚痴までぺらぺら切れ目なく喋り続けようとするが、付き合う義理はない。
カンチュロの死体をキュボーに担いでもらって「じゃ、あとよろしく」と切り上げ、逃げるようにその場を去った。
「相変わらずだったね」
「ビビりだからな。ありゃ班員は苦労するぜ」
「こんな静かなとこだし余計に喋るんだろうけど、お互い疲れるんだよな」
それからキュボーと本部に戻るまでのあいだ、僕はカンチュロの死体を見やり、考え事をしていた。
カンチュロには何が見えていたのだろう。
モグラと対峙したときの蒼ざめた顔、その直後の真っ赤な顔。
怒りを誘発されたのか。
するとカンチュロの過去に関わる何か。
その経歴だけではわからない。
どんなものが見えていたのか、カンチュロにしか知りようがない。
結局、僕はカンチュロのことをあまりよく知らないままだった。