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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆八 スピンカについて
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◆八 スピンカについて ④

 やがて訓練を終え、スピンカが宇宙に旅立つときがやってきた。

 最初こそ期待に目を輝かせていたスピンカは、その日が近付くにつれ複雑な表情を浮かべるようになった。

「メウと離れるのが、寂しい……」

 滅多に湿っぽいことを言わないスピンカが、絞り出すようにそう口にした。

 もちろん僕も寂しかったし、心配でたまらなかった。

 何しろ出会ってからいつも一緒にいたような間柄だ。

 けれども僕は自分の都合で、こんな一時の感情で、スピンカが昔から抱いていた夢を無碍にしてしまうのはよくないと考えていた。

 任期はほんの数年。

 そう、数年経てばまた会えるのだ。

 逆を言えば数年しか宇宙に行けないのだから、この機会は最大限に活かすべきだ。

 だから僕は感情を抑えて、スピンカを諭した。

 いま思えば、突き放すような勢いだったかもしれない。

「夢の続きを見に行くんだろ? 昔からの夢がもうすぐ叶うんだ。楽しみじゃないか」

「夢は、夢のまま置いといたほうがいい気がして……」

「らしくないな……なんか、一緒にいられないのが心配になってきた」

「じゃあ――」

「でもさ、僕だって探査部に入ったら、滅多に地上に戻ってこれない」

 スピンカが何か言いかけたのと、僕が喋ったのとは同時だった。

 僕はもう少し、スピンカの言葉を待つべきだった。

「いつかはなかなか会えなくなるし、お互いそうすることを選んで、そのためにこれまでやってきたんだ。だから行って、夢の続きを見てきなよ」

「あ、うん……そうだね。楽しみ」

 スピンカは言葉を呑み込んで、やや無理気味に笑ってみせた。

 そのとき一瞬だけ見せた悲しげな表情に、僕は気付くべきだった。

 そして言えばよかった。「僕も寂しい」と。


 結局、それがスピンカとの最後になった。

 あの日、スピンカを乗せた宇宙ロケットは打ち上げによって地上を離れ、上昇し、いよいよ大気圏を抜けようかというそのとき――爆発した。

 僕はその日どうしても休みが取れず、地下でモグラと戦っていた。

 この目で見送ることができなかったのは残念だったし、緊迫した状況ではあったけれども、スピンカはそろそろ宇宙に着いた頃だろうな、長かったな、とどこか感慨深い思いを抱いていた。

 帰宅してテレビを点けて初めて、宇宙ロケットの打ち上げに失敗したことを知った。

 その日のニュース番組はその話題でもちきりで、何度も何度も爆発の瞬間が映されていた。

 何かにぶつかったかのような、くの字にひしゃげた宇宙ロケット。

 そして並べられる搭乗員の顔写真。

 そのうちの一人、スピンカの顔――。


 僕のせいだ。

 僕がスピンカの背中を押さなければ。

 あのとき、自分の気持ちに従ってスピンカを引き留めていれば。

 何度もそう考えた。

 それで僕の髪の左半分が白くなったのだ。

 ロケットが爆発した原因は不明だという。

 のちに落下したスピンカの死体が部分的に回収されたが、上半身と下半身が分断されあまりに損傷がひどいというので、死体を見ることは許されなかった。

 たぶん、見てもその死体がスピンカだとは思えなかっただろう。

 三日もすればどのメディアもぱったりと打ち上げ事故を扱わなくなった。

 まるでなかったことのように、時間は流れていった。


 僕はスピンカが死んだ瞬間も、その死体も自分の目で確かめていない。

 あんなことで死ぬような奴じゃないのは僕が一番よくわかっている。

 だからいまでも、どこかで生きているんじゃないかと思う。

 そうであったならどれだけいいか――。

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