◆八 スピンカについて ②
このように一言でいうなら変わり者なのだが、しかし同時にどんな言葉を使ってもスピンカを正しく形容しきれないというジレンマに陥る。
その有様は、低学年のうちならまだよかった。
けれども高学年にもなると周りは成熟の過程で複雑な感情を帯び始め、スピンカのあいまいな存在感を受け入れられない者が多くなった。
性別や年齢にそぐわない正体不明な未成熟の容姿、飾らない性格、どこか浮世離れした不思議な雰囲気――。
ある者は羨み、ある者は軽蔑して、様々な感情がスピンカに向けられるようになった。
スピンカは宇宙人だとか、年を取らない病気だとかいう噂も囁かれていた。
そのスピンカ自身も自分の身体が一向に成熟する気配のないことに多少は複雑なものを抱いていたようで、自分なりに周囲に合わせようといろいろ気を遣って努力したようだが、興味のないことは続かなかった。それが余計に気に食わない者もいた。
いまにひどいことが起こるんじゃないかと僕は気を揉んでいたのだが、その辺りスピンカには謎のフットワークがあり、うまいこと躱せていた。
一見頼りなく見えても案外強かで、都合よく動くような人ではなかった。
だから一緒にいると面白かった。
この世のルールとか枠とか、自分が正しいと思っていたものが根底から静かに覆されるようなことも何度か経験した。
宇宙のことや寝ているあいだに見た夢、自分たちが生きているこの世界は何なのか――そういうことを考えるのが好きだった。
自分の好きなことには夢中になって突き進む、その姿が眩しかった。
付き合っていて振り回されることは多かったけれども、嫌味は全く感じなかった。
そうして、いつのまにか僕たちは二人になっていた。
僕は昔から人の気持ちの微妙な動きに鈍感なところがあり、だからあまり人と親しくなるということがなかった。その鈍感さが、あるいはスピンカにとって心地よかったのかもしれない。
僕たちは自然にいつも一緒にいた。
ある日、なぜそんなに宇宙のことを考えるのが好きなのか訊いてみたことがある。
「――むかし、変な夢を見たから」
スピンカはしばらく首を傾げて考えてから、そう短く答えた。
「変な夢?」
「なんか宇宙飛行士になってて。宇宙ステーションの窓からこの星を見て、やっぱり丸いんだなあと思ってたら、急に仲間たちが騒ぎ出して。なんか、変なおじさんが出てきた。古臭いごつい感じの宇宙服を着た人。ほら、未来からアンドロイドが殺しに来る映画……」
「ああ、あの……溶鉱炉に沈むやつ?」
「そうそう、あのアンドロイドの人みたいな顔だった。その変なおじさんが、世界の秘密を何でも教えてくれるんだって」
「へえ、何でも」
「それで皆いろいろなことをその人に訊いたら、本当に何でも答えた。明日の天気とか、奥さんのへそくりの隠し場所とか、宇宙人がいるかどうかとか、他にもいろいろ」
「それ、合ってるの?」
「合ってるんだと思う。どんなだったか忘れたけど、それが本当のことだっていうのがわかるようになってた」
「……スピンカも訊いてみたの?」
「最後に順番回ってきたから」
「へえ、なんて訊いたの?」
スピンカは少し照れたように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「月の裏側には何があるんですか――って」
「ああ……懐かしいな。それで?」
空を見上げ、月のほうを見てしばらく黙った後、スピンカはぽつりと答えた。
「答えてくれなかった」
「えー……」
「皆もっとすごいこといろいろ訊いてたのに、その質問にだけ答えてくれなかった。ただ、すごいきれいな目でこっちを見つめてて」
「……それから?」
「それでおしまい。夢はここまで」
「へえ……」
正直、よくわからないなと僕は思っていた。
確かに変な夢だ。
でもきっとスピンカにとって大切なものなんだろうなと思った。
何より、スピンカの深いところにようやく触れられたような気がして――そしてスピンカがそれを許してくれたような気がして――僕はただただ嬉しかった。
「だから宇宙に、夢の続きを見に行きたいなって」
スピンカは最後にそう付け加えた。
僕はすっかり、この街を支配している法則とか常識とかいったことをつまらないと感じるようになった。
それよりも、スピンカが見ている世界を見てみたい。
スピンカが何かを見つけたとき、隣にいるのは自分でありたい――そう思うようになっていた。
だから学校の卒業が近付き、進路を決めなければならなくなると相当悩んだ。
何しろ普通の、だれでもできるような仕事には興味が持てない。研究分野も考えたけれど、僕にはスピンカのように夢中になれるものがない。
そのスピンカはやはり航空宇宙局を希望し、成績も申し分なかった。
僕もスピンカと働きたくて航空宇宙局を考えたけれど、学力不足であきらめざるを得なかった。
悔しいが頭の良さではスピンカに敵わない。
「そりゃメウには無理だよ」と笑っていたが、少し残念そうに見えたのを覚えている。
さて、どうしようか――。
何か面白いことがしたい。
世界の秘密を知りたいというスピンカの願いを、一緒に叶えられたら。
その手伝いができたら――そう思っていた。
ちょうどその頃、地下深くに謎の遺跡が次々と発見され、大きな話題になった。
歴史書にも記されていない未知の古代文明の痕跡であり、しかも信じ難いことにその文明は現生人類のものよりだいぶ派手な技術によって支えられていたらしい。
地上にはその技術が何ひとつ引き継がれていない。
地下には現生人類から失われた世界の記憶が埋まっているとまで言われた。
僕はひらめいた。
――地下! そうだ、地下だ!
たぶんスピンカと出会わなければ、ここまでこころを動かされることはなかっただろう。
僕は初めて自分のやりたいことを見つけられたのだ。
未知の領域である地下を調べることで、スピンカの好奇心に貢献できるのではないかという思いもあった。
地下には配管工という仕事がある。
この街の地下深くには様々な配管が敷設されており、それらをメンテナンスする仕事だ。
その配管工で実績を積みポイントを稼げば、探査部という調査専門の部署への異動が可能となる。その探査部が謎の遺跡を次々と発見したのだ。
僕は探査部に入って地下を調査する仕事をしようと決意した。
そのために配管工の道を選んだ。
あまりいい噂のない仕事なので進路指導担当の教師は頭を抱えていたが、スピンカは喜んでくれた。
「スピンカは宇宙、メウは地下。上と下とに分かれてこの世界の秘密を探る。これって無敵じゃない?」
無敵――珍しくわくわくした表情でそう言ったものだから、その言葉はよく印象に残っている。
とても嬉しい響きだった。スピンカのためにも、僕は配管工の仕事を頑張ろうと思った。




