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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆七 モグラとメカ・サピエンス
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◆七 モグラとメカ・サピエンス ⑤

「そういえば……キュボーさんに見えているのは、本当に本当のものなんですか?」

「……どういう意味?」

 ねじまきはちょくちょく僕をざわつかせるようなことを言う。

「わたしたちと同じように、キュボーさんだってモグラが本当とは違う姿に見えてるのかも……って思って」

「ありえないな。前にも言ったように、キュボーの目は機械だ。記憶と感情が直結して認知を歪めるような僕たちとは違う」

「……機械だってエラーを出しますよ」

 ぐうの音も出ない正論だ。

 キュボーがねじまきのことを「いやらしい」と言っていたのを思い出す。

 どういう意味かはわからないけれど、たぶんこういうところもあるのだろう。

 ねじまきは鋭い。

 だがその純粋に疑問な表情を見ると、自分の鋭さに自分で気付いていない様子だ。

 だから僕はこう言うしかない。

「それを疑い出すと、僕たちは何もできなくなる」

「……」

 ねじまきは首を傾げる。

「キュボーはメカ・サピエンス。メカ・サピエンスはモグラと同族。そしてキュボーも言ったように、メカ・サピエンスは知性を宿したロボットだ。そうしたらさ――モグラと同じように、メカ・サピエンスも僕たちに幻を見せているのかもしれない。何らかの理由でね」

「えっ……」

「キュボーは本当の姿を隠して僕たちの前にいるのかもしれない――そうとも考えられるね。でも、それも確かめようがないことだろ?」

「……」

 そう、あまり考えたくないがオッポスと同じようにキュボーもまたサポートの名目で配管工の脳に侵入できるのだ。

「君には、キュボーが何に見える?」

「……」

「少なくとも、メカ・サピエンスは地下の仕事には不可欠だ。これまでもこれからも、地下の仕事はメカ・サピエンスに支えられている。疑ってもどうしようもない」

「……思うんですけど、キュボーさんたちメカ・サピエンスはモグラから攻撃されないんですよね? だったら、メカ・サピエンスに地下の仕事を全部してもらったら、だれも死ぬこともないし、安全なんじゃないですか?」

「ねじまきは賢いね」

「いえ……普通にだれでも思いつきそうですけど」

 ねじまきは小馬鹿にされたと思ったのか少しムッとした表情になる。

「じゃあさ、その普通にだれでも思いつくことがどうしてできていないと思う?」

「……」

 きっとねじまきはそこまで思い至ったうえで、それでもわからないから僕に訊いてきたのだろう。

「君はもうその答えを言ってる」

「え?」

「エラーだよ」

「エラー……」

 きょとんとした表情で、つい先ほど自分で口にした言葉を舌の上で転がすように呟く。

「地下の配管はね、僕たち人間にしか直せないんだ」

「人間にしか、って……」

「これまで何度かメカ・サピエンスだけに地下の仕事をさせようとしたことはあったらしい。配管修理から開発、探査などなど。実際やってみると、メカ・サピエンスだけの状況だとモグラは現れなかった。ところが……なぜかメカ・サピエンスの動きが止まってしまうんだ」

「止まってしまう?」

「エラーが出るんだ。メカ・サピエンスのプログラムがクラッシュし、その場で動かなくなる。そして……」

「まさか、モグラに……?」

「そう」

「そんな……」

「遠隔操作の機械でも結果は同じだった。でも不思議なことにね、人間がそばにいると正常に動くし、モグラにもならない。どうやら地下は人間をご所望らしい」

「……そのエラー、直せないんですか?」

「開発部や整備部が頑張ってるというけど、埒が明かないらしいね。メカ・サピエンスの部品にはモグラの残骸も含まれている。だから彼らはモグラに攻撃することもされることもないわけだけど、まあ結局は地下の謎の技術――失われた遠い過去に依存しているわけだ。僕たちの科学レベルでは、そのエラーの原因を解析することすらできない」

「……」

「どうやら人間がやったことの始末は、人間がつけなきゃいけないってことらしい。たとえ僕らに覚えがなかったとしても」

「……親の不始末は子どもの不始末」

 俯いて何か考え込んでいたねじまきが、ぽつりとそう呟いた。つい最近聞いた覚えのある言葉だ。

「ん?」

「わたしが団長から言われた言葉は、そういう意味なのかなって……いま、ふっと思いました。関係ないと思うんですけど」

 不始末――先祖がつくったものをそう呼ぶならば、その子孫が否応なしに面倒を見なければならないこの状況はそういうことなのか。

 だがこの街はその不始末によって維持されるという恩恵を受けている。

 無数の人々の何気ない暮らしが支えられている。

 僕もスピンカも、そしてねじまきもその恩恵のおかげで生きてきた。

 この地下施設がつくられる以前の人々がどんな生活をしていたのかは知らないけれども、少なくともいまよりずっと貧しくて不便で不自由だったはずだ。

 そうでないと顔も知らない先祖が犯した罪の罰を与り知らぬ子孫が受けねばならないこの状況は、あまりに理不尽だ。

 人知れず消費されていく僕たち配管工はいったい何だというのか。

「この世界は嘘っぱち……」

「え?」

 ふと口をついてそんな言葉が出た。

 このあいだ街で自爆テロを行ったあの老人のメカ・サピエンスが脳裏をよぎる。

「もしかしたらだれも気付いていないだけで、地上にはもうモグラがいるのかもしれないね」

「……」

 それ以上、その話は続かなかった。

 二人して黙々とそこに佇み、しばらくして地上に到着した。

 ねじまきがほっとしたかのようにため息を吐く。

 ここからはこれまで通りのねじまきだ。

「それじゃ、また明日」

「はい、また明日」

 そして、僕たちは互いに手を振って別れた。

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