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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆七 モグラとメカ・サピエンス
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◆七 モグラとメカ・サピエンス ④

 今日は幸い、モグラと出会わずに仕事が終わった。

 本部に戻って雑務や終わりの会を済ませ、キュボーと別れる。

 そのあいだ、ねじまきは僕にぴったりとくっついていた。


 オッポスとの戦い以後、ねじまきは地下にいるあいだ、ほんの少しでも僕と離れることを避けるようになった。

 だからロッカールームにも一緒に入り、背中合わせに着替える。

 さすがに僕もねじまきを女の子として意識するようになったので、ここまで一緒だといろいろと気を遣う。周りの目もあるし自分ひとりのほうが気楽なのだが、そういうわけにもいかなさそうだ。

 何とか着替えを済ませて、ロッカールームから地上へのエレベーターに向かおうとしたときだった。

「――メウさん、待って」

 ねじまきが慌てて僕の袖をつかむ。

「えと、その……お、おしっこ……」

 恥ずかしげに目を泳がせながら、そんなことを言う。

 ねじまきの雰囲気は見た目以上に幼く、頼りなげになった。

 元子役とはいえ、演技の域を超えている。

「さすがにそこまで一緒というわけには。地上まで我慢できない?」

 ねじまきは唇を噛み締めながら、力なく首を横に振る。

「外で、待ってて」

「……わかった」

 もうこの辺りはモグラも現れないというのに。

 まるでひとりになることに耐えられない幼子のようだ。

 確かにねじまきの外見は配管工にしては幼いけれども、何も中身までそうなることもあるまい。

 しかし、子役として働いていた当時の記憶が欠落しているということは、いまのねじまきはある意味本当の子どものようであってもおかしくはないのか。

「ここまで我慢しなくても、作業着にすればいいのに。パッドが入ってるのは教えただろ」

「だって、あの服……わたしのこと全部モニタしてて、余計なこと言ってきて……メウさん横にいるのに……」

 辛そうにもじもじしながら、言葉を詰まらせる。

「お、お漏らし、するみたいで……た、叩かれちゃう……」

「え?」

 ねじまきの顔がみるみるうちに蒼ざめていく。

「こ、今度したらゴキブリ……今度したら……」

 妙な空気が流れ始める。

 まずい。

 憑りつかれたようだ。

「と、とじ、閉じ込められ、て……」

「――だれに?」

「えっ……あれ?」

 その一言ではっと気付いたようで、目をぱちくりさせる。

 夢から覚めたかのような顔だ。

「それは君の記憶じゃない」

「……」

「君には、だれもいないだろ」

 レベル5のモグラを相手に無傷で生還したのは奇跡だ。

 トラウマを刻まれない配管工なんていない。

 記憶の混乱だって生じるだろう。

 それでも、複雑な気分だ。

「早く行こう」

 ねじまきの手を引っ張ってトイレへと向かう。

 ねじまきはまだ混乱した表情で、引っ張られるまま転ばないように足を動かしている。

 いまのこんなねじまきには、苛立ちさえ覚える。

 ついこの前までは外見と不相応なくらいしっかりしていたというのに。


「――メウさん、いますか?」

 トイレに入っても、ねじまきは扉の向こうから不安げに声をかけてくる。

「いるから早く済ませなよ」

「……っ」

 地下のトイレは水洗ではないし、地上のようにいろいろと配慮されているわけでもない。

 しかも閉じたところが怖いからと扉も半開きにしていて、近くにいるとそれなりに用足しの音などが漏れ聞こえてくる。

 加えて、なるべく音を立てないようにしている気配が伝わってくるのもまた気まずい。

 僕はどうしていたらいいかわからなくて、ただ自分の靴のつま先を眺めていた。

「……メウさん」

「何?」

「なんでメウさんは平気なんですか」

 扉越しに聞こえるその声は、気のせいか少し鋭かった。

「平気に見える?」

「え?」

「見えるのなら、それは経験の差。何でも数やれば慣れるものだよ」

 そんなはずあるものか。

 いまだって、ことあるごとにねじまきにスピンカを映し見ているのに。

「配管工には大きく分けて二種類いてね。経験を積んでどんどん人並外れていく奴か、経験を積む前に死ぬ奴か」

「……」

 よくこんなに白々しいことが言えたものだ。

 ――そういえば、どうして僕はこんなに苛立っているのだろう。

 ねじまきが子どもっぽくなったことの、本当は何が不満なのか。

 付き纏われることなのか。

 どこかねっとりと湿気ているからなのか。

 それとも――スピンカと、似ても似つかなくなるからなのか。

 しばらくして衣擦れの音が聞こえ、ねじまきがトイレから出てきた。

「ごめんなさい」

「いや」

 それで僕たちは地上へのエレベーターに乗る。

 ここから地上までは二人きりだ。

 さすがに地上に出ればねじまきも安心するようで、ひとりになることができる。

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