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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆七 モグラとメカ・サピエンス
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◆七 モグラとメカ・サピエンス ③

 そして、数日が経過した。

「――こんな地下深くで、もし閉じ込められたらどうしようって、考えません? エレベーターが壊れたりとか、落盤したりとか」

 僕とねじまきの二人で、キュボーと手分けして配管の補修をしているときだった。

 どういう話の流れだったか、ねじまきがそんなことを言い出した。

「縁起でもないことを」

「すみません。でも、ちょっと怖くて……」

 ねじまきの声色には不安と怯えが滲んでいる。

 オッポスと戦ったことが重く尾を引いているようだ。

 あれからというものの、ねじまきはこうして急に何かが怖くなったり、ちょっとした物音にも過敏に反応するようになった。

「まあ、そうだね……」

 ねじまきが訴えるその怖さはごく当たり前のものだ。

 むしろ若干楽しんですらいたこれまでが異常だったのだ。

 地下およそ3000メートル。

 何らかの災害が生じてエレベーターが使えなくなったり、作業中に落盤して行方不明になってしまったりすると二度と地上へは戻れない。

 エレベーターを含む地下施設全体が未解明の技術の塊だし、全体像すら把握できていないから救助も期待できない。

 多機能な作業着もあまりに長時間の運用には耐えられない。

 地上の光が一切届かない真っ暗な闇のなか、酸素もやがてなくなり、地下の高温にじりじり焼かれていくことだろう。もっと深いエリアを調査する探査部ならばその危険はさらに大きい。

 そしてモグラの存在……。

 確かに怖い。

 考えるだに恐ろしいことだ。

 けれども――あいつのいない地上で生き続ける意味なんてあるのだろうか、とも思う。

「……どうして怖いんだろうな」

「どうして?」

「もう戻れないとか、死を宣告される感じなのかな。それとも、言葉にはできない根源的なものなのか」

「あー……」

 何とも言えない声でねじまきは天井を見上げる。メンテナンスしやすくするためか、配管や配線、骨組みなどがむき出しになっていて、ごちゃごちゃしている。

 もしエレベーターが使えなくなって地下施設のメンテナンスも不可能になれば、遅かれ早かれエネルギーのほとんどを依存している地上の街も崩壊する。

「ここにいる多くは地上に居場所のない奴らだ。それでも、やっぱり地上の光がなくなるのには耐えられない。それは地上の光を知っているから。地上で生きた記憶があるから……なのかな」

 はじめから地下に生きていたとしたら、あるいは地上への未練が何もないのだとしたら、また違うのかもしれない。

「……モグラは、どうなんでしょうか」

「モグラ?」

 しばらく黙っていたねじまきが、また妙なことを言い出した。

「モグラのことを考えることが多くなって。モグラっていつ、どこで生まれたのかなとか、はじめから地下にいたのかなとか」

「へえ、モグラに興味がある?」

「興味というか……単純に疑問なんです。配管工はもう長いことモグラと遭遇しているのに、未だその正体がよくわからないなんて」

「まあ……確かにね」

「モグラって地下にしかいないんですよね? もしモグラが地上に現れたら、どうなるんでしょう」

「陽の光に当たると死ぬ……なんてことはないよなあ」

「あー……」

「冗談はさておき、ここは地下3000メートルだからね。そうそう上がって来れないよ」

「それが不思議なんです。わたしたちは地上から地下の本部までエレベーターで降りて、そこからさらに別のエレベーターでこの施設まで降りてくる。エレベーター周りが特に厳重ということもなさそうですし、あれだけ気配を隠せるんですから、やろうと思えばモグラだって地上に上がれるはず」

「そうだね……少なくとも僕が配管工として働き始めたときから、モグラに本部へのエレベーターを突破されたことはない」

「どうして地下の、それもあの施設だけに現れるんでしょう。このあいだだって……」

 そこでねじまきは口をつぐむ。

 このあいだの戦いを回想するのは、彼女にはまだしんどい。


 結論から言うと、負け戦だった。

 僕らはモグラと化したオッポスを撃破できずに終わった。

 何とかねじまきとタイミングを合わせオッポスに電磁棒を突き立てようとはしたものの、思ったより早くアロンダイトが解除されてしまい、僕らは少量のトラウマ記憶を流し込まれた。

 そのうえ、身体のコントロールも奪われた。

 僕は動けなくなり、ねじまきは電磁棒を僕に向けて近付いてきた。

 ヘルメットが開いていたからねじまきの顔がよく見えた。

 意識ははっきりしていたらしい。

 だから、自分の身体が勝手に動いて仲間を手にかけようとする――そしてそれを止められないでいたのは相当な恐怖だったようだ。 

 しかし電磁棒が僕に触れる直前、なぜか急に身体のコントロールが戻った。

 僕もねじまきもその場で無様に尻餅をついた。

 そんな僕らをオッポスはただ見下ろしていた。

 ほんの数秒のことだったけれど、ひどく長い時間に感じた。

 オッポスには目も口もないが、何かとても冷たい眼差しを感じた。

 それからオッポスは来た道――ルーチカ班のほうを引き返し、ゆらりと姿を消した。

 直後、応援に駆け付けたホバック班に救助され、僕らは本部へと戻った。

 ねじまきは放心していたものの、その頭の巻き鍵だけはくるくると回転していた。

「あの巻き鍵に助けられたのかもな」

 後にキュボーはそんなことを言った。

「未だにアクセスできねえ不明なデバイスのままだが、それはモグラにも同じだったらしい。ねじまきの身体をジャックしたとき、あれが何か抵抗したんじゃねえか。そうでもねえと、モグラが配管工を殺さずに消えるなんざあり得ねえ。いずれにせよまだ警戒の必要はあるが、今回はあいつのおかげで助かったな」

 そのねじまきはというと、自殺に至るほどではなかったものの大きなダメージが残ったようだ。

 激しい体調不良や食欲不振、不眠などの症状が出たため強めの安定剤が処方された。

 意外と回復が早かったことから、記憶洗浄は見送られたと聞く。


「メカ・サピエンスがモグラに戻った……」

 絞り出すように、ねじまきがそう呟いた。

「モグラに戻ったんじゃなくて、モグラに乗っ取られたというほうが正しいけどね」

「でも……メカ・サピエンスの部品は、モグラの残骸なんですよね」

「全部がそうってわけじゃないし、メカ・サピエンスが皆モグラになるわけでもない」

 あれ以来モグラと化したオッポスは目撃されていない。

 さらに奇妙なことには、現場からルーチカの死体がなくなっていたという。

 オッポスが持ち去ったのだろうか。

「モグラって、本当何なのか……」

 こんなふうに考え込むねじまきの横顔に、僕はどうしてもスピンカを映し見てしまう。

 小ぶりながらつんとした鼻の先、伏せられたまぶたに並ぶ長い睫毛、薄く頼りない唇とその隙間から覗くつぶらな歯並び――。

 あの戦いでダメージが残ったのはねじまきだけではない。

 僕はというと、アロンダイトを使用してからこれまで以上にねじまきにスピンカの影が重なるようになった。

 顔も見えず、言葉でのやりとりもできないあの状況で意思疎通するには、互いの動きを強く意識する必要があった。

 だから僕はねじまきの動きを見た。息を合わせてオッポスを始末するために。

 ――似ている。あまりにも似すぎている、ように感じる。

 ねじまきの歩き方や仕草は、逐一スピンカを想起させるものだった。

 それは、とてもしんどい。

 そんな僕の胸中をよそに、ねじまきはモグラの話を続けている。

「暴力の記憶、恐怖や悲劇の記憶、屈辱的なトラウマ……そういうのが再生されて。自分のものじゃないですけど、本当に苦しくて、どうにかなってしまいそうな感じ。この世界には何も希望がない、自分には絶対に幸せが手に入らないという絶望感。ただただ恨めしくて、憎くて、何もかも破壊してしまいたい感じ。でもそれすらできない徹底的な無力感……そういうのを味わわせて、モグラっていったい何がしたいのかなあ、って思うんです」

「うん……」

 言葉の端々に棘を感じる。

 彼女がモグラにどんなトラウマ記憶を見せられたのかは知らないし、それについてはお互いに何も話していない。

 察するに相当なものだったのだろう。やはり記憶洗浄を受けたほうがいいのではと思うが、感情の平板化を招くのを考えると勧めにくい。

「――お前ら、まだやってんのか。こっちは終わったぞ」

 離れて作業をしていたキュボーが姿を現すと、ねじまきが一瞬びくっと震えた。

 現在、ねじまきはキュボーと気まずい関係にある。

 相変わらずキュボーからねじまきへの密かな警戒は続いているが、それに加えてねじまきがキュボーに不信感を抱き始めたのだ。

 オッポスがモグラになったのを目の当たりにした以上は仕方ないと思うが、どうにも仕事がやりにくい。

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