◆一 ある配管工の日常 ②
それにしても道が薄暗い。
一定の間隔で照明は取り付けられているが、それでも照度が足りないところはライトで照らしつつ進んでいく。
地下を歩いていると、自分の足音や呼吸音がうるさく聞こえる。ここにはそれ以外の物音がほとんど存在しない。エネルギーを生産するような施設のはずなのに、それらしい作動音すら聞こえてこない。不気味なくらいの静寂が漂っている。だから普段意識しないような自分の身体の立てる音がよく響き、それが張り詰めた空気をつくりあげる。そして――何か得体の知れないものがあらわれるのではないか、眠れる何かを起こしてしまうのではないかという恐怖が顔を覗かせる。
実際、不思議なものを目にすることが度々ある。
たとえば頭部だけの巨像が鎮座する妙な部屋。
なぜかここだけかなり温度が低く、吐息が白くなる。
「いつ見ても奇妙だな」
調査で空けられたため現在はもうガラガラだが、発見当初はここに壺のようなものが何層にもわたって敷き詰められていたらしい。驚くべきはその壺の中身だ。
「氷漬けにされた人間の頭部が大量に見つかったとこだな。メウ、ここの配管はもう仕事の対象外だ。エネルギーの生産には関係ないことがわかってるからな」
「了解。じゃあ次行こうか……」
そして僕たちは再び静寂に身を沈める。
正直くだらない話でもできたならこの地下の不気味さも少しは軽減されるように思うのだが、そんな空気でもない。
ここにいると地上がいかに音で溢れ、また音によって支えられているかを改めて感じさせられる。たとえば流れる風や走る車、逐一の衣擦れ、他人同士の話し声のような無意識で聞き流しているような音がこの地下には一切存在しない。
まるで時間が止まっているみたいだ。
音と時間とのあいだに密接な繋がりを感じざるを得ない。
――そんなことを考えながら気を紛らわせていたときだった。
ザザッ、とノイズが入った。
耳をつんざくような乱暴な音。
無線だ。
《えー、こちらパル班のパル。作業中にモグラ二体と遭遇、現在交戦中。応援を要請する》
鋭い緊張が走る。カンチュロが固唾を飲む音が聞こえた。
《こちら本部、了解。パルさん、モグラのタイプをお願いします》
《相棒はいずれもレベル3を示している》
《レベル3、了解。付近のホバック班を応援に向かわせます》
そこへ、さらにノイズが入る。
《本部、こちらオピード班のトット。補修作業中にモグラと遭遇、レベル4! 作業を中断し、現在退避中です》
《こちら本部、レベル4了解。班長のオピードさんは?》
《モグラにやられ死亡。ノーライは錯乱してます》
《本部、了解。いま送信したルートで退避を続けてください。スラ班との合流地点にエスコートします。スラ班、こちら本部。聞いた通りです、レベル4の対処をお願いします》
《……》
《スラ班……スラさん、返事をお願いします》
《えー、ムリムリ。めんどくさいっての。他当たって》
《レベル4対処経験があり、退避中のオピード班に距離が近いのはあなたの班だけです》
《やだ。メウんとこにでも回して。レベル5の経験あるし、新人くんの躾にもいいんじゃない?》
《あいにく、メウ班はオピード班から最も離れた距離にいます》
《――こちらオピード班のトット、ノーライが死亡!》
《こちら本部、了解。スラさん!》
《管理職はいいよね、楽で命かけないしさ……スラ班、了解。ボーナス請求すっからな》
《その要望にはお答えできません》
《チッ……クズどもが》
そこで無線が途切れる。
沈黙。
「……荒れてやがるな」
キュボーが呟く。
無線を聞いて僕は身をかがめ、腰に下げた銃に手をかけていた。
モグラが三体も現れた。二度あることは三度あると言わんばかりに。
つまり……四体目が出ないと限らない。
「す、スラの奴、こっちにあてつけようとしやがって。あのアバズレが……」
カンチュロが緊張を隠すように毒づくが、声が震えている。
スラとは知り合いだったのか。いまの言葉で初めて知った。スラもだいぶ長いことこの仕事をしているけれど、どういう関係なのだろう。
――いや、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。
再び、ザッ……と短いノイズが入る。
《えー、報告。こちらパル班、パル。ホバックと合流し、モグラ二体を始末した。なおタリランは恐怖に耐えかねて自殺した。以上》
《こちら本部、了解。お疲れ様です。そのままホバック班に引き継がせますので、撤収の準備を》
《パル班、了解》
「レベル3で自殺とは、肝っ玉の小せえ野郎だ」
キュボーが呟いたその瞬間――僕の作業着が形を変え始める。
「――メウ、カンチュロ、気を付けろ」
そして、キュボーが強い語調で警告を発する。
「奴らだ。後ろにいる」
言われて初めて背中に気配を感じ、息をひそめた。
痺れるような感覚が背中を走り、鼓動が早まる。
作業着はコンバットモードに変形した。僕の身体から無意識の神経興奮を読み取ったのだ。身体を締め付けられ、針が刺さるような痛みを伴うこの感覚は毎度不快だ。
振り向くと通路の向こうに大きな影が見えた。
それは徐々にこちらへと近付きながら、その禍々しい姿をあらわにしていく。
――いつ見ても慣れない。
地下に眠る、何か得体の知れない恐ろしいもの。
「盾!」
「もう用意している」
キュボーが大型の盾を展開し、僕は滑り込むようにしてその陰に身を隠す。
そして腰に下げた折り畳みの盾を展開し、隙間を埋める。折り畳みなので強度は頼りないが、ないよりはましだ。あれ相手にはいくら警戒してもし過ぎることはない。これは長年の経験で得た鉄則だ。