◆七 モグラとメカ・サピエンス ②
《――こちら本部。メウ班、応答してください》
「こちらメウ班、メウ。どうぞ」
《メウさん、先ほど報告を受けたモグラですが、その場で撃破してください》
思わず、足が止まった。
「――ふざけんじゃねえ!」
急ブレーキで立ち止まったキュボーが声を荒げる。
「さっきも伝えた通り相手はレベル5だ。勝てる相手じゃねえだろ。ルーチカ班があのザマだぞ!」
「メカ・サピエンスもこう言ってる。いまモグラを相手にするのは得策じゃないと思うが」
《最近になってレベル5のモグラが頻出しています。このあいだもスラ班が遭遇し、結果として退却を余儀なくさせられました。しかし……いかにレベルが高いとはいえ野放しにしていてはこれからの業務に支障が出ると判断されました》
「されましたって……」
《ただでさえ進行が遅れ気味な現状、我々は何としても記念式典までに仕事を間に合わせなければならないのです》
「とはいえ、敵わない相手にがむしゃらに向かっても無駄死にするだけだ。せめて作戦を立てて迎え撃つとか」
《いつ現れるとも知れないモグラを待つより、眼前にいるのならその場で始末するのが効率的です。トット班、スラ班、ホバック班を応援に向かわせます》
「……もっとマシな奴らを寄こしてくれよ」
《健闘を祈ります。では》
無線は一方的に切断された。
「……逃げられない、というわけか」
立ち尽くしながら、僕は呟いた。
「そんな……」
壁に手をついて息を整えていたねじまきにもことの深刻さは伝わっている。
「地下で生きる者に拒否権はねえんだと。まずいことになったな」
先ほど本部に怒声を飛ばしたキュボーも諦めてモードを切り替えたようだ。
僕たちの後ろに――正確にはこれから前になるわけだが――進み出でて、どっしりと構える。
まずい状況でも、キュボーのこういうところは頼もしい。
「レベル5が相手か……遺書を書きたいところだけど、残す相手もいないな」
「メウさん、レベル5って……」
気まずそうにねじまきが尋ねてくる。
参ったな、と僕は思う。
「昔、一度だけ戦ったことがある。思い出したくもないヤバい奴だった。たくさん死んだし、僕も大怪我をして死にかけた。生きているのが不思議なくらいだ」
「記録によると配管工十人がかりで死傷者八名。生き残ったのはパルとメウだけだったな」
「災難だな、ねじまき。僕たちに明日はないかもしれない」
「……」
ねじまきは何も言わず、ただ俯く。
物わかりのいい子だ。
「メウ、ねじまき、応援はアテにするな」
キュボーがきっぱりと言い放つ。
「スラ班やホバック班はともかくトット班は実力が不足だ。まず役に立たねえ。スラはバックレるか遅れて来る可能性が高い。ホバックは強い相手と殺し合いたいだけの破滅的な野郎だ。連携の取れる相手じゃねえ」
「……一応僕、スラとは同期なんだけどな」
「えっ、そうなんですか? じゃあ、昔のよしみで早く来てくれるとか……」
「よしみってほど仲良しでもなかったろ」
「まあね。でも、可愛がってたルーチカがやられたんだ。復讐心を駆り立てるくらいしてほしいな」
「命あっての物種。また次の小鳥ちゃんを探すさ。あいつはそういう奴だ」
「まあ……」
「役立たずどもの骸が増える前に、ここでモグラを叩いておくのが最善の手だ。いいか、これから相手にするのはモグラになったオッポスと、そのなかにいるレベル5だ。問題はオッポスのボディに穴を空けるとレベル5が飛び出しちまうってことだ。だから銃は使うな。俺も乗っ取られるのは嫌だからな。パルスマインがあればオッポスごと丸焼きにできるんだが……」
「そんな大層なもの持ってきてないな。銃は使うなって話だけど、フリーズ弾で凍らせるのは?」
「無駄だ。オッポスはもともと南極で働いていたメカ・サピエンスだ。強力な凍結防止機能が付いてる」
「と、なると……」
「電磁棒を最大出力でブッ刺せ。お前ら二人でな。俺が予備を二本持ってるから、合わせて四本。それでパルスマインと同程度の効果が得られる」
キュボーがサブアームを展開して、僕とねじまきに一本ずつ電磁棒を渡す。
「これを、オッポスさんに刺したらいいんですか」
「そう。ここのスイッチでセーフティを解除、このつまみを一番上まで上げると最大出力」
電磁棒は青紫の太い光をまといながら、電気の暴れるような音を立てる。
「う、うわあ……」
「そこ触ったら死ぬから気を付けて」
「二刀流……サムライですね」
ねじまきがふざけてみせる。
――スピンカの言いそうなことだ。
「ニンジャじゃないかな」
僕もそれに付き合う。
これが最期のやり取りかもしれない。
「コンバットモードじゃ歯が立たねえ。二人とも、ここからはアロンダイトを使え」
「アロン、ダイト……?」
初めて聞くであろう言葉に、ねじまきが首を傾げる。
「作業着の特殊形態でね。電波を遮断して、バイザーを通した目視のみで行動する非常時用のモードだよ」
「そんなのあるんだ……」
「オッポスには武器は搭載されてねえが、電波で配管工の脳に侵入する能力があってな」
「侵入を防ぐには、あらゆる電波を遮断するしかない。ただし、そうするとキュボーの声は届かなくなる。ヘルメットで覆われるから、僕らもお互いの顔が見えないし、声や音も聞こえない」
「……じゃあ、自分で考えて行動しないといけない?」
「そういうこと。お互いの息を読み合ってね」
「息を、読み合う……」
「だが、あくまで時間稼ぎでしかねえ。〝元〟とはいえ権限を持ったメカ・サピエンス相手じゃ、時間はかかるがアロンダイトも強制解除される。だから、スピードが命だ。四本の電磁棒をお前ら二人で同時にブッ刺すんだ……来たぞ」
唐突に僕とねじまきの作業着が変形を始める。
「キュボー、コードを発行」
「ほらよ」
キュボーの顔に八桁の数字が表示される。
「この数字を左腕のパネルに入力して」
「は、はい」
作業着の左腕にタップ画面が現れる。
そこに表示された入力キーで数字を打ち込む。
すると作業着の背中に垂れ下がっていた大型パーツがヘルメットに変形し、頭部を包み込むようにしながら前方に降りてくる。
同時に胸元が展開して接続軸――アタッチメントが現れる。
ヘルメットの下部がその胸元のアタッチメントと接続し、眼前にはスモークのかかったバイザーが降りてくる。
シュー、と空気が流れてくる。
ガチッと何かが噛み合うと、それきり外の音が聞こえなくなる。
それでもキーン、と聞こえてくるのは耳鳴りの音。
自分の息遣いや心臓の鼓動、身体のなかで骨と骨とが擦れる音が伝わってくる。
この世界、地下深くにたったひとり取り残されたかのような感覚。
ねじまきがいるけれど、その顔はもう見えない。そこにいるのは作業着に包まれた小柄な同僚だ。
おぞましいものが、向こうからゆっくりと近付いてくる。
次第に姿を現すそれは、モグラと化したオッポス。
紛れもなくオッポスだ。
返り血を浴びて赤黒く染まり、足には何か生々しいものを引きずってはいるが、妙な別の何かに見えたりはしない。
「……行こう」
だれにともなく呟く。
同僚に合図を送り、僕はモグラに向かった。
僕はどこに行くのだろう――ふと、そんなことを思いながら。