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歯車の街のねじまき  作者: 奇村兆子
◆七 モグラとメカ・サピエンス
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◆七 モグラとメカ・サピエンス ①

 ねじまきが加わって一ヶ月。

 地下にはすっかり馴染んだようで、こうして三人で仕事をするのが日常になった。

 ねじまきがしっかりしているおかげでモグラと遭遇しても無事生き残ることができている。

 これまで組んできた配管工と比べると出来過ぎなくらいだ。

 基幹部での仕事が終わって班の組み換えが行われたら、すぐにでも班長になるだろう。

 ――これから先も生き残り続けることができれば、の話だが。

「この辺りだな」

 キュボーが珍しく神妙な声色で呟く。

 いま、僕たちはある地点へ向かっている。

 仕事を終えて本部に戻ろうとしたとき、その本部から無線が入ったのだ。

 付近の配管を担当しているルーチカ班の位置情報がとある地点から長時間動いていない。

 本部の呼びかけにも応じないうえ、メカ・サピエンスにもアクセスできないという。

 そこで僕たちメウ班にルーチカ班の様子を確かめるよう指令が下ったというわけだ。

 正直嫌な予感しかしない。

 無線機が故障するなんて滅多にないことだし、メカ・サピエンスが反応しないのもあり得ない。

 まず考えられるのは、モグラに遭遇し応援を呼ぶ間もなく全滅したという線。

 けれど、キュボーや作業着はいまのところモグラの存在を感知していない。

 もう既にそこにいないのか、あるいは本当に無線やメカ・サピエンスに不具合があるだけなのか。

「ルーチカ班ってどんな人たちなんですか?」

 あえてなのか、ねじまきが何気ない様子で訊いてくる。

「一緒に仕事をしたことはないけど、噂はよく聞く。経験はまだ浅いが優秀な班だってね。対策部を目指してるって話だよ。班長はルーチカで、その他がえっと……」

「パスパインとボルス。メカ・サピエンスはオッポスだ」

 キュボーが補足してくれる。

「そうそう。ルーチカはねじまきと年が近いんじゃないかな。物静かな性格らしくて、スラが気に入って妹分にしてる」

「へえ……スラさんって、たまに無線で出てきますよね」

「そう。性格は難ありだけど、うちのエースで……」

 そこで僕は口を閉じる。

 少し先に不自然な影を見つけた。

「――何かいるな」

 メカ・サピエンスだ。

 一体のメカ・サピエンスがどこか所在なげに佇んでいる。

「オッポス……ルーチカ班のメカ・サピエンスだ。けど……」

「班員が、いませんね」

「お前ら、あいつの足元を見てみな」

「え? あっ――」

 咄嗟にねじまきが口を覆う。

 遠目に見えるオッポスの足元に、何か大きな塊が三つほど転がっている。

 近付くことでその有様はより鮮明となる。

 配管工――いや、配管工だったものだ。

 あるべきものがなかったり、穴だらけだったりして、もはやそれは人の形を留めていない。

 死んだ後に弄ばれたかのような損壊具合だ。

 その姿はただの生命の宿らない物体に等しく、つい先ほどまで生きていたものだという実感が湧いてこない。

 オッポスのボディには吹き付けられたかのように血糊がへばりついている。

 錆びた金属のような血生臭いにおいがしっとりと漂ってきて、瞬間的に激しい吐き気が催される。

 まるで執念。

 どれだけ悲惨なことがあったのか。僕でも身震いする。

「ルーチカ班だな」

 キュボーが転がった配管工たちを淡々と照合していく。

「ルーチカ、パスパイン、ボルス」

「死因は?」

「待ちな。オッポスにコンタクトする」

 キュボーが進み出て、オッポスに接近する。

 そしてランプをチカチカと瞬かせながら交信を始める。

「ねじまき、周りを警戒して」

「あっ……はい」

 死体を見たからか意識が飛びかけているねじまきを引き戻す。

 すっかり蒼ざめた顔で、足取りが覚束なくなっている。

 ――そうだ。ねじまきは本部に運ばれた死体はもう何度か目にしたけれど、こうして現場に横たわる死体を見るのは初めてだな。 

 ルーチカの死体に目をやる。

 顔面が弾け飛んでいる。

 そういえばトインの死体にも顔がなかった。

 最近のモグラは配管工の顔を潰すのがトレンドなのか。

「うっ、あっ……」

 ねじまきから変な声が聞こえたので振り向くと、だれかの目玉が転がってきた。

 どうやら誤って蹴ってしまったようだ。

「ごめんなさい、ちょっと……」

 ねじまきが口を覆ってうずくまる。

 作業着の胸元を操作し、バキュームを引き出して口元に押し当てる。

 このあいだ僕がねじまきに教えた機能だ。

 びちゃびちゃと水っぽい音が聞こえる。

 よくあることだ。

 けれどその小さく丸まった背中を見ているうちに、僕はねじまきの背中をさすっていた。

 作業着越しではあるけれど、手のひらにねじまきのなかの蠕動を感じる。

 ここにはまだ生きているものがいる――こんなときにそんなことを思いながら、僕は周りを見回してもう片方の手で銃に触れる。

「メウ、退却だ」

 オッポスとの交信が終わったのか、キュボーがこちらに向く。

 やはり、ただならぬ様子だ。

「さすが基幹部だ、出るもんが出やがる。勝てる相手じゃねえ。一刻も早くここからずらかるぞ」

「モグラが近くにいる?」

「話はあとだ、さっさと行くぞ」

 先導するようにキュボーが来た道を引き返し、僕もねじまきの手を引いてあとに続く。

 キュボーのスピードが速い。

 さっき戻したばかりのねじまきには負担が大きい。

「あ、あのひとは……」

 そのねじまきは現場に佇んだまま動かないオッポスを気にかけている。

「関わるんじゃねえ。急ぐぞ」

 キュボーはそれだけ言って、さらにスピードを上げる。

「メカ・サピエンスは大丈夫だ。キュボーの言う通り、急ごう」

「あ、はい……」

 なおも何度か振り返りながら、ねじまきはしぶしぶ小走りで僕の後に続く。

「本部にはもう連絡済みだ。あいつはまずいぞ」

 退却の途中、キュボーが事情を話し始めた。

「ルーチカは自殺。パスパインとボルスは同士討ちだ」

「同士討ち? それにしては損壊が酷かったけど、モグラじゃないってこと?」

「いや、モグラだ。オッポスを乗っ取って奴らを発狂させた。おそらくレベル5だ」

「……なるほど、嫌な相手だ」

 何度もモグラを相手にしていれば、その説明でどんな相手なのか想像がつく。

 キュボーがオッポスを放置して帰路を急ぐ理由も。

「あのー、話がよくわからないんですけど……あのひとたちはモグラにやられたんですか?」

 気を取り直したのか、ねじまきが普段の調子で割って入る。やや無理を滲ませながら。

「説明、キュボー」

「あいつらは皆自滅させられたんだ」

「自滅、させられ……?」

「レベルの高いモグラほど、嫌なものを配管工に見せつける。恐怖や憤怒、羞恥、悲哀、絶望……そういうのが濃縮された、強烈で最悪なトラウマ記憶だ。それに耐えられない奴がああして自ら死を選ぶ。ほら、恥ずかしいことがあったときに〝穴に入ってしまいたい〟とか言うだろ? それを実践させちまうのさ」

「……」

「つまりは最悪な記憶を強制的に見せつけて発狂させた挙句、あの有様ってわけだ」

「……その最悪な記憶がない人は、どうなるんですか?」

「たとえ自分に記憶がなかろうとな、喜怒哀楽を感じるこころがあれば関係ねえよ。見せられるのは他人の記憶の寄せ集めだ」

「モグラは、どうしてわざわざそんなことを……」

 ねじまきが声のトーンを落とす。何か考え始めたようだが、いまは危ない。

「くだらねえこと考えてねえで、逃げることに集中しな」

 キュボーがスピードを上げる。僕たちももう小走りどころではなくなった。

「逃げるって……あの場にモグラはいませんでしたよね。どこかに隠れてるんですか?」

「……モグラはオッポスのなかだ」

「オッポスさんの、なか……?」

「これまで八体しか報告のない、超小型のモグラだ。物理的な攻撃能力は皆無に等しいが、高度な侵入工作能力を持っている。そいつがオッポスのなかに入り込んでメカ・サピエンスの通信機能をジャックし、配管工の脳に不正なデータを送り込んだってわけだ」

「不正なデータ……」

「オッポスが異常に気付いて内部シャッターを下ろしたおかげで、モグラはあいつのなかに隔離されている。ただ――仲間を救うには間に合わなかったな。戒律に反したせいであいつの頭脳は自壊した。もはやただの金属の塊だ。もうすぐモグラになる」

「えっ――」

 ねじまきが虚を突かれたような声を漏らした、その瞬間。

 ザザッ――とノイズが入る。

 その場の空気を切り裂くかのように。

 こんなときに、嫌な予感しかしない。

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